秘密の唄

どこまでも続く白茶けた大地に突如として巨大な建築物が姿を現す。
言い表せばゴールドソーサーの印象はそんな感じだった。
コレル山からの長距離ロープウェイは、それこそ何もない砂の海を眼下に晴れた空を滑っていく。
そっと溜め息を吐いて、扉に額を押し当てていた青年は顔を上げた。
夜の色を纏った彼は照りつける日差しが似合わず、そこだけ切り取ったかのように闇に染まっているかのようで。伏せていた瞼を押し上げれば、完全に夜に落ちる前の空の色が覗く。
一度開いた瞳を眩しそうに細めて、彼は眼前に迫ってきた建物を見遣った。
それまでの穏やかさを破るように華やかな音楽が流れ、到着のアナウンスが流れる。
到着したロープウェイを降りれば、砂漠の真ん中だとはとても思えない一大娯楽施設。
ちらりと時間を確認して、青年は呼び出された場所へと歩き出した。
今はいつもの黒スーツで無いこともあって、すれ違う人も青年を気にすることはなく、無邪気に笑っている。
裏から表へ。そしてまた裏へ。タークスは、流れに翻弄されたと言えなくもないが、トップに立つ人物が代わった会社は、居なくなったはずのタークスを現タークスと同列に扱うことにしたらしい。おそらく状況が変わらなければまだ自分達は裏のタークスのままだっただろうことは容易に想像がつく。
プレジデントが社長の座を退いたのはアバランチと名乗っていた反神羅組織との争いが激化し、星を焼き尽くすと言われる召喚獸との死闘が終わってすぐ。
現場には正宗が残っていただの、宝条博士の研究室からサンプルが逃げ出したのと色々な噂が流れたが、結局はうやむやのまま。事故として処理され、真実は闇に葬られた。
代わりに社長となったルーファウスは自ら闇に葬ったヴェルド以下数名のタークスを密かに別働隊として引き戻し、また、それがあったからこそ青年はこの場に居る。
いつの間にか自分達が闇に回った公式記録は紛失し、表向きは何事も無かったかのように今まで通り。ただし、今の自分達の位置付けは会社の為ではなく社長個人の為に働いているのと同じだ、と青年は考える。
あの時を境に。『総務部調査課』としてのタークスと『タークス』という名の集団に分かたれたと言い換えてもいい。
今のアバランチが、あの時のアバランチと同じものではないように。
考えながら歩を進めるうちに、指定された場所に到着して、青年は辺りを見回した。何かアトラクションでも控えているのか、人が多すぎて、内心舌打ちを漏らす。反対側の壁のあたりに、客引きなのか、巨大なモーグリの姿。ぴょこぴょこいっているさまはおそらく可愛い、という部類に入るのだろう。遠目では機械か着ぐるみかは判断できないが、着ぐるみだとすれば、動かしている中の人間は大変だろう。
人混みに流されるままに辺りを回遊すれば、さり気なくいつも同じ人物が隣に要るのに気付いた。
目深に被った帽子のせいで表情は分からない。
「何を考えている?」
突然問われて、思わず身構える。が、視線をあげた際にちらりと見えた顔が見知ったもので、青年はおもわず溜め息を吐いた。
わずかにこぼれる黄金の髪。薄い水の色をした瞳と、自信にあふれた表情。
本来ならミッドガルの最上階にいるはずのルーファウスだった。
青年は、相手の名を呼ぶことは避けて、それはこちらのセリフだと返す。相手はそうだろうなと笑った。
「ただの息抜きだ」
「随分と危険な息抜きだな」
声は自然と咎めるようなものになる。それすら予測済みだと言うように鼻を鳴らしたルーファウスは、青年に身を寄せると、器用に人混みを泳いでその場を抜けた。その方法が手慣れていて、彼が以前からこんな風にお忍びで出掛けていたのだと分かる。
もしかしたら。あのタークス本部に監禁されていた間も、こんな風に外に抜け出していたのかもしれないと思う。
見かけからではわからないが、ハッキングが得意なルーファウスなら、それも本当にあり得そうな気がした。
まず普通の人間なら年単位で閉じ込められればストレスでおかしくなってしまうのに、彼は平然と過ごしていたところをみるとほぼ確実だろう。
「あの時もそんな風に抜け出していたのか?」
疑問がおもわず口をついて出る。以前の自分なら絶対に口に出さなかったなと冷静に自己分析する青年に、ルーファウスは笑った。
「ほとんど確定として捉えられていることにわざわざ答える必要は無いだろう」
明確な肯定に溜め息を吐きたいのをこらえて、代わりにどこへ行くのだと訪ねる。
「ヘリだ。君は操縦できたな?」
「出来るが……なら社長はここで何をしていたんだ」
もっともな疑問は企業秘密の一言で叩き潰される。言ってみれば青年もその会社の一員なのだが、抗議したところで聞き入れるわけも無いのは分かっていた彼は、特に文句も言わず後に続いた。
「君が呼ばれたのは私が本社に戻るためだが……こうして会ってみれば個人的な興味もあるな」
「興味?」
「そうだ」
青年の耳元に寄せた唇で不穏な言葉を呟く。未だ人目がある中で、名を呼んで嗜めることも出来ず、青年はただ眉を顰めた。
「冗談だ」
タチが悪い。
洩れそうになった言葉を咽喉の奥に押し込んで、青年はルーファウスに気付かれぬよう、そっと溜め息を吐いた。

スパコミのオマケ折本でした。 こうやってどこにおけばいいのか分からないものが増えていくんだ……フフフ。

2008/05/20 【BCFF7】