刹の呼気

「エミヤ、どうかした?」
「いや、なんでもないさ、マスター。ただ少し敵の動きが気になっただけだ」
 哨戒ついでに別働隊を呼んでくるから予定通り移動してくれと告げた赤の弓兵は崩れかけた屋根を越えていく。
 燃え盛る街に揺らめく炎は、特異点を修復してもなお消えることなく燻っていた。
 原因は不明のままだが、データ上ではきちんと修復されている。それでも時折亡霊のようなものが発生するため、調査と素材収拾ついでに、唯一マスター適性とレイシフト適性を持った少女と、その正式サーヴァントである盾の少女の練度を高める目的を兼ねて時折訪れていた。
 湧いて出る骸骨を薙ぎ払いながら、わかりやすく派手に魔力を放出しているあたりへと足を向ける。
 彼らの役割は陽動だ。
 それは、少女達に落ち着いて敵と向かい合い、戦略を考えてもらう必要がある時に取る手段のひとつ。四方から襲われ囲まれることを防ぎ、ついでに目的に集中するために利用されている。今回の戦闘ではバーサーカークラスの運用方法の模索が課題として上がっていた。
 陽動役として動くのは二騎。
 片方はひたすらそこらじゅうに沸いて出る敵を倒していくランサーのクー・フーリンで、もう片方は幻想種を操る手綱を手に、魔力の流星となって派手に敵を引きつけ、状況に応じてマスターの元かクー・フーリンの元に敵集団を運ぶ役割を担うライダーのメデューサ。
 マスターの傍にはいつものように正式サーヴァントであるマシュと、バーサーカークラスにしては比較的意志の疎通が容易なヴラド三世。そして常はサポート、非常時には陽動に切替えられるオールラウンダーとしてエミヤが配置されている。
 現在次の目的地に向けてメデューサが先行しており、そちらの陽動は任せてしまえばいい。
 問題は移動方向から見て、かなりの距離をあけて立ち回ることになったクー・フーリンのほうだ。
 あまり移動に時間をかけられない。矢避けの加護を持つ彼のこと。ある程度視認できる位置から矢を放てば彼自身の安全も担保できる上に手っ取り早く呼び戻すことが可能だろう。
 あとは多少離脱を助けるためにもう何本か放ってやれば完璧だ。弓兵は多少眺めのいいビルの上に陣取り、ぐるりと視線を巡らせる。
「……あそこか」
 一射目。番えられた矢は赤の弓兵が持つ武装の中ではごく一般的なものだ。だが、魔力を込めて放ったそれは槍兵が立ち回っている場所に近いビルの先端付近を派手に吹き飛ばし、瓦礫の雨を降らせる役割を担う。
 直接投擲可能な武器を使うことと、瓦礫としてわざと崩した塊を使うこと。飛来物を武器とするという括りでは同じことだ。射手が目視できないのが問題なのであれば、攻撃の起点を目視できる範囲に変えてやればいい。
 己の思考を結果にするために青年は矢を射る。
 強化された視力が、土煙の中から飛び出し、見晴らしの良い場所に躍り出た青の影を捉えた。まだ気を抜ける段階ではないというのに、唇は勝手に笑みを形作る。
「一撃で気付いたか。流石だな」
 続く二射目。
 先の攻撃の方向からこちらの位置を把握したのは確実だろう。視認まで行けたかどうかは微妙なところだが、彼のことだ。把握さえしているのなら、遠慮は必要ない。
「爆風も防げない……んだったか?」
 どこで聞きかじったかもわからない特性を口に出しながら魔力を込める。
 微塵も躊躇もなく放たれた矢は大量の骸骨兵を巻き込んで、ただでさえあちらこちらが崩れ落ちている街に巨大なクレーターをひとつ増やした。
 感傷はない。躊躇もない。続けてクレーターを量産しながら、弓兵は確実に合流場所に向かっているらしい青の魔力の先を追う。
 本来なら一箇所に留まって狙撃するのは得策ではない。
 最後にこちらに気付いて方向を変えた一団を吹き飛ばしてから身を翻した青年は、合流地点で不機嫌さを隠さない槍兵と顔を合わせた。
 併走しながらさらにマスターとの合流地点へと急ぐ。
「オイ、テメェ。なんだよあの呼び出し方は。雑にも程があるだろうが」
「方法に関しては返す言葉もないが、こちらにも色々と事情がある。長くマスターの傍を離れるわけにはいかないだろう。私は君ほどの俊敏性を持っていないのでね」
 淡々と告げながら、矢文で済むのならそれにに越したことはないと皮肉げに笑う。
 肩を竦めた槍兵は走りながら槍を投擲して前方に立ち塞がった骸骨兵達を一掃した。手放したはずの槍は呼び掛ける言葉ひとつで彼の手に戻る。
「なんつー物騒な矢文だよ……嬢ちゃん達は」
「当初の予定通りに。私が見ていた限りでは采配は悪くなかった。おそらくは大丈夫だろう」
「まあ、今回はお試しだしな」
 今後徐々に難易度を上げていく必要はあるし、特異点の修正ではそんな悠長なことを言っていられないこともあるだろうが、多少なりとも経験しておくというのは重要だ。
 経験値を蓄えていくという感覚はゲームに似ているだろう。経験によって余裕が生まれれば視野が広がり、采配できることも増える。
 そこに魔術の素養自体は直接関係がない。本人ができなければ周りに頼ればよいのだ。幸い、人理の危機という状況にあって、クラスに一騎という縛りもない。
 サーヴァント毎の得手不得手をうまく使い分ける能力が必要になるだろうことは考えなくともわかった。なんでも素直に受け入れる性質を持つ世界最後のマスターはこの状況に向いているのだろう。マシュと他サーヴァント達の信頼関係を深めておくことも目的のひとつ。繊細な防御が苦手なことが多いバーサーカークラスにとって、そこを補ってくれる者がいるのは悪くないが、全員が実感として感じられねば意味がない。特に人間である彼女達は。
 いくつかの廃墟を飛び移り、乗り越えて合流地点である元学校へと辿り着く。崩れかけてはいるが、その屋上から見下ろした校庭は戦場になっていた。
 メデューサはすでに合流しており、彼女には速度を生かした骸骨兵の撹乱を指示する一方で、マシュの防御を軸にヴラド三世がシャドウサーヴァントを相手取っている。
「ほう。なかなかいい感じじゃねぇか」
「何事も実践に勝るものはない……か。だがリソースの問題もある。できる限り早急にシミュレーションの精度を上げたいところだな。同じ状況を再現できるのなら復習にもなる」
「そこは帰還後に相談するっきゃねぇが、データはとってるんだろ」
 厳密な仕組みは知らずとも、再現にはデータの蓄積が重要だと理解しているからこその発言。素直に頷いた弓兵が立ち上がるのを制して、槍兵はただ眼下に視線を投げた。
 表情は真剣。彼なりに情報を分析しているのが見て取れた青年は大人しくその場に留まる選択をする。
 改めて冷静に見下ろせば、細かな穴が見て取れた。
 例えば、校舎の裏手から接近しつつある竜牙兵の集団とそれを率いるシャドウサーヴァントの存在がそれだ。目の前の戦いに集中しすぎるあまりにその他への警戒まで思考が回っていない。
「ま、今日のところはこの対応ができてるだけでよしとするかねぇ。そんなにいっぺんに詰め込んでも無理だろ」
 気の良い兄貴肌の軽い言動に隠れがちだが、彼は戦士であり、勝利のために戦略を練る策士でもある。
 さらには英雄らしく、上に立つものとして年少者に手本を見せる者であった。そんな彼は己の生き様を見せはするが口を出すことは少ない。基本は何も言わずに必要だと思われるフォローをしておく性質を持ち、それ故に誤解されることもあるのだろう。
 詳細は知らない。具体的に例をあげろと言われても答えられない。だが、確かにそれを知っている青年は渋面とともに振り返った。
 次の行動を告げぬままの男の手には見慣れた朱槍。
「いいのかね」
「オレが突っ込んだら援護を寄越せよ。嬢ちゃん達もそれで気付くだけは気付くだろ。今の状態では対処まではできねぇだろうが、それで十分だ」
「了解した」
 軽い調子で槍を回し、壊れたフェンスを飛び越えて行った青の影は追わず、青年は屋上の中でも一段高い場所に立つ。そこならば校庭と校舎裏のどちらも見渡せ、援護も容易だと判断した結果だ。
 手には黒の長弓と何本かの矢。
 一直線にシャドウサーヴァントに向かっていく槍兵の露払いをするように番え、放つ。
 風切音は思ったよりもよく響いた。
 マスターの少女が振り仰ぐ気配。視線を返さずに立て続けに矢を放つことで己の意思を示す。
 間を開けず背後にサーヴァントが立つ気配が触れた。相手がわかっているのに振り向く必要はない。
「伝言です」
 静かな声にはああと素っ気ない声を返す。
「ごめんなさい、あとランサーを頼んだ、と」
「承知した。君のほうにも援護が必要かね?」
「いいえ。おかまいなく」
 好きに動けなくなるからと笑みすら残して地を蹴った彼女の名残のように、長い髪の先がさわりと青年の背を撫でていった。
「やれやれ。相変わらずだな」
 くつり。つられるように笑みを落として次を手にする。
 雑魚をあしらうためのそれに大きな威力は必要なく、ただシャドウサーヴァントを相手取る男の邪魔にならないようにするためのものだ。彼がこちらの存在を把握している限り傷付ける心配はほぼないが、それでも鬱陶しいことに変わりはないだろうという配慮。
 実際のところ、一撃で崩れるほど脆い骨達では真っ直ぐに突進していく槍兵の障害になどならない。
 マスターが気付いた時点で青年の役割は終わったも同然のため、あまり真剣に狙いをつけていなかった。
 ちらり。男がこちらを振り返る。その視線が流れた先を追って、くいと矢の向きを変えた。
 新手として現れたそれは、本来の姿である暗殺者という特性を綺麗さっぱり忘れ去っているらしい。
 気配を隠すこともなく姿を晒したまま突撃してくるアサシンクラスなど、いい的以外の何者でもない。
 逸らした狙いのまま魔力を込めた弓を引く。
 放つ矢は二本。同時にそれを追うように地を蹴り、得物を夫婦剣に持ち替えた。
 爆発の土煙から跳ねるように大きく飛び出してきた影を正確に捕捉。片方の剣の柄に敵が纏う布を絡めとるようにしながら引き寄せ、半回転しながら地面に叩きつける。
 苦悶の声すら漏らさない影は空中で身を捻り、体勢を整えようと動く。
「遅い」
 なんの感情も見えない弓兵の手は言葉よりも早く振り下ろされ、魔を断つと言われる陰陽一対の夫婦剣は過たず亡霊の核を貫いた。
「片付いたか」
「そちらも。ああ、マスターはきちんと気付いたぞ」
「おう、そうでなくちゃあな……どうやら向こうも終わったようだ。とっとと合流しようぜ」
 あれだけいたはずの竜牙兵は消え去り、ただ燃え続ける不快な匂いだけが重くのしかかる。
 無言で頷いた青年はゆるく首を振って気分を払うと、男に続いた。
「ごめん!!」
「おお?」
 校舎を越えて着地した瞬間、全力の謝罪に面食らう。
 見渡せば確かに戦闘は終了していた。
 少し離れた場所で髪を払ったメデューサも半ば警戒を解いて合流のために振り返ったところ。
 少女の第一声がそれということはこちらの意図を正確に把握した結果なのだろう。ならば彼女に対してそれ以上言う必要はない。
 代わりに今回の要であるサーヴァントへ問いを投げた。
「ヴラド公、目的は果たせたと思うか?」
「今のところはな。そも、基本すら知らぬ身だ。課題は多いが教え甲斐はあるだろう。それに、サーヴァントを使っての戦闘は軍とは違うものだ。余の方も動き方を見直す必要があるという発見もあった」
