どこにもないあなたへ

外の気配は次第に哀愁の色を帯びていき、生活の基盤になるはずの大地は街から遠くなって久しい。
空中都市とはよく言ったものだと、思う。
街が見渡せる位置から眺めて、シリルはそっと息をついた。
体は痛むが、動けないほどではない。
自分でもよく助かったものだと思う。
ジルコニアエイド消滅と共に崩れ落ちた道は、降り積もるより先に砕けて、光に姿を変えていった。
何らかの力が作用したのか。
人の身には知る由も無い。生きているのすら不思議なのだから、あえてそれを解明しようとも思わなかった。
だが自分がここに居るかわりになくしたものもあることは事実。
つい先程合流したトラックにはヴェルドとエルフェの無事な姿があった。
知っているのは自分。
話す義務があるのだと分かるけれど、自分の中の感情すら持て余している今、義務感は重石のように圧し掛かるだけで、言葉を引き出す為の入り口を塞ぐものでしかない。
エルフェと視線を合わせられず、一人抜け出してこんなところに居る。
名残の風が強く吹いて、シリルの乱れた前髪をあそぶ。
光のおちた風景はひどく寂しい。
「教えてくれ。俺は何と言えばいい……?」
誰に聞かせるでもなくもれた問いには、しかし応えがあった。
「ありのままのすべてを」
驚いて振り返る。そこにはヴェルドに支えられたエルフェの姿。
二人ともまだ体調はひどい状態のはずだ。それでも聞かなければならないものがある、とその表情が語っている。
「大丈夫だ。覚悟など、とっくにできている」
だから聞かせてくれ。私のかわりに行かせてしまったあいつの事を。
おもうように動かない体に何度歯噛みした事だろう。
どれだけ罪を抱え込むのか。彼がそれを望まぬ事を分かっていても。
分かってしまうから、本人から請われれば、応じるしかない。
「分かった」
「無理を言ってすまない」
「いや。遅かれ早かれ、はなさなければならない事だ」
それでもずっと視線を合わせているのが辛くて、風の吹く方を見やった。
誰が口に出すでもなく、自然と手近な場所に腰をおろす。
時折強くなる風にさらわせるように言葉を紡いだ。
フヒトと、その妄執。そして、最期の行動まで。
余裕など無かったから、すべてをといわれても殆ど語れることもなく。
出来るだけ自分の感情を込めずに事実を伝えるようにすれば、さらに語る言葉は減る。
「そうか……」
声と共に視線を地面に落としたエルフェが耐えるように唇を引き結ぶ。
「最期まで……エルフェを頼む、と言っていた」
それを受け取った自分達は、確かにジルコニアエイドにたどり着き、倒すことにも成功した。
彼が願っていたエルフェの自由は確かに今ここにある。
執着ではない想いの淡さがすべての行動に反映されている。
強く風が吹く。
それまで無言だったヴェルドが口を開いた。
「あまり風にあたると体に悪いだろう。戻った方がいい」
「あ、ここに居たんだ。移動するから戻ってくれって……」
ほぼ同じ時、顔を覗かせて声を掛けてきたのはジェイド。
沈んだ空気に、その言葉が途中で途切れる。
「分かった。今行く」
父親以外からも言われたことで、エルフェは立ち上がった。
すぐにヴェルドも傍に寄り添う。
「シリルもだよ」
「ああ」
返事はしたももの、先にヴェルドとエルフェが戻るのを見送る。
手にした銃には、あの戦いの中ですら長年のクセは守られたようで、薬室には銃弾が一発だけ残っていた。
戦いの中で全弾撃ち切ってしまう事は即ち死。
だが今は自分も
「死んだ、んだろうな」
お前と同じだ。
もうどこにもいない彼。
天高く銃口を向けて。
己を死を受け入れるために引鉄を引いた。

やっと、というか。 かなり時間がかかりましたが、どうやらようやく23章、シアーズのあれと向き合う決心が付きました。 新任務の前に区切りをという気持ちもあると思いますが。 好きだったんだ、シアーズ。ほんとは生きて、エルフェと幸せになって欲しかった。

2006/05/27 【BCFF7】