傷と包帯と落とし髪

「おはよう」
少しだけ気だるげな挨拶と共に入ってきたのはミーナ。
部屋に居た面々がそれぞれ挨拶を返す。
「おはようございます、ミーナさん。髪、どうしたんですか?」
ユリアの声にそれまで書類と格闘していた男二人が顔を上げる。
全員に注目されて、ミーナが僅かに顔を顰めた。
その髪は、纏められずに背に流れている。
いつもきちんとしているミーナにしては珍しい。
「昨日手を傷めたでしょう? 上手く結えなくて……」
言われてみれば確かに、まだ右手首に残る包帯が痛々しい。
「ユリア、悪いけど結ってくれないかしら?」
「えっ。私ですか?」
突然振られたユリアが驚く。
「ええ、だって頼めるのってあなたくらいしか……どうしたの?」
「いえ……ちょっと……」
私、髪を結うのって苦手なんです。
申し訳なさそうに告白するユリアに、カイルの野次が飛ぶ。
「そういうのをユリアに頼むのが間違ってるって」
自分で結ったこともなんだろうからな。
笑うカイルと、対照的に俯いてしまうユリア。
「あら。じゃあ、カイルが結ってくれるのかしら?」
「いいっ!?」
その様子に少し腹を立てたミーナの切り返しに、言葉に詰まる。
冗談だろ、と叫んだカイルに詰め寄るミーナ。
「そこまで言うなら出来るんでしょ? 変な風にしたら背中に円を描いて的にするから」
「俺が出来るわけ無いだろ!」
「じゃあ、人のこと悪く言うのはやめなさい」
口調は段々とエスカレートしていき、お互い止めるユリアの声も耳に入らない。
よくもまあ、朝からやりあえるものだと、一人離れたところから見ていたシリルは思う。
しかしそろそろ解消しないと、仕事に響くのも事実。
溜息のひとつくらいついても罰はあたらないだろう。
それだけ、なるべくなら遠慮したい事だった。
仕方なく、二人の間に割って入る。
「いい加減にしろ。……カイルは急ぎの書類作成があるだろう。さっさとすませてしまえ」
「だってよ……」
頭に上った血が未だ下がらないのか、今度はシリルに食って掛かろうとするカイルに、冷ややかな視線。
「ここに居る全員から的にされたくなければさっさと仕事に戻った方がいいと思うが?」
自分以外は全員武器が銃、ということに今更気付いたのか。
一気にテンションの落ちたカイルがそそくさとデスクに戻る。
「ミーナ、座れ」
カイルが嫌々ながらも仕事を始めたのを確認して、振り返る。
「もしかしてあなたが?」
純粋な驚きを見せたミーナに、再び溜息。
「……このままでは仕事にならない」
仕方ない、という風に声を洩らして。
大人しく座ったミーナの背後に立つ。
彼女の手元から出てきたゴムやらピンやらを確認して、ブラシを手に柔らかい髪に手を掛けた。
絡まった箇所を解きほぐし、滑らかにブラシが通るようになるまで繰り返す。
それからは、さほど時間をかけることもなく、いつもどおりの髪型が完成した。
「ありがとう」
コンパクトの鏡で、出来栄えを確認したミーナが言葉と共に笑う。
それに微かに頷いただけで、シリルはデスクに戻った。
「お前なんであんなの出来るわけ?」
仕事をしながらも気になっていたらしい。
疑問を投げるカイルに、別に、と返す。
「昔そういうのを俺にやらせたがるやつがいただけだ」
それ以上語る気は無いというように口を噤めば、幸いそれ以上は追求がかからなかった。
部屋には静けさが戻り、何事も無かったようにそれぞれが仕事に取り掛かる。
珍しく人が居る本部の些細な出来事。
それもあと少し。ツォンが戻ってくるまで。

これでもニチョ散のつもり......なんですよ。一応ね。 どたばたみたいな人数多い話は好きです。 そのなかでこっそり通じ合っちゃったりするのも萌えです。

2006/04/11 【BCFF7】