 その点に関しては貴殿の方が慣れているようだな。穏やかに告げられた青年は面食らって否定しようとし、思い直したようにゆっくりと言葉を選ぶ。
「いいや、私は……そうだな。逆に大人数の指揮経験がないからだろう。私の戦い方はゲリラ戦が主で、指揮系統などあってないようなものだったからな」
 人理の不安定を示すようにあらゆる可能性を内包するカルデアの召喚では、記録の制限が薄いことも関係があるかもしれないと続ける。
 隣でマスターの少女が首を傾げた。
「それってキャスターのクー・フーリンが前に会ったって言ったり、清姫が追いかけてカルデアに来たって言ったことと関係ある?」
「そうだな。普通サーヴァントは消滅するときに分霊の経験を座に記録するが、それを次の分霊に持ち越すことはない。そもそも、座には時間の概念が無いからな。どれが次の分霊かなどわからないし、現界先が聖杯戦争であるならばその情報自体が余分だ。だから、特異点で退去したはずの彼らが、カルデアで召喚された時にその記憶あるいは記録を持っているというのは本来ありえない」
 少女達は真剣に頷く。
 この疑問は他のサーヴァントとの間でも話題になったことはあり、同じ特異点で出会った者同士でも差がある。
 例えば先ほど話題に出た清姫と違い、この場に居るヴラド三世は第一特異点での記憶がなかった。さらに同じ特異点で出会っているセイバーのジークフリートがカルデアに招かれた際にさり気なく確認したところ、特異点での記憶に関しては聞けなかったが、別の場所でのことを気にしている、という具合だ。
「まあ……本来はそのはずなのだが、この現界ではその枷が緩いようでね。例えば私と彼らだ」
 どこかの聖杯戦争では敵同士だったのだ、と。
 口を挟まずに聞いていたメデューサとクー・フーリンを指して青年は苦笑を落とした。
 彼らと戦ったという感覚があり、それを基点に記録を繙けばその概要が読み取れるのだと続ける。
 少女二人に注目されたメデューサは、魔眼を封じているバイザーの内側で困ったように眉を寄せた。
「そうですね……本を読むような感覚という方が通じるでしょうか。実感は薄いですが、そういうことがあった、という感覚は確かにあるのです」
 自分ではあるが自分ではない。今後もサーヴァントが増えるのなら、そういった因縁によるものも多く出てくるだろうから少しだけ気にしておけと横からクー・フーリンが割り込む。もちろんこちらも、弓兵が言い出した関係を否定しなかった。
「わかった。気にしておくね」
「おう。わからなければ遠慮なく聞け。アンタの気質ならそう悪いことにはならんだろうよ」
 からりと笑った槍兵の言葉に頷いた少女は、戻ったら細かい反省点を教えてくれと全員に向かって口にした。
 もう少し復習ができるといいのだけれどとの呟きには今回のデータに期待しましょうとマシュが微笑む。
 穏やかな会話を遮るように軽い電子音が上がって、カルデアからの通信が舞い込んだ。
「レイシフトの準備ができたよ。いいかい?」
「はい、お願いしますドクター」
 マシュの返事を了承ととって、通信越しにドクター・ロマニが帰還シークエンスの開始を告げる。
 その後はお決まりの手順を踏んで全員がカルデアへと帰還した。
「おかえり。怪我はないかい?」
「ただいまドクター。私は大丈夫。みんなも……把握している限りはない、と思いたい」
 ちらり。視線が流れた先には無言のままのサーヴァント達が並ぶ。多少の汚れはあるが、外見上は全員無事と言えるだろう。
「大丈夫です先輩。わたし、ドクターがしっかりダメージレポートチェックしていたの、知ってますから」
「マシューぅ。それを言っちゃったら心を鬼にして聞いたボクの立場がないじゃないか」
「あっ……すみません」
 まるで漫才のようなやりとりに耐えられなくなった槍兵が思い切り噴き出す。
「ドクターも嬢ちゃんもその辺にしておいてやれや。ところでデータはどうだ?」
「検証はこれからだよ。力を借りたいことがあればすぐに声を掛けるから……」
 言いたいことはわかっていると詳細は告げずに応えたロマニを見て了解の一言で引き下がった男は、両手でそれぞれ少女達を押しやる。
「えっ、何……?」
「そんじゃ一旦休憩ってことだな。とりあえず嬢ちゃん達はメシ食って寝ろ。アーチャー」
「承知した。先行する」
 まるで戦闘中のような緊迫したやりとりなのに、内容は平和そのもの。
 落差に混乱する少女達の背を押しながら、男はメデューサと視線を合わせ、ヴラド三世へのフォローを依頼する。
 マスターのためであればと薄い笑みとともに請け負った彼女を置いて三人は廊下に出た。
 男は少女達に気付かれぬよう速度を調整しながらゆっくりと歩く。途中で目的地を問われて食堂だと告げればあからさまに緊張が解けた。
 お説教かと思ったと告げる少女に、それは明日以降になと軽く告げる。
「……ねえ、聞いてもいい?」
「なんだ? オレに答えられることならなんでも聞くぜ」
 一束だけ束ねている髪を直しながら最後まで口に出すか迷ったという少女の雰囲気に、男はあえて軽く茶化すようにしながら促す。
「クー・フーリンとエミヤは敵同士だったって言ってたけど、仲は良かったの?」
「そうさなあ……アイツとはそれこそどこに召喚されても顔を合わせるような腐れ縁だが、それは多分ねぇな。なんでそう思った?」
「あんまりにも息が合ってるから、かな。さっきだって名前呼んだだけで把握してるみたいだったし」
 エミヤのほうも即座に理解していただろうと告げられた男は曖昧に笑う。
「なるほど。嬢ちゃんが思った息が合う、ってのなら思い当たることはあるぜ。アイツとは殺し合った回数だけは多いらしくてな。刃を合わせるってのはそいつの本質を見詰めるのと同義だ。だから、仲良くはねぇが、戦闘中に取るだろう行動、その意図なんかは何となく把握できる。平時でも求めていることがわかるのはその延長だな」
 実力が拮抗するほど何手も先を読みながら戦う。それが習い性になっているため、自然と他のことにも発揮されているのだという男の説明に納得した少女達は大きく溜息を落とした。
 目を合わせて苦笑する。
「それって私じゃ真似できない世界だよねぇ」
「先輩、わたしががんばりますから……!」
「おいおい、アンタらがそこまでする必要はねぇだろ。だがまあ……お互いに信頼があるなら行動の意図を考えることは常にしておけ。それが結果的に練度を上げるし、戦場での明暗を分けることに繋がるだろうよ」
 一朝一夕でできるものではないということはわかっているのだろうが、もう自分しか居ないのだからなんとかしないとという焦りがあるのも確か。
 少女の前のめりな姿勢に一定の理解を示す槍兵は、まずは先行した弓兵が何を考えて、何をしているのか考えてみろと水を向けた。
「ええと……」
「咄嗟に言われてもわかんねぇだろ? 人間意外と見てるようで見ていないってのはよくあることだ。さて、解説の前にまずは手を洗ってこいよ」
 ちょい、と彼が示したのは共有部に転々と存在する化粧室だ。
 言われるがまま女性用に姿を消した二人をその場で待つ男は、帰還してから今までを体感時間で計算する。
「んー……もうちょいだな。こりゃ解説から逃げんのは無理か……」
 時間稼ぎのためとはいえ、自分で言っておいて面倒だなどと口にする。
 それでも戻ってきた二人の前ではそんな態度は表に出さず、笑いながらついでに顔も洗ったのかと告げた。
 驚いた二人が顔を見合わせる。
「う、うん。気分的にちょっとさっぱりしたかったから」
「よく見てますよね、クー・フーリンさん」
「そういうことの積み重ね、ってわけだ。いきなり実践なんぞ無理だろうが、感覚を養うっていうのは普段からできることだからな」
 ゆっくりと歩みを再開しながら、求められるままに帰還後から現在までの中でヒントになるようなものを羅列していく。
 時間、顔色、レイシフト中の運動量。
「あとはオレがさっき嬢ちゃんに言っただろ。メシ食って寝ろ、ってな」
 その言葉をそのままとっていいとは思わなかったと目を瞬かせる少女に、腹減ってるだろうと平然と返す。
 帰還した安心感で、睡眠欲や食欲など忘れていた欲求が顔を出したのは確かだったのだろう。ぐう、とお腹の方が先に声を上げた。
 それが普通だと笑う男は、そういった普通の人間としての感覚を忘れてくれるなと願うように言葉を吐く。
「それ、確かキャスターのクー・フーリンにも言われた」
「アイツもオレだからなあ。いろいろ被るかもしれんがそのあたりは大目にみてくれや。そろそろいいだろ。このまま食堂に行ってやれ。アイツによろしくな」
「クー・フーリンさんは行かれないのですか?」
 ここまできておいてと少女達が首を傾げる。
 マシュの問いには自分が一緒に行くと色々な意味で面倒臭いことになるだろうからと笑い、手を振ってあっさりと身を翻した。
 置いてけぼりになった二人は再び顔を見合わせ、言いつけ通りに食堂に向かう。
 近付いていけば、明らかに食欲を刺激する香りが鼻腔に触れた。引き寄せられるように吸い込まれた食堂で二人分のトレイを用意しているエミヤが着席を促す。
 座った途端に目の前に置かれたのは小さめのおにぎりが数個と味噌汁の食事。
 即座にいただきますと唱えて味噌汁を胃に流し込んでから幸せそうな息を吐く少女達の前に、追加で温めのお茶が用意された。
 手を止めて、お茶と、それを差し出した青年と、用意された食事を見る。
 迷いなく用意されたことを考えれば、最初から二人だと決めてあったように思えて、どうして二人分なのかと問いを投げた。
「何か不思議かね?」
「ランサーが一緒に来るって思わなかったのかな、って」
「ああ……最初から逃げると思っていたからな」
 サーヴァントに出す食事はないではなく、最初からこないと思ったという応え。
 何も不思議なことはないという青年の言葉に少女達のほうが首を傾げる。ほろり、口内で解ける米の甘さを堪能してから理由を尋ねた。
「サーヴァントでも食事に楽しみを見出す者はいる。あれの場合はそれ故に最初から逃げるとわかっていたのでな」
 味噌汁を示し、匂いを嗅いだら我慢がきかなくなるだろうと告げて薄らと口端を引き上げる。
「確かに……補給もできない状況です。現状の備蓄を考えれば魔力さえ潤沢であれば食事の必要がないサーヴァントに割くべきではないというのは理解できます」
 マシュの声は苦い。まして本人が辞退ともいえる行動を取ったのであれば尚更だというそれに、マスターの少女は頬を膨らませた。
「それでももっといろいろ聞きたかったし、一緒に食べたかったなあ……」
「はい、先輩。わたしも同感です」
 ほわり。マシュの表情が和らぐ。同じことを考えていた二人の表情を認めた青年は、持参してきていた包みをテーブルの端に置いた。
「ならば部屋に戻るついでに持って行ってやるといい。そうだな。授業料……という名目でどうかな」
 大きめの包みとスープジャー。中身は確認せずともわかるだろうと苦笑する。
 それは最初から用意されたものだった。逃げると思っていたと告げた彼が、予め少女達の望みを考えた末の結論。
 授業料。咀嚼するように紡がれた言葉。
 手にしたおにぎりを見詰めた少女がそのままの姿勢で硬直し、一度だけ顔を見合わせたエミヤとマシュはそのまま静観を選択する。
