星影に誘う

ロビーのソファを占拠している人物の説得に行ってくれ、と言ったツォンの表情は苦笑。
「なぜ俺が?」
「ご指名らしいからな。まあ、あまり強く出られない事情もある。必要なら外出も許可するからなるべく騒ぎを起こさずに帰ってもらってくれ」
曖昧な笑いと曖昧な答え。
シリルは何故そんなことが自分に命じられたのか分からないまま、ロビーに向かった。
問題の人物はと左右を見渡すと、本当にソファを占拠、もとい寝そべっている男が目に付く。
あれか、と嘆息して歩を進める。
声を掛ける前に相手がこちらに気付いた。
「よお! シリル」
「シドさん!?」
ひょいっと気安く上げられた片手。
口元には火のついていない煙草。
よっ、と軽い声とともに起き上がった男は、格好こそいつものTシャツにジャケットでないものの、間違いなくシドだった。
「ここの連中ときたらよう、場所さえ教えてくれれば勝手にするってんのにさっぱり教えてくれねえからよ。待たせてもらってたんだ」
お前さんには世話になったからな、と笑うシド。動きにあわせて煙草が揺れる。
「タークス本部は関係者以外には知らされない。とりつげないのは当然だ」
「そうなのか? まあ会えたならよしとするさ。結果オーライってやつだ」
自分を待っていたのだという言葉に、シリルが僅かに驚きの表情と、納得したような息をこぼした。
そんなシリルを見て豪快に笑ったシドが、行くぞ、と外を示す。
「ちょっと待ってくれ。どこに行く気なんだ」
「ああ? 野暮なこと聞くなよオラ」
強引に肩を掴まれて、引き摺られるようにして歩く。
なるべくなら騒ぎを起こさずに、というツォンの言葉が、シリルの抵抗を鈍らせた。
外に出れば、晴れ間にぽつり、ぽつりと星が瞬いているのが分かる。
空には、半分よりも少しだけ太った月。
その明かりを切り裂くように、サーチライトが空を薙いでいた。
「ミッドガルには空がねぇよな」
だからこんなトコで育っちまうと浪漫の欠片もなくしちまうのかね。
ぼやく、といった口調は独り言に近い。
だが誰を示しているのか分かってしまうからなんとなく口を出さずにはいられなかった。
「俺も一応ここの育ちなんだが」
「そうなのか? そんじゃあの性格は元々か。ケッ。つまらねぇ」
一応自分が所属する会社の副社長に対してあんまりな言葉。
だが、それもシドらしかった。
連れて行かれた先には彼の機体が鎮座していた。
闇に紛れられない派手な色。
「乗れよ。まあ、狭いのは勘弁しろよな」
「まさかこんな夜に飛ぶ気なのか」
一瞬シドの言葉が理解できず聞き返せば、当然、といった口調が返る。
「まかせとけって。オレ様の腕を信用してねぇのか?」
にわかパイロットなんかとは格が違うぜ格が。
胸を張る姿は、自信に満ちている。仕方なくシリルは座席に収まった。
楽しそうなシドが操作するたび、滑らかに機体は応え、鉄の塊は空を滑っていく。
漂う雲を避けてその上に出れば、視界を星の影が覆った。
「……すごい」
思わず洩れた声に、ひそかに漂う満足そうな笑い。
そのまま暫く空中を回った後で、タイニー・ブロンコは地上に降り立った。
地平にぼんやりとミッドガルの明かりが見える。
少し離れるだけで、随分と星の明かりが強いのだと知る。
「コスモキャニオンあたりにいくとすげぇんだけどな。空から見るのも、オツだろ?」
冷えた鉄の翼に身を預けたシドが大きく伸びをする。
その口元に小さな赤が灯って、ゆるりと煙が空に昇っていった。
シドの手がジャケットの内側を探って、シリルのほうに投げ渡されたのは小さなビン。
「飲めよ。オレ様は飲めねぇからな」
意地を張る必要もないかとシリルは渡されたそれに口をつけた。
熱の塊が喉を焼いて胃へと落ちていく。
こいよ、と促されて、シリルも翼に身を預ける。
体の下に冷えた感触。首を仰のかせなくても見える星海。
「そういえば、シドさんは何でミッドガルに?」
「ん? ああ。直談判にな。……まあ、ムダだったが」
突然のシリルの質問も、考えてみれば当然のことで。一息分煙を吐き出したシドが笑って応じる。
「そうか……残念だな」
言葉通り残念そうな口調に、ありがとよと返して。
また一息、煙を吐く。
「……なあ、シリル。気になってたんだけどよ」
お互い空を見たままで、視線が合う事は無い。
視界の端でひとすじ、光が流れた。
「なんでさん付けなんだ?」
「何故って……シドさんの方が立場は上だろう」
「まさか!!」
思わず叫ぶように否定したシドが、むず痒いからやめてくれと腕をさすりながら笑う。
表情にこそ出さなかったものの、その意図を察したシリルも内心苦笑する。
「分かった」
「おう。……次こそは宇宙の話聞かせてやれるといいな」
「諦めてはいないんだろう?」
わずかに上体を起こしたシドが星の影の中で笑う。
「あったりめーだ」
強いその笑みにシリルは一瞬眩しそうに目を細めて。
彼の肩越しに星を辿った。

きっと他には無いぜー(笑)なシドニチョです。 七夕→星→空 と連想された結果のご登場となりました。 しかし、ニチョがラストバトルリミットブレイク前の回想シーンでわざわざ名前を言い直したのが気になって仕方ありません。 ホント年上キラーなんだからニチョってばもう(違)

2006/07/07 【BCFF7】