そは過去に倒れた名を持て

その知らせを聞いたのは定時の連絡の時だった。
いつもと変わらない、ただの報告だけで終わるはずだった電話。
スピーカー越しにもたらされる上司の声が青年の鼓膜を震わせる。
「少し待ってくれ。頼みたいことがある」
「了解」
しばらくすると、今はジュノンだったなという半ば確認のような問いが青年の元に届いた。
「はい……正確にはアンダージュノンですが」
「問題にはならないだろう。調べてほしい人物が居る」
波が鉄骨に当たって砕ける音の合間に、青年と一緒に行動していた男が近くまで戻って来ていた。
仕事をやりやすくするため、お互い制服ともいえる黒いスーツはもう着ていない。そうして過ごし始めてから随分と経つはずなのだが、慣れないと思ってしまうのは、出会いを考えれば仕方の無いことなのだろう。
黒髪に縁無しの眼鏡を掛けたその男は、何気ない動作で青年の隣に並んだ。
大きな傷が頬に走っているが、温和な表情がそれを裏切って、他人に柔らかな印象を与える彼は、手にした刀を持ち替え、青年が話していた電話に耳を寄せた。青年のほうも咎めること無く、男二人奇妙な体勢で電話向こうに耳を澄ます。
ちょうど太い柱の影になっていて、二人の姿は誰に見咎められることもなかった。
「すいません。それで……調べてほしい人物とは?」
ヴェルド主任。
呼びかけに、電話向こうでわずかに苦笑する気配がする。
「銀髪の三人組だ。三人とも見た目は二十代前後」
「銀髪……?」
聞いてすぐ思い出すのは在りし日の神羅の英雄の姿。
同じことを思ったのか、男が横から会話に加わった。
思ったことではあったが、いざ口に出せば自然と表情は苦くなる。
「それは、セフィロスに関係がある人物ですか?」
突然の割り込みにも、ヴェルドが驚きを示すことはなく。
先程の苦笑は呼びかけられた名前にではなく、青年と男が一緒に聞いていることを察知したからだったと知れる。
「無いとは言い切れないだろう。北の大空洞でツォンとイリーナが襲われ、その後拉致されている」
いくつか目撃情報はあるが決定打が無いと言って苦い声になったヴェルドは、断片的な情報ですまないが、すべて通話終了後にメールで送信すると告げた。
「社長はどうしています?」
「変わらない。この状況ではレノとルードを傍から離すわけにはいかないからな」
攫われた彼らの行方を含めて調べてほしい、ただし深追いはするなと念を押されて、二人は声を揃えて了解と返した。
電話を切ったあとで、送られてきたメールを確認する。
「……とりあえず遠目で構わないから実物を見てみたいね」
「同感だ」
いくつかの確認をして、二人はその場で別れた。
とりあえず北の大陸に向かうと告げる男に対し、青年はレノ達と直接連絡を取るためにクリフ・リゾート……いや、現在ではヒーリンと名を変えた山間の保養所に向かう。
空の旅など望むべくも無く。
ひたすらに陸路を辿っていた彼は、途中で受けた知らせに、行き先をミッドガルに変更した。
連絡をしてきたのはジュノンで別れたはずの同僚の男。
趣旨はミッドガルからまだ残っているヘリを飛ばしてほしいとのことだった。
魔晄エネルギーは失われたが、神羅が備蓄していたエネルギーはそれだけではなく。ヘリの一機くらいならどうにでもなるだろう。
「……うん。ツォンさんとイリーナは今のところ大丈夫そうだよ……うん」
「わかった。なるべく急ぐ」
「よろしく」
「ああ」
短いやり取りだけで電話を切って、青年はミッドガルへと急ぐ。
跡地の東側に出来たエッジという名の新しい街は、まだ穏やかに時間が流れていた。
様子を見ながら通り過ぎ、元のプレートの上に出る。
壊れかけた家の一つに勝手に入り込んで、青年は持って来た荷物を開けた。
中に入っているのは、かつて剥奪された名を負うもの。
タークスの制服とも言える黒のスーツ。
ガラスが無くなった窓から崩れかけた神羅ビル本社を仰いで。
青年はそれを身に纏った。
両脇に吊った短銃が開けたままの前からちらりと覗く。
タークスとして。おそらく皆、再びこの街に集うだろう。
それを確信しながら青年は目的を果たすためにその場を後にした。

スパコミのオマケ折本でした。 ACCの裏側的に刀とニチョ。 直接的にはヴィンセントに助けられた二人は元タークスの面々にも助けられてるといいなと思います。

2009/05/10 【BCFF7】