 しばらく己の思考に沈んでいた少女は、ひらきっぱなしで乾いた眼球に水分を送るようにぱちりぱちりと瞬いてから真っ直ぐに弓兵を見上げた。
「エミヤ。それ、あとふたつあるかな?」
「もちろんだとも」
 一度厨房に戻って取ってくるという青年を見送って、少女は中途半端に残っていたおにぎりを飲み込む。
「マシュ、ひとつお願いしてもいい?」
「はい、なんなりと!」
「これをひとつ持って、メデューサのところに行ってくれるかな。私はヴラド三世のところに行ってくる」
 戻ってきたエミヤの手にある包みを受け取り、ひとつを己のサーヴァントに預けて真剣に言葉を紡ぐ。
 無駄な問いはせずに頷いたのを確認し、そのまま包みを持ってきてくれた青年へと視線を移動させて、ランサーに持っていって欲しいと続きの頼みを口にした。
「私がランサーに持っていく……でいいのかね?」
 確認のための言葉に少女は頷く。
「うん。考えたんだけど、今回の目的はバーサーカークラスの運用の仕方だったよね。だったら、今の私が教えを請うべきなのはクー・フーリンじゃなくて、ヴラド三世のほうだって思ったから」
「了解した。異論はないよ、マスター」
「本当はエミヤにも何かお礼できればいいんだけど……」
「私ならもう貰ったさ」
 料理する者にとっての最高のお礼は美味しそうに食べてもらえることなのだと続けて、嬉しそうに笑う。
「うん……すごく美味しかった。また作ってくれる?」
「もちろん。君達の場合は休息を取るという仕事もあるだろう。行くなら早めにな」
 まだ厨房内の配置も手探りの状態のため片付けはこちらですると告げた青年に、少女達は万感の思いを込めてご馳走様でしたと口にする。
 マスターの少女は改めて姿勢を正すと、お願いしますと頭を下げてから、マシュと二人、大事そうに包みを抱えて出ていった。
 その姿を見送った弓兵は一人、いつかのあれこれがあるメデューサはともかくヴラド三世におにぎりと味噌汁という組み合わせはどうなのだろうと考え込む。
 彼の場合は食事の必要性を認めていないため、そのまま戻ってくる可能性もある。
 手土産としての持参なら気持ちの問題と言えるかもしれないが、それにしても随分と合わない組み合わせだと苦笑を落とした。
 少女達のことを考えながらも器を片付け、簡単に厨房内を掃除すると、託された包みを持って食堂を後にする。
 今のところは弓兵以外に定期的に厨房を利用する者はおらず、とりあえずの戦力も整わない状態ではそこにかかりきりというわけにもいかない。
 生き残った人間達の食事はエミヤが食堂にいられる時ならその都度作るが、戦闘に駆り出される予定がある場合はお弁当になった。
 レイシフトが長引き、その日のうちに戻って来られない場合は携帯食に頼ることになるのだが、少しでも余裕があれば纏めて作りおきしてある惣菜類を順に消費してもらうように日付入りでストックしている。時折気紛れをおこした清姫やマルタが調理をする場合もあるが、現代の厨房に馴染みの薄い彼女達は最初の失敗で懲りたのか頻度はそう多くなかった。
 そもそも。エミヤよりも彼女達のほうがレイシフトに同行する頻度は多いため、早くも厨房の守護者となっている弓兵が居なければ開店休業状態となるのは必然であった。
 カウンター上に取り付けられたロールスクリーンを下ろして不在を示し、真っ直ぐ向かったのはランサーに割り当てられた個室。
 少し迷って控えめにノックをすれば、手が離せないから勝手に入れと応えがあった。
「おう、おまえさんから訪ねてくるとは珍しいな。どうした?」
「それは私のセリフなのだが……」
 遠慮なく扉を開けた弓兵の目に映ったのは部屋備え付けのシャワーブースの中で強水流と格闘しているらしい槍兵の姿。一瞬の間の後で、現代寄りの英霊である青年にはわかるだろうと判断したのか、とりあえずこれどうすればいいんだと助けを求める声が上がった。
 豪雨のように頭上から大量の水が降り注いでいる状態だが、男の声はよく通る。
 裸なのは直前までシャワーを浴びていたからだろうが、訪ねてきた相手がわかっているのならば気にするようなものでもない。
 特に気配は殺さなかったため、ノックよりも訪れた気配で返事をしたのだろうことがわかった。
 さすがに訪れたのがマスターの少女やマシュであれば入室を断ったと思いたい。
 包みを寝台脇の小さなテーブルに置いてから近付く。
「元は止めたのか?」
「おう。最初に試した」
「ならば内部で部品が壊れたか……失礼する」
 この水の量では扉を開けた瞬間に濡れ鼠だろう。
 今後を考えて一番近くの壁から間接的に探るほうがいいだろうか。即座に判断して目を伏せた青年が、自らの能力を行使する際に紡ぐ暗示の言葉は水音に紛れた。
 触れた部分から指向性を持った魔力が駆け抜け、内部構造を彼の脳内に組み上げる。
 少しの沈黙を挟み、唐突に水が止まった。
 男がおお、と声を上げて、最後の名残のように水滴が落ちたシャワーヘッドを見上げる。
 水流になすがままになっていた前髪を撫でつけながら後ろ髪の水を絞り、予め外に掛けてあったタオルに手を伸ばした。
「内部の止水機構の故障だな。今は一旦その手前に栓になるものを投影して水を止めた。修理用の部品と道具をとってくるから、それまでに着替えて食事でもしていてくれ」
「助かったぜ。しっかし、オレのところのがたまたま外れだったのか、他のやつらのところでも似たようなことが起こるのか、どっちかねぇ」
「頻発する事態はあまり考えたくないが、次の入居者が召喚される際のチェック項目に加えておこう」
 質問はもともとの不良かそれとも事件の余波のどちらかを問うものだ。
 もちろん、どちらかなどわかるはずもない。だが、今後警戒することはできるという弓兵の応えに、にかりと笑って男は頼むわと軽い言葉を投げた。
 男をその場に残した青年は一度彼の部屋を離脱する。
 投影による応急処置は施したが、自分の居ない時に再び暴発しては貴重な水が失われるという危惧からだ。
 物の解析と修理には多少の心得があると召喚されて最初に宣言した青年は、その後も日常的な修理をいくつか請け負っていた。
 精密機械や、そうでなくとも繊細な魔術制御になっているものでなければ、おおよそなんとかなる。外部への助けが見込めない状況であれば、これ以上手に余る範囲の故障が増えないことを祈るしかなかった。
 定位置に置いてある道具と部品が揃っていることを確認して引っ張り出すと、寄り道をしていくつか汚してもいいタオルを調達してからランサーの部屋へと取って返す。
 戻る時も勝手に入れと先に告げられていたため、特に声もかけずに扉を開けた。
「ランサー、入るぞ。すまないが少しうるさくす……る」
 部屋に踏み入れながらの言葉は途中で力をなくして床に転がった。
 視線の先には普段の礼装を纏ったクー・フーリンの姿。
 その背中は振り返ることなく、水滴だらけの壁に指先を触れさせて文字を描く。
 ちらりと見えたそれは流転と流動。
 次の瞬間にはシャワーブース内の水滴全てが綺麗に流れ落ち、使用前のように完全に拭い去られていた。
 驚きに青年の目が見開かれる。
「お、戻ったのか。濡れてると面倒だろうからそこだけはどうにかしたが、これ以上はオレには無理だわな。あと頼めるか」
「そのつもりだ……濡れる覚悟はしてきたのだが、どうやら不要だったな」
「電気系統じゃねぇなら大丈夫かとは思ったんだが、作業中にうっかり滑ったりしたらやりにくいだろ。そんくらいの頭は回るわ」
 杖持ちではあるまいし面倒だからルーン魔術なんぞ滅多に使わないがと笑い、場所を譲るように身を引いた男はついでとばかりに扉を開いたまま固定する。
 入れ替わりになる青年は、テーブルに載ったままの包みを示し、よかったら食べていてくれと告げてから、すっかり乾いたシャワーブースに足を踏み入れた。
 メンテナンス用のハッチを確かめていると、なぜか包みを持って近くの床に座る人影。
「こちらなら勝手にやるので放置してくれて構わないが」
「ああ。そっちこそオレのことは気にすんなよ。んで、こいつは嬢ちゃんが発案か?」
 それにしては自分で来なかったがと苦笑する。
 疑問を解消したかっただけかと納得した青年は頷いて、作業の手は止めずに食堂でのやりとりを語った。
「なるほどな。発想は悪くねぇ。持参する物を間違えている気はするが、他に選択肢もないなら目を瞑ってもらうしかねぇな」
「まあ、そのまま返ってくる程度は想定しているから問題はなかろう。重要なのは彼女の動き方だ」
「同感だ。だが、おまえさんの心配は杞憂だろうさ。先客がいるだろうからな」
 弓兵が作業のためにハッチ内部に上半身を潜りこませている間は会話にならないため、話は途切れがちだが、お互い気にした様子もなく合間で器用に話をする。
「先客?」
「おう。なんでもキャスタークラスのオレが閉鎖地区部分の片付けをしていたら、結構状態のいいワインが出てきたらしくてな。一緒に作業してた竜殺しのセイバーにもわけたんだとよ」
 渡したい相手が帰還したかを確認をしに管制室に来たため知っているだけだと続けた彼は、微妙な表情で視線を落とした。お互い別方向を見たまま振り返ることもなく、声音でしか感情を推し量れない。
 先程のレイシフトメンバーで該当するのは一人。
 バーサーカーとしての狂気でかろうじて存在を保って現界したヴラド三世。
 彼は多くを語らないため不明だが、少なくとも竜殺しの異名を取るセイバーが、よく複雑な表情で心配していることは知っていた。
 彼らの間には、自分達のように英霊となってからの縁があるらしい。当事者以外の者はそこに立ち入ることはできないが、ヴラド三世がバーサーカーとして成立した霊基の在り方を嫌悪しながらも、戦うための手段として辛うじて認めているのだけは理解できた。
 だからこそ他の彼を知っているものからすれば立ち位置に迷うのだろう。
「無辜の怪物、ってやつは……どうにも難儀だな」
 ああと息が抜け、代用品かと苦い声が続く。
「それは確かに彼にとって必要なものだ。こちらの貯蔵にも赤ワインは無くもないのだが、調理用が主なためか、彼の好みに合うようなものは見つけられなくてね」
 サーヴァントである以上飲食は必要としないが、生前の在り方ゆえに必要性を訴えるということがある。
 ヴラド三世とはそういった者のうちの一人であった。
 平時では貴人らしい振る舞いとそれに付随するものを好むが、戦場に出れば武人らしく何もかもを飲み込んで殲滅に徹する。
 赤ワインを好むのにはこの場合二つの意味があった。
 ひとつは平時の領主として好んだこと。もうひとつは後付けの知名度が持つ歪みにより、血を好むとされた生き物へと歪められたことによるものだ。
 カルデアでの彼がどちらの意味で求めたのかまでは誰も知らない。ただ、必要だと知っていてわざわざ届けてくれるような人がいて良かったとは思う。
「そこそこ高価な嗜好品の類は食堂じゃなくて別の場所にあったってことだろうさ。ワインのほかに葉巻や紙巻きもあったらしいからな」
 高価な酒や煙草、それで思いつくものは娯楽だ。確かにここで生活する職員のほぼ全員が利用する、生活に必須の場としての食堂側には必要のない物だろう。
 マスターが持参したおにぎりはヴラド三世ではなく、彼にワインを届けた竜殺しの青年の胃袋へとおさまったに違いない。そうでなくとも、せっかく作ってくれたものをマスターの少女が無駄にするはずもない。最悪の場合でもそのまま戻ってくることはなかっただろう。
