花弁の白

ミッドガルの街全体が雪に染まることは決して無い。
この土地に雪が降らないという事ではなく、その構造ゆえに。
機会があって教えてもらった八番街広場のツリーのライトアップは、一年経過したためにさらに一つ回数を重ねた。
すっかり定着しているのは歩く人や、待ち合わせをする人の姿で知る事が出来る。
足を向けたのは己の意思ではなく。単に仕事の都合だった。
普段から人込みを避けるようにしている彼だから、言い訳などしなくても同僚は皆納得するだろう。
いつものスーツの上にコートは羽織っただけで前は留めていない。
なんとなく一年前を思い出して木を見上げた。
木に掛けられた願いなど適わず別れた人を知っている。永遠の愛など、自分は信じてもいない。
白く輝く光の花は枝に絡まり、冷えた空気に溶けている。
ゆっくりと落ちる空からの白がそれに触れて消えていった。
「シリル? あ、やっぱりそうだ」
ひさしぶり。と声を掛けてきたのは花売りの少女。
「……エアリス?」
「うん。お花、売ってるの。シリルは誰かと待ち合わせ?」
「いや……単に仕事帰りなだけだ」
それにしても、とシリルはエアリスを見た。
「こんな時間までやっているのか」
「うん。今日はちょっと……失敗だったかな?」
まだカゴに半分以上残った花を見て微笑む。売り切るまで居るつもりなのだろうか。
浮かれた恋人同士は時間など関係なしに来ては去っていく。
だがそこにずっと居るとなれば話は別だった。
彼女の髪を飾り始めていた雪を払う。
「俺が残りを全て買う。送っていこう」
「でも……」
惑うエアリスに己のコートを着せ掛けて肩を押した。
「そう、させてくれ。これから行かなければならない場所に行く決心がつくように」
「……わかった。ありがとう」
ふわり、と微笑むエアリスの輪郭を白の光が彩る。
着せ掛けられたコートの長すぎる袖から手を伸ばしてシリルの手を握った。
繋がれた手はどちらも冷えていて、温もりを分け合うことは無い。
それでも生きていることを伝えるのにこれほど有効な手段も無くて。
シリルは僅かに瞳を和ませた。

+++

エアリスを家まで送ったシリルが花を受け取って向かった先は機械塔。
遥か続く外階段を横目にエレベータはその身をものの数分で上まで運んだ。
瞳を眇めて開かれた扉からの風景を見る。
揺れる感情はもう捨てた筈の悲しみ。
誰も助けることなどできなかった。
それどころか自分の位置すら揺らぎ始めている。
機械塔の鋼鉄の広場は上とは比べ物にならないくらい温い風が吹いていた。
手にしていた花をくくっていた紐を解く。
綺麗に包まれていたわけでもない花束は解けてシリルの腕から滑り落ちる。
そのまま柵を越えた花は風に攫われ、重力に引かれて遥か下へと落ちていった。
いくつかの花弁が途中で千切れ、風に遊ばれるままにスラム街のほうに流れていく。
「ティファ、クラウド、ザックス……皆すまない」
かしゃり、と手摺りに体重を預けて。
シリルは舞う花の先を追った。
雪の降らないスラム街に白の色がひとひら、ふたひら。
「雪……? こんなところで?」
まさか、と見上げた男がゆるりと落ちてきたそれを掌に受け止める。
「花、か」
雪など降らない街に白い花。
元を辿るように地面を見上げて男は瞳を和ませた。

年号でいくと [ν]-εγλ 0002.12.24 丁度ニブルヘイム事件のあとです。 ただあの世界にはきっとクリスマスは無いだろうから(というかあったら恐い) 祈りっぽい話にしてみました。こっそり影で???×ニチョ。苦笑。 どうぞ相手はお好きに想像下さい。と言いつつ年月限定してしまったので某方とかごめんなさい。後から切られそうー。ひー。

2006/12/24 【BCFF7】