 話題の終着点に納得をした青年は、いつの間にか手を止めていた作業に戻った。しばらくはかちゃかちゃと金属がぶつかる音が響く。
 必要な処置を終えてメンテナンスハッチを閉めると、外に出てから水栓を操作する。動作が正常であることを確認して、胡座で座り込んでいた男に終了の声を投げた。
「手間かけて悪かった。あと、こっちもご馳走さん。久しぶりに米食ったな。美味かった」
「専門に修理できる者がいない現状では私が適役なのは自明だ。構わないさ」
 タイミングに物申したい気持ちはあるが、逆に幸運だったとも取れるため、結局それには触れずに終わる。
 代わりに今回の原因は部品の初期不良によるもので、おそらく他の部屋で頻発することはないだろうと告げることで誤魔化した。
「つまりオレの幸運問題ってことか。それならいいさ。折り良く解決もしたことだしな」
 軽く伸びをした男が尻をはたきながら立ち上がる。
 最初から床に座らなければいいものを、と。普段なら口に出す小言を慌てて飲み込んだ青年は差し出された包みを受け取った。
「気が向いたらまた頼むわ。他が優先で構わんがな」
「それは私ではなくマスターに言え」
 彼女が願うのならば機会はあるだろう。それだけを告げた青年は工具箱と弁当の包みを持ち直すと、振り返ることもなく部屋を後にする。
「そっちの意味じゃなかったんだがなぁ……」
 もともとただのお使いなのだから未練などないとあっさりと閉じた扉に。
 残された男は言い方を間違ったかと後頭部をかき回しながら苦笑した。

  (中略)

 最初の違和感は召喚されたサーヴァントが増え、カルデアでの待機時間が長くなってきた頃。
 特異点の修復も進み、カルデアには生き残った職員よりもサーヴァントの数が増えている。
 手が回らず閉鎖されていた場所は片付けられ、手を加えられて、必要な施設の一部として開放された。
 その中には以前ワインが発掘されたバーカウンター付きの談話室も含まれ、職員・サーヴァントを問わず、せっかくお茶をするなら食堂の一角では味気ないとする者達に好評となっている。
 エミヤの不在時には、お湯とそのまま食べられる非常食が積まれている以外はスクリーンを落として閉められていた食堂も、今では数人の常駐者を得て昼夜問わず明かりが落ちることもなくなり、職員達にはいつでも温かい食事を提供していた。
 担当は交代制となったが、極限状態だった時期に全員の胃袋を掴んでしまった弓兵の人気は変わらず高く、古今東西を問わないレシピバリエーションの多さも手伝って、言葉にこそしないが正直戦闘よりも厨房を優先して欲しいと思っている者は少なくない。
 生きている人間達の生活に食事はかかせないものだ。
 それはマスターや司令官としての立場にいるロマニとて例外ではない。
 特に全体を見ているロマニにとっては、レイシフトの予定にエミヤの名が上がっていた際の職員達の嘆きは苦笑を隠せないほどのものになっていた。
 エミヤ自身、戦線を維持するという目的を理解しているため、可能な限り自らも厨房に立ち、担当を名乗り出てくれた現代の厨房に不慣れな者達をフォローすることで徐々に負担を減らす方向で動いてはいるものの、軌道に乗るまでにはもう少し時間が必要だろう。
「エミヤ君、呼び出しだよー」
「私を?」
 配膳に立っていたブーディカに声をかけられ、召喚されたばかりのナイチンゲールに対して提供している食事の栄養価を説明していたエミヤは疑問の声とともに振り返る。
「現状は概ね把握できました。呼び出しであれば私のことは構わず、どうぞ」
「あ、ああ……すまないが失礼する」
 食料庫を含め施錠されていない場所ならば好きに見て構わないと彼女をその場に残し、呼ばれるままカウンター前に立つ。
 真っ先に目についたのは青く流れる髪。あまり顔を合わせたくない相手だと気付いて溜息を落とす。
「貴様か。何の用だ」
「オマエなぁ……あからさまに嫌そうにすんじゃねぇよ。真面目な用じゃなきゃわざわざ呼びださねぇわ」
 それもそうかと納得する弓兵に対し、納得されるのもなんかむかつくと顔を引きつらせる槍兵は溜息ひとつで思考を切り替えると、施設内ネットワークのアドレスだろう文字列が書かれた紙片を差し出した。
「ドクターから、頼まれてた資料だと。あと芸術家から手が離せないからついでにって押しつけられた伝言があるんだが、特に問題なしだとよ。詳細は何も聞いてねぇがなんか不具合でもあったのか?」
 例のシャワーみたいに。
 続けて男の口から出た言葉に一瞬疑問符を飛ばす。
「シャワー……ああ、そういえばそんなこともあったな。だが、今回のは設備的なものではないから君が気にする必要はないさ」
 ダ・ヴィンチはなぜよりにもよってこの男に伝言を頼んだと詰りたくともその相手はこの場にいない。
 心配するなと言うならそういうことにしておくと笑った男は、手が必要ならちゃんと周りに声かけろと告げて配膳作業に戻ったブーディカを見た。例えば彼女に、という意図なのだろう。
「現状でも十分手を借りているがね」
「ふぅん。そんじゃちっとくらい抜けられるだろ。たまには付き合えよ」
 軽い手合わせくらいならいいだろう。たまにやらないと勘が鈍る。そんな理由を並べられて唇を噛む。
「なぜ私なんだ……」
「あぁ? んなもん一番手の内がわかってるからに決まってんだろ」
 慣れた相手であればあるほど、手合わせをしたときにどれだけ勘が鈍ったか一目瞭然だからだと、あまりにも自然に告げられて面食らう。
「あからさまに意外だってカオすんじゃねぇよ。おまえさんだって多少は覚えてるんだろ」
 記録の持ち込みに制限がない現界であれば、同じ土地、ほぼ同じ状況での、鏡合わせのように連なるいくつもの戦闘の記録はすべて思い出せずとも確かに裡にある。
 それらを束ねていけば確かに、一番知っている相手と言えなくもないだろう。
 ごくり。喉が鳴ったのはほぼ無意識だった。
 男に悟られなかっただろうかと視線を流す青年の眉間に深く皺が寄る。
「まあまあ、いいんじゃない? エミヤ君のごはんは一番人気だから仕方ないけど、そのせいで最近はずっと備蓄の配分と睨めっこだったでしょ。たまには息抜きしてくるといいよ」
 サーヴァントである以上、本分の確認は大事だから。
 助け舟は、横から朗らかにかけられたブーディカの言葉だった。
 いざという時に戦えないでは話にならない。ぴしゃりと言い切る彼女に男二人は言葉を返せず、思わず頷く。
 よろしいと笑った彼女は時計を確認してからエミヤにエプロンを外すように言い渡した。
「言い訳は聞かないよ。さっさと行った行った! あ、猛犬君は夕食の仕込みまでには彼を返却するように」
「おう、了解」
 何気なく、だがしっかりと混ぜられたやりすぎるなとの注意にも明るく応えた男と笑顔を崩さずエプロンを渡すように要求してくるブーディカに負けた青年は、溜息ひとつを置き去りに厨房を出た。
 並んでシミュレーションルームに向かう間の会話は、最近の戦闘中のマスターやマシュの様子だ。そこによくレイシフトメンバーになるサーヴァントの名が加わる。
 ほぼ厨房に引きこもりになったエミヤとは対照的に、ランサーのクー・フーリンは耐久性と生存力の高さ故に今でもよく最後の砦として殿役に重宝されていた。
 古参として、召喚されたての慣れてない者のサポートをすることが多いことも関係しているだろう。
 だからこそこうして周りを見ている余裕がある。
「ここの事情に踏み込むつもりはねぇんだが……嬢ちゃんは大丈夫なのかねぇ……」
「それはマシュ嬢の体のことか? それともマスターの精神面かね」
「どっちと聞かれると両方だが……そうさな。どっちかっつーとマスターのほうか。盾の嬢ちゃんはありゃもう決めちまってる。今更揺るがねぇよ」
 自分の限界を知っていて、それでももう少しだけと足掻いている顔だ。冷静に評する槍兵に、弓兵も頷く。
「本人も隠したがっているし、具体的にどうということは知らないが、明らかに体調が悪そうだからな。気付いている者は他にもいるだろうが……」
 今を生きている者達の間にあるものは極力当事者同士に任せるべきだというのは真っ当な思考を持ったサーヴァントであれば共通の認識だ。己を時代の影法師と律し、決定権を行使しない。
「マスターはすでに知っている。私達が特に何かを言う必要性はないさ」
「そうかい。それならあとはおまえさんか」
「私?」
 こつり。足音が一度止まって扉が開く音が続く。いつの間にか目的地の前に着いていた。
 気付かれたのだろうか。警戒を強めた青年は目を細めて一見無防備な背を射抜くも、相手はどこ吹く風。
 思わせぶりなところで言葉を切った槍兵が先に立ち、弓兵が続く。明かりを灯していない部屋は、扉が閉まれば闇に落ちた。
「おうよ。いかにも溜まってますってカオしてんぞ。抜いてやろうか?」
「寝言は寝てから言いたまえ。ああそうだこの場ならば遠慮はいらないのだったな私が眠らせてやれば解決する話だった」
 細かなところは予め設定されていたのだろう。
 電子音声がシミュレーションの起動を告げ、あたりの景色が変わる。
 瞬きの間に広がったのは夜の校庭。それも、炎上を続ける街の半ば瓦礫と化したそれではなく、表向き平和だと信じられていたどこかの聖杯戦争中の一夜の光景だ。
「……趣味が悪いな」
「なんでだよ。最高のシチュエーションだろうが」
 会話も終わらないうちに槍兵が地を蹴る。瞬時に握られたお互いの武器は噛み合わされた瞬間に嬉しそうに高く鳴いた。
「教会前でなかっただけマシというところか」
「テメェ……よっぽど風穴開けられたいらしいな」
「あの時の君に風穴を開けられた覚えはないのだがね」
 かきん。弓兵が扱う夫婦剣の片方が負荷に耐えきれずに消滅する。もう一刀も壊される前に手放しながら下がった彼の手には再び同じ刃が握られていた。
 ちりと掠めた欠片が頬のあたりに薄く傷を引くが気にするようなものではない。
 その光景も見慣れたなと男が笑う。
 刃が風を切る音と地面を擦る足裏の音、踏み込んだ際に抉れる地面と舞い上がる土埃。
 まるで踊るような体捌きで噛み合わされた得物が高く声を上げ、立ち上る魔力は濃く入り混じっていく。
 環境のせいもあるのだろうか。ある意味因縁のはじまりとも言える場所で。戦闘が続くほど余計な思考は消え、ただ目の前の相手にだけ集中していく。
 もはやどのくらい打ち合ったか。一進一退の手合わせは唐突な電子音によって終わりを迎えた。
 高く耳障りな警告音。同時に周囲の景色が揺らぐ。
「あー……時間切れか。くっそ……消化不良じゃねぇか」
「そんな設定があるのか?」
「正確に言うと連続稼働の負荷増大警告ってやつだ。環境ダメージ反映設定切っときゃよかったぜ」
 なるべくリアルにしようという意図が裏目に出たと苦笑して槍を下ろした男は、警告を続ける電子音にシミュレーション終了を求めた。
 即座に受理された命令により数秒も経たずに部屋の中は元の通り空の闇に戻る。
 ゆっくりと呼吸をしながら目を伏せて、戦闘状態を解除した弓兵の手から刃が消え、同じようにした槍兵の槍も消えてしまえば、お互い素手のまま闇の中で向き合うことになった。
 先に口を開いたのは槍兵。
「なんだかんだ結構カツカツだからな。あんまり詳細な再現させとくと負荷が増えてこうなるらしい」
 理屈はわかると告げた青年は、純粋な疑問として環境ダメージ反映を切ると地面の陥没が勝手に直っていたりするのかと問いを投げる。
 テスト時代から入り浸っている槍兵と違い、エミヤのこの部屋の仕組みへの興味を満たす時間はとれないままだ。
「違和感を減らすために多少の時間は残してくれるが、基本はそうなる。まぁ、今回は夕食の準備前に解放する約束だしな、結果良しってことにするさね」
 僅かな明かりもない闇がお互いの姿を曖昧にしていた。
 気配を探ることはできるし、魔力により存在を知覚することもできる。だが、詳細な表情は見て取れず、声音だけで相手の感情を推し量るしかない。
 多少だがすっきりしたと笑った男が数歩の距離を詰めたのに気付くのが遅れた青年は、軽く頬から唇の端に滑った指先に惑う。
「な、にを……?」
「ああ、驚かせたなら謝る。別に変な意味はねぇよ。ちと気になっただけだ。おまえさん、さっきこのあたり切ってただろ」
「シミュレーションの中のことだろう。こちらには影響しないのでは」
 先ほどまでの戦闘を思い返せば、確かに途中で破片が掠めて切っていたあたり。
 そもそもシミュレーションでなくとも問題にもならない傷のため、気にもしていなかった。
「おう。だがそれをちゃんと確認する機会ってのは意外とねぇんだよ。意識してるとシミュレーション中でも勝手に治しちまうからな」
 シミレーション中に表面上でも治癒されてしまうとわからないのだと告げられて納得する。
 触れたのは明かりがない状態では遠目から見えないためで、それ以外の意味はないのだろう。
「いつも明かりを点けずにやっているのか」
「あー……そうだな。基本入って即起動して終了したら即出るからな。サーヴァントの身だと移動だけなら困らねぇからあんまり意識してなかったわ」
 今からでも点けるかと問われれば、いいやと首を振ってさりげなく触れていた指を外した。自分で同じ場所に触れながら息を吐く。
 そこに傷はなく、掌にはかすかに己の息が触れるだけ。
 戦闘中には息が上がることもなく、たった今意識するまでは自然と行っていた行為。
「アーチャー?」
「ああ、すまない。君が傷というから自分でも気になっただけだ。用は済んだのだろう。失礼するよ」
 あっさりとした言葉を置いて、振り返ることもなく去っていく青年を見送った槍兵はどう思うと誰もいないはずの闇に向かって声を投げる。
「問題なし、ってのはまあ……外部的にってやつだろうなあ……」
 つい、と。闇の中から同じ声音が返った。
 槍兵に並んだのは同じ姿形の魔術師。ルーン魔術を駆使する彼は、アサシンクラス並の精度で己の身を隠し、気配を断っていた。
「気付いたか? 最初の一呼吸がおかしかった」
「ああ、最初の剣を投影するタイミングが僅かに遅れていたな。あれで押し込まれただろ。らしくねぇ」
「ドクター達にも相談するくらいだ。問題は認識しているんだろうが……おそらくは言わねぇだろうな」
 気になったのはそこだけで、その後の戦闘中は特に問題がなかったと見解が一致する。厨房の中ではどうだったと問われた槍兵は特に気になったことはないが、伝言を伝えた時だけは物凄い顔をしていたと苦笑を落とした。
 隣で爆笑した魔術師は自分も見たかったと告げてから煙草に手を伸ばそうとした手を曖昧に揺らす。全てが屋内のこの施設において、喫煙室以外の場所は禁煙である。
「となると、おそらくはアイツの精神的なものによる不調なんだろう。さっきの戦闘の後で本人も何かに気付いたようだったからな。戦闘行為もしくはそれに類するものが鍵になるやもしれん」
「確かめるか?」
「そいつは当然だが……急ぎすぎてバレんなよ」
 宙で揺れていた手が杖を掴んでかつりと床を叩く。
 それぞれ違う違和感と断片的な情報から弓兵が不調だということを見抜いたのは二人同時。
 途中でお互いが気付いていると発覚したために共同戦線を張っていた。
 いつかの記録に重ね合わせて自覚させるのならば戦闘の相手はランサーの方が適任だろうとキャスターは一歩引いて観察することを選択し、今に至る。
 問題があるのならば手に余る前に対処するのが集団生活の鉄則で、それを乱しているのは弓兵のほうだ。
 彼の性格を考えれば、解決には多少強引な手段が必要だという認識は実際に相談を受けただろうドクター・ロマニやダ・ヴィンチとも共通。それ故に彼らの隠匿も甘く、直接的ではないがヒントを掴ませる程度のことはしてくる。
 槍兵と魔術師は元を同じくする存在であるためか、思考の過程はどうあれ最終的には同じ結論に至る。その上であえて役割を分担することを選んだ彼らはそれぞれの方針を口にした。
「オレはしばらく様子を見つつ口説く日々かねぇ……もうちっと外堀を埋めなくとも厨房から出てくるようになれば楽なんだがな」
「まあなあ……そんじゃオレは別方面から攻めるわ。ちょうどケルト勢も増えたところだ。適当な理由をつけて酒宴に引っ張り込むのはありだろう」
 その酒はどこから調達してきたと小言が飛ぶのは目に見えているが、基本的に過去の英雄達に憧れを抱いている青年は勝手に誑かされてくれるだろう。むしろ問題は、おそらくべろんべろんに酔わされるだろう彼を、きりのいいところで連れて逃げることにある。
「……師匠の相手すんのかよ」
「それくらい協力しろや。魔術的なことをみるならオレのほうが適任なんだからよ」
 もっとも、ダ・ヴィンチが問題なしとした以上その線は薄い。
「しゃあねぇか。懸念は潰しておくべきだからな」
 そうしてクー・フーリン二人は闇を後にした。

  (中略)

 レイシフトでの移動時特有の感覚が抜ければそこは手付かずの自然が残る場所であった。
 レイシフトポイントは島の端。崖から連なる見晴らしのいい岩場の上は、少し移動すれば反対側の海までを見渡せるような高台となっている。
 大気には濃いエーテルが渦巻き、可視化したそれが雲となって空を覆っていのが見えた。
 まずは全体が見える場所に移動しようと意見が一致した二人は、高台になっている岩場へと足を向ける。
 森と丘。そして岩場がほとんどを占める小さな島だ。現在いるあたりの岩場がそのまま山裾になっている。
「確かにこりゃぁエーテル酔いしそうだな。どうだ、アーチャー」
「とりあえず今のところは追加礼装がうまく働いているようで問題ない」
 レイシフト前からわかっていたことであるため、しっかりと対策は取られていた。ともに魔力を貯蔵しておく電池のような役目を持つ礼装が支給されており、さらに追加でエミヤに対しては濃いエーテルから霊基を守るための術式が施されている。
「人はいねぇな……生き物の気配はあるが、どれも普通の動物か魔獣かのようだ」
「わかるのかね」
「一応な。面倒だから戦闘中に多用すんのなんざごめんだが、多少の感知くらいはできるさ」
 見えるかと示された先。どんと大きな土煙が上がって、その周囲のエーテル塊が空に飛ぶ。一瞬の出来事ではあったが、薄く広がった雲が途切れた先には陸地が見えた。
「鏡、ね。なるほど」
「ふむ、あの鏡面が聖杯の力ということか」
「だろうなあ。そんであそこで争ってたのはおそらく魔猪だ。以前はもっと数が多くて、ああいったぶつかり合いも頻繁にあったんだろうさ」
 そうして魔力を流すことで何を守ろうとしたのかまではこちらからはわからない。そこは戻ってから直接聞いてみるしかなかった。
「とりあえず最初はどれくらい送り込めばいいかわからんからな、軽く手合わせといこうぜ」
「異論ない」
 会話の間にも二人の手は己の武器を握っている。途切れた声の間を風が流れ、ひるがえるエミヤの赤の礼装とランサーの長い髪がはさりと音をたてた。
 そんな風が一瞬だけ弱まる。
 己が身を風に変えて、男が動いた。
 一瞬後にはがっちりと刃先が噛み合い、高い音が響く。
 軽くとは言ったもののいつも通りの踏み込みに、近付いたお互いの口角が上がり、連続で合わせられる刃は高く低く音楽のように波紋を響かせた。どうしても強度で劣る弓兵の武器は何度か壊されるが、次の瞬間には同じものを投影して応戦するため劣勢の気配は薄い。むしろ壊れた欠片さえも目眩しとして利用していた。
 お互い打ち合いに夢中になっているようで、頭の隅では冷静に魔力の流れを追っている。
 またひとつ。エミヤの武器が崩れ、エーテルの流れに巻き込まれて消えていく。あえて移動しながらだったために空に広がった雲の合間は大きく口をあけてもうひとつの島の様子を映し出した。
 手を止めたのは同時。
 魔力の雲が戻るまでの時間と動いた魔力量を計算して頷き合う。
「一旦様子を見るか……その間に霊脈を探す。魔獣と遭遇する可能性があるからおまえさんは見晴らしのいいところから魔力の流れを見ておいてくれ」
「承知した。さすがに避けられないか」
「できるだけは避けるがな、地脈が地上付近に流れている場所はその性質上魔のものを集めやすい。こっちが拠点として使わせてもらうならお引き取り願うしかねぇだろ」
 最初から戦闘が発生するような言い方だが、事実でもあるのだろう。
 霊地の確保は少しでもカルデアもしくはもうひとつの島にいるはずのマスターとの繋がりを構築する上でも重要なことであった。
 また後で、と。
 エミヤは元の岩場付近に、ランサーはルーンでの探索を用いて霊脈を探しにと一度別れる。
 知らないうちにだいぶ移動したらしい。エミヤが岩場に辿り着いた直後にどおんと大きな音が響いてばさりと鳥が飛び立った。同時に先ほども見たような魔力の流れが空へと消える。
 一連の流れを追っていた青年は最後まで空を睨んだままに眉を寄せた。
「境界面が少々不安定だな。こちらの魔力があまり流れなくなっていた弊害か……?」
 弓兵と槍兵が戦わずとも、島では魔獣同士の小競り合いがいくつか発生する。それを計算に入れた上で魔力量を調整する必要があるだろう。今後について話し合う必要があると判断した彼はもう一度島全体を見回した。
 途中で明らかに合図とわかる人工的な花火形状の光が上がって苦笑する。
 返事代わりに矢を放ってから青年は移動を開始した。
 また物騒だと文句を言われるだろうか。だが今回はちゃんと意味があるものなのだから構わないだろう。
 岩場を後にして森へと踏み込む。場所は確認済だが、ひらけた場所ではなかったため、保険をかけてあった。
 イレギュラーな使い方ではあるが、先ほど放った矢は普段使用している夫婦剣の片割れだ。
 己の片手にはもう片方の刃。その引き合う性質を利用すれば目算通りの道を辿れず回り道を余儀なくされても迷うことはないだろう。
 蔦を分けて踏み込んだ場所の空気が変わる。
「……結界か」
「おう、アーチャー。随分と物騒な返事をありがとよ。そいつは魔獣避けだ」
 四六時中魔獣とドンパチやるのは得策ではないと告げる男に青年も頷く。
「先ほど君がこの辺りの魔獣を蹴散らした時に状況を見ていたが、境界面が不安定な感じがした」
 先ほどの手合わせで流した影響の可能性を問えば、ほぼ同じ見解が男の口から落ちた。
「となると向こうから呼び込んでもらう必要があるな」
 術式の起点が向こうにある以上こちら側でできることは少ない。おそらくは術式の維持にもこちらから流した魔力が一部使われているのだろうとしたランサーは、とりあえずもう少し落ち着いて話をしようとエミヤを促した。
 無言で続けば森の中に突然現れた石組みの穴の入り口に目を瞬く。傍には熱のない松明の火が掲げられていた。
「魔獣どもはこの中に入ってこないように結界で感覚を狂わせて関係ない方向に進むようになってるからな、とりあえず忘れていいぞ」
 ぽん、と穴の入り口に手を付いて男が笑う。これは妖精塚の名残だと目を細めた彼に手招かれて慎重に近付く。
「今は抜け殻だがな。地脈の吹き出し口になってるのは確かだ」
 穴の入り口まで近付けばわかるが、直上はちょうど木々が避けるようにぽかりと空いている。
 そのまま口にすれば、エーテルの流れによるものだろうと返答があった。
「さっき杖持ち……つまりマスター達もこちらに来たらしいのを確認した。通信できたわけじゃねぇが、なんとなく近くなった……って感覚的な説明でわかるか?」
「ああ。実際のところはともかく、この島はカルデアが同じものあるいはひと続きのものとして観測した場所だ。そうだな……向こうにキャスターの君が居るのも大きいか」
「業腹だが、先に色々やっといたのがよかった。通信はできないから具体的なことはわからんが、なんとなく存在は感じ取れるからな」
 無事でいるのならなによりだと告げたものの、青年はその話とこの場所がどう関係するのか首を傾げる。
「とりあえずもうちっと待ってろ。なんかしようとしている気配はあるんだが、詳細は知りようがねぇからな」
「道理だな」
 何をしようともマスターの害になるようなことではないだろう。
 アルトリア、クロエ、アイリスフィールにキャスターのクー・フーリン。こうも見事に自分に縁のある者を集めたものだと関心さえしながら向こうへの同行者を思い描いて青年は息を逃す。
 見上げた空は切り取られているが、時折光が飛ぶのが見える。ここが島全体の地脈の中心であるのなら、天の鏡の中心もここなのだろう。小さな光ではあるがそれを吸い込んでいく雲向こうの天の色は先ほどより少しだけ安定した気がする。
「あー……なるほど。天の杯による干渉か。うまいこといけばもう少し安定して向こうに流せそうだな」
「アイリスフィールか。確かカルデアの彼女は自らを聖杯の端末、と言っていたが……」
 そんなことが可能なのか。
 疑問を解消できる手段はない。ただ、境界面の安定度が増した事実があるのみ。
 はあと大袈裟に溜息を落とした青年が頭を抱える。
「戻ったら詳細を聞かせてもらおう。本人の希望だとしてもあまり無茶なことは控えてほしいものだな」
「さすがに無謀だったらそもそも承認しねぇだろ。さて、ここを拠点にするのは構わんな?」
「異論ないよ。戦闘はここ以外の場所で、かね」
 ちらり。手の間から視線を逃した問いに笑いを返した男はぽいと小さな石を放ってくる。慌てて受け取ったそれにはルーン文字が刻まれていた。
 疑問符には通行証のようなものだと応えがある。
「さっきはテメェの剣の片割れが内側にあったし、オレが迎えに行ったから問題なかったが、基本的に外から入ろうとするやつを惑わせるようにしてるからな。どっかに入れておいて、辿り着けないと思ったら取り出してみろよ」
 松明を示し、これと引き合うからコンパス代わりになるはずだとの言葉に頷いて、気を取り直すように軽く頭を振ると、ひとつ深呼吸。もう一戦するのかという問いには、当然だと言わんばかりの獰猛な笑みが返った。
 渡された石をしまい込んでからついてこいと飛び出していった青を追う。
 森を抜け、小さな丘をひとつ超えて。
 先を行く男が振り返ったのは石造りの踊り舞台。
 様々な形の石を精密に組み合わせて円形に整えられたそこはあきらかに人工物だが、島に人は住んでいない。となれば、あの塚同様に妖精のものだろうか。
 あたりを見回す青年に笑みを含んだ声が触れた。
「まだどれくらい安定しているかわからんからな」
 見晴らしもいいからお誂え向きだろうと笑う男は準備運動でもするかのようにぐいとひとつ伸びをした。
「この後は日が暮れるがね」
「見えねぇってこたねぇだろ。お互いな」
 様子見だから徒手でとの申し出を承諾して青年は足元の石の具合を確かめる。多少の起伏はあるが障害になるほどではない。
「蹴りは?」
「アリ、だろッ!」
 相変わらずの身体能力の高さで距離を詰めてくる突風を僅かに身を引いただけで躱す。軽い舌打ちの音とともにそのまま沈み込む体を嫌って中空へと逃れた。
 ぶわりと腰布がひるがえる。
「合図もなしに強襲とは。マナーがなっていないな」
「物騒なダンスにそんなものいるかよ」
「多少は必要だろう。なにせ君と違って徒手は不慣れなものでね」
 エスコートしてくれるのだろう。
 鮮やかに笑って片足を軸にくるりと回転し下段、足払いからの中段蹴り。
 再び広がった腰布が一拍置いて追いついてくる前に器用に足先のベルトを絡め取られて軸足を払われる。
 取られた足をそのままにあえてのしかかられるように転れば軽口が遊んだ。
 ゆると日が翳って灯りもない舞台は闇に沈む。
「随分と情熱的だな」
「たわけ」
 ほとんど口付けに近い距離だ。囁きは色気を纏うわりに剣呑。
 びん、と。背に揺れる男の尻尾を思い切り引いて、痛いと叫び声を上げた顔を引き剥がすと同時に腹に膝を入れて投げ飛ばした。
 流石に空中で回転して綺麗に着地し、もう一度痛いと後頭部に指を入れる。
「手癖が悪ぃんじゃねぇか、アーチャーさんよぉ」
「そんなこと今更だろうに。それよりも見ろ」
 そろそろ打ち止めらしい。
 続けられた声に振り仰いだ男の目には、やはり不安定になっている境界面が写った。途切れた雲がなかなか戻らないことから、詳細に様子がわかる。
「んー……ざっと十時間ってとこかねぇ」
「ああ。また明日の夜明けあたりで様子を見ながら再開となるだろう」
 仕方ないから一旦戻るかと話はまとまり、連れ立って道なき道を引き返す。
「腹減ったなー……」
「ふむ。これだけ戦闘と戦闘の間が空くようなら多少でも魔力の足しにするために食事や睡眠も考えるべきかもしれんな」
「食材調達までするならますます戦闘の具合も考えなきゃならん。取り合えず今日のところは空腹を抱えて寝るしかねぇな」
 違いないと笑って結界の中へと足を踏み入れる。
 特に馴れ合うつもりもない二人は適当な距離を置いてそれぞれ木や石に凭れ、目を閉じた。
 お互い魔力の消費を抑えるための行動。会話も身動ぎも絶えた夜の闇はさらに深い。
 松明の薄明かりだけが周囲を僅かに照らして、獣の声が響く一夜はどこか懐かしさを感じさせた。
 深い森の中には届きにくいものなのだが、開けた空間があるためか予想以上に風が渡る。彼らはどちらからともなく夜明け前に身を起こし、視線だけでお互いの状態を確認して、まだ暗い森の中を歩いた。
 なぁ、思ったんだが。
 そんな風に切り出した男の口調は歩調と同じくらいにゆるい。
「しばらく本気を出せないなら交代で武器を指定してやりあわねぇか?」
「……私は君の兄ではないのだがね」
「なに当たり前のこと言ってやがる。テメェとアイツを比べたことなんざねぇよ」
 何を言われたかわからないと首を傾げる男は森を抜けたところで立ち止まった。突然のことにぶつかりそうになった青年は慌てて身を引くが、一歩遅い。
 ぐいと顔を寄せた男はまるで睦言でも紡ぐかのように低く抑えた声を触れさせた。
「制限なぞないのなら最初から最後までなんでもありにするに決まってるだろうが」
「……ッ!」
 制限を加えることは、楽しくなってやりすぎないようにするための枷なのだと男は苦笑する。
「なにせ、おまえさんとやりあうのは英霊になっちまったオレの数少ない楽しみなんだ。簡単に奪ってくれるなや」
 もっとも此度の現界は味方であるため戦闘行為に制限がかかっており、少々物足りないと笑みを深くする。
 そのまま青年を解放した男は何事もなかったかのように踵を返して歩き出した。背の尻尾髪がご機嫌に揺れるさまが憎らしいとさえ思う。
「どうした?」
「いいや。随分と厄介な猛犬殿と縁があったものだと思ってな」
「それこそ今更だろうが。さて、最初は何にする?」
 もはや提案は拒否されないだろうと笑う男の向こう、空が白み始めて輪郭が淡く染まっていく。
 深く息を逃して覚悟を決めた青年は少し考えて竹刀を二つ投影した。
 そのまま片方を投げ渡せば、どっかで見たことあるなと言いながらもしげしげと眺める槍兵の姿。
 思わず苦笑を落とす。
「馴染みはないかもしれないが、刃がないので準備運動にはちょうどいいだろう。おそらく君が力任せに扱うと壊れるからな、精々気をつけたまえ」
「あ、思い出したわ。確かタイガのねーちゃんに道場に誘われた時に一回使ったな。おまえさんにとっても懐かしい武器ってことか」
 揃って思い描いたのはカルデアでジャガーマンの依代となっている女性。彼女の精神は表に現れないため、むしろ別の場所のことだとすぐに気付く。
 さてなんのことかと空惚ける弓兵は、それ以上の無駄口は必要ないとばかりに綺麗に一礼してみせた。つられただけのはずの槍兵の礼が様になっているのに瞳を和ませる。
 普段から比べればままごとのような戦いだが、竹刀とはいえ担い手がサーヴァントであれば十分に凶器足りえるため、気を抜くことはない。
 実際、彼らの撃ち合いは、竹刀での模擬戦と言って想像するものとは思えないほど激しい。結局は両者ともに武器を破壊してしまったことでお開きとなった。
 その後も少しずつ間をあけながら剣、棍、刀、棒、刺突剣、薙刀、短剣、鎌、などなど。
 槍兵が指定するものは一般的なものであることが多く、対して弓兵が指定するものは変わり種が多い。
 だが、無理難題を好み挑戦されれば乗ってしまうのが性である男は存外楽しく過ごしているようで、面倒だからもうやめようとは言い出さず、むしろエミヤの知識の多さに感心さえしてみせた。
 幾夜を超えて回を重ねるごとに境界面の安定度は増していき、そろそろかと切り出したのは二人同時。
「アーチャーさんよぉ。なんだかんだ言って寸止めは物足りなかったんじゃねぇのか」
「なんのことかな。生憎と、仕事とプライベートは分ける主義でね」
 あえて平坦な声で告げたものの、建前はいいと一蹴されて眉間に皺が寄る。
「誰も聞いちゃいねぇんだ。ちぃとばかし素直になってもいいんじゃねぇの?」
「さて、そろそろ煩く囀る口を縫い合わせる時間だな」
「もちろん力尽くでな」
 槍兵の返しは、できるものならやってみろと副音声が付けられていたに違いない。
 堂々と告げられた挑戦に薄っすらと笑みを返して瞬間的に握り慣れた夫婦剣を投影する。
 表情を険しくした青年が地を蹴ったのと男が朱槍を握ったのは同時だった。数え切れないほど合わせてきた武器同士。特有の高い音が散って、残響が耳に返る。
 一合、二合。
 すぐに数えるのも面倒になるくらい、彼らの武器はいつくもの光の軌跡を残してあらゆる方向から牙を剥く。
 ぶつかり合った魔力は渦巻き、地上から飛び立つ流星となって天に吸い込まれていった。
 厚く重なる魔力の雲が少しずつ晴れていく。
 そこまでしても境界面は安定しており、一度距離を取った彼らはどこか嬉しそうに口角を上げた。
 手にはそれぞれ愛用の武器。
 もはや言葉は要らず、ほんの少しそよいだだけの風を合図にして。後のことも考えずただ明けては暮れるまでぶつかり合った。

  (中略)

 ゆらと揺れる感覚に意識が浮上し、痛みを自覚した脳が瞬時に覚醒する。同時に己の魔力残量が心許ないことに気付いた。
「う……ぐ……ッ」
「お、起きたな……ってオレもさっきまで落ちてたが」
「落ちて、た……?」
 君がか。まさかの思いと共に言葉を落とし、まだ霞がかかった思考でゆると周囲を見回せば、環境破壊で猛烈な抗議がきそうな有様が目に入る。
 思わず頭を抱えようとして痛みに思い留まった。
 己の腕から肩、胸元近くまでの礼装が消失し、大きな裂傷が走っているのを見た青年は盛大な溜息を落とす。
 視線を転じれば槍兵の状況とてそう変わらず、こちらは腕を中心にまだらに腰付近まで礼装が斬り裂かれている。
「こりゃちとはしゃぎすぎたなぁ……」
「返す言葉もないな。まさか気を失うまでとは」
「めちゃくちゃに楽しかったけどな。あー……魔力もほとんどすっからかんじゃねぇか。とりあえず応急手当てくらいはするか」
 いっそ潔く上半身の礼装を消した槍兵はまだ閉じていない傷口付近の血を拭って文字を描く。
 流石に余裕がないと笑いながらも、男は自然な動作で弓兵の腕に触れた。不要だとする言葉を無視して同じ文字を描き、取り急ぎ外側だけを取り繕う。
「おー……よく見えるな。あれだけあった雲が綺麗さっぱりなくなったくらいだ。しばらくは保つだろう。多少魔力が戻るまで一旦休憩にしようぜ」
 それは果たして休憩と言えるのかと問えば、拠点に戻れば多少回復も早いだろうと、同意を疑わない声が響く。
 だが、眉を顰めたエミヤはそれに反応しなかった。
「おい、アーチャー?」
「……ああ、異論はないから先に戻っていてくれ」
「先に……って、おまえさんはどうすんだよ」
 緩慢な動作ではあるが立ち上がり、己の礼装の損傷を確認していることから動けないわけではないと判断できた。
「周囲の被害を確認してくるつもりだが」
「んなもん必要ねぇだろうが。一緒に居たくねぇ言い訳があるなら寝物語に聞いてやるからさっさと来い」
「きみな……強引すぎるだろう」
 あからさまに嫌そうな弓兵の様子に、それ以上ごねるようならもう一回寝とくかと告げれば、ぐっと詰まった後に森に向けて歩き出した。
 男は数歩遅れでそれに続きながら何気なく目の前の背中を観察する。言動はいつも通りではあるが、ほんの少しだけ息が上がって、破れた礼装をどうにかする気力もないらしいと判断できた。
 おそらくポケットに入れたままのルーンストーンがほのかに熱を灯しているのに気付く。
 通行証やコンパスのようなものだと告げた言葉に嘘はないが、ルーンとはそもそも複数の意味を持つものである。
 渡しておいたそれは、青年に温もりをわけるものとして起動していた。
 ふむと一人納得して、何も言わないまま予定通り拠点までの道を歩む。
 定位置になってしまった木の根本に先回りし、ひっかけてあった布を拾ってから怪訝そうな青年の背を押して石造りの穴の中に促した。
 中の土は細かくさらさらで乾いており、厚く積み重なっているのか存外柔らかい。
「何のつもりだ」
「ここなら霊脈の直上だ。回復も早いだろ? まあちと狭いかもしれんがそこは仕方ねぇな」
 拒絶される前にさっさと手にした布を敷いて座り込む。
 どうせまた明日になれば戦いを再開しなければならないのだからそれまでに回復速度を優先するのは当然だろうと告げれば青年も諦めたように身を折った。
 広めとはいえ、成人男性が立ったままでいられるような高さはなく、長時間を過ごすのならば座るか横たわるかするしかない。
「なんかテント生活を思い出すなコレ」
「……近いぞ」
「効率優先だ。諦めろや」
 お互い傷を負ったのは右腕だ。
 外傷自体は先程の応急手当で取り繕われて見えないが、癒えたわけではない。
 かばうなら自然と同じ方向を向くことになり、結果的に狭い穴の中のさらに狭い布の上で丸くなったエミヤの背に懐くように額を触れさせた男は穏やかに笑う。
 晴れ渡った空と他者の侵入を許さない結界のおかげで辺りは静まり返っていた。
 ゆるい呼吸の音だけがあたりに響く。それがひとつだけだと気付かないほうがおかしいだろう。
「オイ、なんで息止めてんだよ」
「……別に止めているわけじゃない」
「ああ、なら止めてるんじゃなくて本当に呼吸ができないのか」
 瞬間、ひゅうと無様に青年の喉が鳴った。
 あたりかと囁いた声には無言。それが何よりも雄弁に肯定を表している。
「いつからだ」
 背に触れさせた声音は低く。
 単なる問いというよりも詰問に近いものになってしまったのは仕方がないだろうとは思うものの、男は気を取り直すように一度深呼吸をする。
「……知って、いたわけでは……ないのか」
 苦しそうな言葉には確かに安堵が溶けていた。
「その言い方だとこっち来てからの話じゃねぇな。てことはカルデアで調子悪そうにしてたのも同じ理由か」
「……黙秘する」
「しても構わんが、ソレ答えたも同然だぞ」
 うぐと奇妙な呻きを上げた青年にわざとらしい溜息を触れさせて、元々ない距離を詰める。
 すっかり背を覆うように密着した男に対し、僅かに身を固くした以外は抵抗の気配もない様子は、諦めというよりもむしろ自衛であるあたりが彼らしいと思う。
 すんと首筋のあたりで鼻を鳴らせば堪えきれなかったらしい。肌を粟立たせた青年は勘弁してくれと掠れた声を落とした。
 どうにも無視できないほどに額が触れている肌は熱く、破損した礼装も未だに放置されたまま。
「それを差し引いてもオマエ発熱してんぞ。術式で補強してるし、ここ結構変換効率いいはずなんだが、まだ溜まってこねぇか?」
「犬のように嗅ぎ回るのはやめてくれないか。耳元で吠えられては眠ることもできないだろう」
「うるせぇ。最初から寝る気なんぞないやつがふざけたことぬかすな」
 寝る気がないわけではないのだが。
 呟きには力がなく、固くなっていた体から徐々に力が抜けていく。
 変換された魔力を急速に取り込んでいる槍兵と違い、未だに魔力が回っていない弓兵の体は全く回復していないらしく、右腕を動かすと痛むのだろう。
 君はもう痛まないかと問われて、触れられる程度なら問題ないと返す。問いの意味を図りかねて黙り込むと、距離を詰めた際にゆるく腰に回していた指先に青年の左手が触れた。
 発熱している体とは裏腹に指先はやけに冷えている。
 現状は明らかに深刻な魔力不足を示していた。
「オマエ……」
「頼める義理などないのは承知しているが、君の言う通り明日までにある程度回復しなければならないのは確かだ。すまないが、少しだけ魔力の接触供給を許して欲しい」
「そいつは構わんが、そんだけ空っけつだと全然足りねぇだろ。あー……とっとと傷塞ぐんじゃなかったな」
 どうせ流れる血なら飲んでもらったほうがよかったと告げれば、嚥下できる気がしないから不要だと面倒そうな声が上がる。
 変換用の礼装はどうなっていると続けて問えば、先程の戦闘で壊れたと淡々とした声音で告げられて思わず殴りそうになりながらもぎりぎりで思い留まった。
「そういうことは先に言えっつーの! 完全に逆効果じゃねぇか」
 身を起こして、ほぼ無理矢理仰向けに転がす。
 苦鳴は無視した。正直そんな余裕はない。
 残っていた礼装を消す気力もないのはわかっている。ならば文句を聞く筋合いもないと引き寄せた愛槍で器用に刻んで胸元を露出させた。
 保護礼装なしの弓兵にとってこの場所のエーテルは強すぎる。頑なにいつもの赤の礼装を消さないのはそれもあるのだろう。
 なけなしの魔力を防御に回しているらしい青年の存在感は薄く。眠って魔力消費を抑えておけばどうにかなるというレベルではない。
「とりあえず防御用のやつならなんとか……こっちに意識よこせ」
「ぐ……ッ……ぅ」
 エーテル酔いの気配を漂わせるエミヤの頬を軽く叩き、半ば無理矢理引き戻す。
 苦痛の声の合間に耳に届いたのは眠るまで髪は解かないでくれという謎の言葉。
 勝手に青年のポケットを漁って、予め渡してあった石を出すと、魔力を注ぎ、露出させた胸元、心臓あたりに熱を高めたそれで保護と調和、生命力、安定と必要なルーンを刻みながら唇を合わせる。
 ゆるく舌を擦り合わせれば、唾液に溶ける魔力を求めたのか素直に喉を開いた。
 文字は火傷のような痕になって肌に残るが、特に激しい痛みがあるわけではないし、役目を終えれば消えるため何の問題もない。
 そもそも、術式自体は特に捻りもない身体強化だ。
 だが、今の弓兵ではそれを受け止める肉体を維持するだけの魔力も足りていなかった。
 ほんの少し嚥下される唾液だけを頼りに存在を繋ぐ。
 場所と術式の補助は、元々展開したクー・フーリン自身に合わせて敷設されたものである。だとすれば、無理矢理流用して大源を変換するよりは、エネルギーそのものを摂取してしまったほうが早い。
 自分が変換した魔力を口付けという行為で流し込みながら、苦痛を噛み殺している表情を観察した。
 見た目は大男だが、発熱のためにしっとりと汗で濡れた肌の感触は滑らかで、女性のそれとは違うものの、鍛えられた良質な筋肉を持つ胸は触れる指先を柔らかく押し返してくる。
 鼻に抜ける息も、僅かにかさついた唇も。どこにもそんな要素はないだろうと思うのに、無意識に舌舐めずりしている己に気付いて男は内心だけで頭を抱えた。
「……マジか」
 確かに自分はそれを知っていた。
 自覚とともに浮かんだ感覚には明らかに肉欲が含まれていて、意識してしまえば己の股間のものが存在を主張しているのが感じ取れる。
 目の前の相手はどこの聖杯戦争でも顔を合わせるただの腐れ縁だったはずだ。それ以前に、男女関係なく意識のない相手を襲う趣味はない。
 だというのに。
 直接触れた肌があまりにも掌に馴染んで引き離し難い。
 飲みきれずに口端から流れた唾液を拭ってやれば、無意識に伸びた舌の赤が指に絡む様子に熱が上がった。
「おま……ッ」
 無意識に魔力を求めた結果で他意はないのだろうというのは見ればわかる。だが槍兵はそこに色を見出してしまった。奇妙な懐かしさと一緒に。
 エーテル酔いと魔力不足によりほぼ意識のない青年は、苦しげに息を紡ぎながら全身を弛緩させており、呼びかけても応えはない。
 鍛えられた肉体を美しいと思う。だが、男が好むのはそんな彼自身の意志が灯る瞳だった。
 魔術的にパスを繋げられれば楽だっただろうが、生憎と今の槍兵にそんな芸当はできない。
 接触面積を増やし、様子を見ながら少量ずつ体液での魔力譲渡を試みる程度が限度である。
 せめて多少でも意識が戻ればと願いながら何度か口付けを繰り返し、背中越しに重ねた鼓動を同調させるように呼吸の深さを調節した。
 完全に重なった鼓動に引っ張られるように青年の炉心が回り始め、取り込んだ魔力を己のものとして変換していくのが感じられる。
 眠っている時なら逃れられる、だったか。
 かつて、まだ人理修復前にキャスターの己と会話したことを不意に思い出した。
 確かめるためにそっと唇に添えた指に触れる消えそうな呼気に安堵する。
 息も、表情も。先ほどまでの苦しさはなく、ただ鼓動だけが僅かな波となって夜に響いていた。
 このまま意識が戻るまでうまく魔力が回ればいいが、おそらくは途中で息切れすることを男は知っている。
 かつてどこかで。
 世界とマスター達の都合により戦闘行為を禁止され、かといって勝手に座に戻ることもできず、大聖杯が解体されるまでの年月を生きていた日々があった。
 生きるための言い訳を色々と用意して。結局最終的にはひとときだけの思考放棄の契約を結んだ。
 なんの強制力もない、口先だけのそれ。
「ああ……そりゃぁ知ってるわけだよなぁ……」
 呼吸など忘れるくらいに激しく。手を出す時は必ず気を失うまで。魔力供給は付随行為だが、必要な場合は意識を失った後でも好きなだけして構わない。
 そんな乱暴な契約だった。
 槍兵が必要な場合は直截的に誘うが、弓兵が誘うための言葉は。
「髪は解かないで、か。ったく……平和ボケして忘れてたのはオレのほうか」
 ただの契約で情を伴った行為ではないのだからと、最小限を彼は望んだ。もっとも、それを笑い飛ばしてやるのが男の常であったが。
 行為中に青年が乱れたことで男の髪を闇雲に引いて。その拍子に髪留めが抜けそうになっても、自分が気を失うまでは直さないでおいてくれという意味のそれを律儀に守ったどこかの自分を知っている。
 ぐちゃぐちゃ考えて呼吸ができなくなってるなら、忘れさせてしまえばいい。滅多に聞いたことのない助けを請うための言葉は、とうに投げられていたのだ。
 必要なこととはいえ、意識のない相手にあれこれするのはあまり気の進む話ではないと苦笑しながら男は汗ばんだ頸にひとつ口付けを落とす。
 唇に添えていた指を滑らせ顎から首筋へ。
 喉仏を薄く撫でて耳元を擽り、破れた礼装の合間を辿るようにして胸元。控えめに上下するそこをしばらく感じてから脇腹、臍を超えて下衣を寛げた。
 口付けによる体液の授受だけで回復できる程度ならばよかったと洩らす声は意識を閉じた相手には届かない。
 深い溜息ひとつで覚悟を決めると、己の体を相手の背に密着させてから、萎えたままの青年のものを取り出した。
 体勢的にはまるで自慰をしているようだが、一度は元気になったはずの己の股間の間にあるものはぴくりとも反応しない。自棄になって全体を確かめながらゆるゆると刺激するが、どうにも興奮できる気がせず、凝視してみたり音が必要かと己の唾液を塗してから刺激してみたりと努力が迷走していく。
 試しに青年の礼装を全て剥ぎ取り、裸体を見下ろしてみても、いい筋肉だなと思うだけで性的興奮には程遠いことに気付いたところで匙を投げた。
「……コレ無理だろ」
 途方に暮れてはいるものの、必死に頭を働かせる。
 一番平和なのは性的な接触を伴わない、健全な肉体同士の接触による供給だろうが、それでは到底足りず、体液を経口摂取させようにも相当な量が必要である以上は咽せる原因になるだけ。平時でも大変なのに、気を失った相手に取る手段としては難がある。
 せめて意識があってくれれば別だろうが、今の状態で起こせば無駄に苦しませるだけに終わるだろう。
 全く役に立ちそうにない股間のものを使うことを諦めるならば、あとはやはり接触と併用して少しずつでも唾液をわけるくらいしかないとの結論に達する。
 唾液塗れにしてしまった指でうっすらと無反応の唇をなぞり、そのまま差し入れようとすれば予想通りに歯に阻まれた。
 ああ、と。溜息が逃げる。
 そんなところから思い付きたくなかったと反対の手で頭を抱えて。青年の局部を眺めた。興奮の兆しもない性器は先程擦り付けた唾液で濡れている。
 もう一度己の手とそれを見比べてからさらに深い溜息を落とした。
「あー……治療だと思えばできなくもない……か?」
 少なくとも役に立たない己の股間のものは必要ない。
 そもそも言い聞かせなければならない時点でどうかというツッコミをする者もおらず、男は溜息を逃してから己の指に舌を絡めた。
 なるべく唾液を纏わせるように舐め上げる。
 その間にもう片手で弓兵の礼装をかき集め、適当に丸めて腰の下あたりに突っ込んだ。
 俯せにしてしまうのは躊躇われた結果の判断だが、きつい体勢だろうことは内心で謝罪するだけに留めて投げ出されたままの足を持ち上げる。
 特に灯りがあるわけでもない穴の中だが、そこまで奥が深いわけでもない。塚の上部の森がひらけていたことも手伝って薄明かりは十分に届く。
「なあ、早く起きろよ。アーチャー」
 今はひたりと閉じている後孔に唾液で濡らした指先を宛てがって滑らせる。
 反応はない。
 だからこれは治療兼嫌がらせだと届かない言葉を落として。十分に濡れた指先を縁にかけて開かせたそこに舌を這わせた。
 舌と指とで少しずつ慣らしながら、なるべく多くの唾液を送り込むように何度も舌を出し入れする。
 舌で届かない奥まで運ぶために途中からは指を埋めた。
 内壁を押し広げる二本の指の間に唾液を落としてくちゅりくちゅりと掻き回す。
 槍兵自身がただの作業だと認識しているせいか、明確な快楽を呼ぶような動きではないものの、意識のない青年の内はゆるくうねって男の指と舌を食んだ。
「……ぅ」
 かすかな呻き声に視線を上げる。ふると震えた睫毛に合わせて唇が喘ぐように開閉したのが見えた。
 半覚醒の意識。逃げる息がどこか淡く色を纏う。
 あつい。
 零れた言葉が熱を孕み、くぐもった声混じりの息がそれを逃す。
 差し入れていた舌を引くついでに会陰に唇を落とし、差し入れたままの指を折るようにして内壁の向こう側を確かめた。
 散々流し込んだ唾液と空気が押し潰された音が響く。
「な……ぁッ」
「よお。やっと起きたな。ちっとはマシになったか?」
 口からは無理だったからと苦笑して内で指をくねらせれば、何をされていたのかを把握したのだろう。押さえていたはずの足の先が振れて、ごすと後頭部に踵が落ちた。
「いてぇわ!」
「そ、んな……ことを……せずとも……ッ……よかっただろう」
「うるせぇ。テメェが落ちやがったからだっつーの」
 怒りというよりはどこか拗ねたような色が強い男の声を聞いて盛大に目を見開いた青年は、そのまま何度か瞬きをしてから伝わっていなかっただろうかと呟く。
「いんや。そもそも伝わってなかったらさすがに服を剥くことすら考えねぇよ」
 だったらなぜとの問いはもっともだが、男としてはあまり大声で言えるようなことでもないと視線を泳がせた。
「ランサー?」
「あー……意識のないテメェの裸見ても興奮しなかったんだよ。こんな状態じゃ役にたたねぇだろうが」
 ぐりと股間を押し付けられた弓兵が眉を寄せる。
 しばしの無言。男のほうも特に何も言わずに動きを止めて反応を待った。
 ゆると唇が開かれて出てきた言葉は。
「……とうとう不能になったのか」
「無表情で怖えこというのやめろよな。単純にオレが意識のないテメエに欲情しなかっただけだっつうの!」
 そうかと頷いた青年の声があまりに平坦で、何を考えたか察した男は股間を押し付けた体勢で、差し入れたままにしていた指を大きく動かした。
 水音が零れる。
「きさ、ま……ッ!」
 ぎり、と。視線を険しくした青年が先程と同じように足を振るが今回は行為と同時にさりげなく膝裏を押していた男の勝利に終わる。
 可動範囲を狭められていたそれは不発に終わり、にやりと口端を上げた男はそのまま頭を下げながら身を引くと、投げ出されたままの青年の欲に唇を寄せた。
 静止を挟む隙は与えない。
「先に言っておくが、テメェの体の問題じゃなく、裸の彫像で興奮するかどうかって話だからな」
 陰嚢に軽く口付けを落とし、唇で表面を食みながらゆるく辿って刺激する。
「そんな、ところで……喋るな……ッあ」
 嬌声は意図せず零れたようで、慌てて口を覆う青年は、それが傷付いた側の腕であることに気付いたが遅かった。
 それでも悲鳴だけは飲み込んできつく眉を寄せる。
 表面的な傷はないが、治癒していないそこは今も痛みがあるのだろう。
「さすがにまだそこまで魔力回ってねぇか。んじゃ続行で構わんな」
「……ああ。協力できることなら……前向きに検討する」
 絞り出された声には七割ほどの不本意と三割ほどの葛藤が滲んでいた。気を失っている間に済ませて欲しかったのも確かだろうが、そこは諦めてもらうよりほかにない。
 検討するだけかと笑えば、ますます葛藤するような呻きが上がったため、それ以上の追求はしないでおく。
「とりあえずテメェの体が戦闘に耐えられるようになるまでは魔力を注がせてもらうが、それを拒否しなけりゃあとは好きにしろよ。方法に関しての文句は聞けねぇけどな」
「拒否など……最初からしていない」
「そうだったな。まあ、オレも全部が全部詳細に覚えてるわけじゃねぇんだ。気付くのが遅れたのは許せ」
 ひとつひとつ、ゆっくりと確かめるように触れる体がひくりと跳ねた。
 声こそ洩れなかったものの、鋭く呼気が逃げる。
 男の唇が、頭を擡げはじめた欲の先端に辿り着いても拒否を示すような仕草も言葉もない。
 ただ遠慮がちに体勢の変更を提案された男は青年の脚を固定したままだったことに気付いた。
「悪ぃな。きつかったか」
「君のテントの床よりは土が柔らかいだけましだがね」
「言いやがる。さっきまで死にそうなツラしてやがったくせに」
 呼吸の仕方は思い出したか。
 発言に一瞬息を呑んだ青年は、少し間をおいてから何故か謝罪を落とした。
「必要ねぇよ。本当ならオマエの意識が戻る前に済ませておく方が楽だったんだろうしな」
 できなかったのはこちらの都合だとした上で男は身を起こす。彼の脚を固定していた腕を引いて横に下ろし、仕切り直すように深く息を吐いた。
「オレの主義には反するが色々すっ飛ばして先に進ませてもらうぞ。まあ、意識がなかったとはいえ、コッチは散々濡らして弄り倒したから怪我はしねぇだろ」
「……ひぅッ!」
 指は埋められたままだったのだが、動かさなかったことで忘れていたらしい。
 悲鳴を殺しきれず、それでも何もなかったとでもいうように睨んでくる姿に興奮する。
「私の体では勃たないのではなかったのか」
「今の反応でバッチリ元気になったから心配すんな。彫像に興味はねぇから、活きのいい反応を見せてみろよ」
 悪食め。
 投げつけられた言葉には呆れと諦めが詰まっていた。
 聞いたことがあると感じる響き。おそらくは、どこかの自分達も同じような会話をしたのだろう。
 思わず笑ってしまってから、有耶無耶にするつもりなら無駄だと軽い脅し文句。
 眉尻を下げた青年は一瞬躊躇ってから男を呼んだ。一般的なクラス名は、二人の間でだけは特別な意味を持つ。
 言葉の代わりに視線を上げて続く言葉を読み取る。翳る表情の中で薄明かりを弾く瞳だけが鋭いなどと、どこか場違いな感想が頭の隅を掠めた。
 わかるのは、熱を持ち荒くなりそうな息を抑えていることだけ。
「テメェの顔を見てても萎えねぇから心配すんなよ。この身体では初めてだろ。体勢的にきついってんのならオレの都合だからな。先に謝っとくわ」
 一度はゆるく伏せられた瞳が持ち上がって正面から男を見た。
 不安は残るが覚悟は決めたと言わんばかりのそれがおかしく、男は気付かれぬ程度に少しだけ口端を持ち上げて次の言葉を待つ。
「君が好きなようにしてくれて構わない。今更文句を言える立場でもないが、ひとつだけ注文をつけても?」
「おう。言ってみろよ」
「日が昇ったら……君の髪を結わせてほしい」
 それは、決まっていた誘い文句のさらに先を示す言葉。
 慎重に怪我をしていなかった側の手を伸ばして、男の肩口から滑り降りた毛束の先を遊ぶ。
「承知した。もう泣き叫んでもやめてやらねぇからな」