蹴られた椅子

「ちょっとまてええええ!!」
元ギャングのチンピラ、全力で叫ぶ。
元々大きい声が最大音量で至近距離に聞こえるのだから相当煩い。
叫ばれた当の主、ジェイドは本気で自分の鼓膜の心配をした。
「耳元で叫ばないで。鼓膜破れたらどうするの?」
「いやいやいやいや、この際それでも構うか。逃げられるなら何でもする……ッ痛」
「ほら、大人しくしてないから。それに逃げたらさらに状況が悪化するだけだよ」
無理。もう無理。勘弁。
と声だけ聞いてれば全く状況の読めない叫びを繰り返した後に半分声にならない悲鳴。
にこやかな、はいったよ、というジェイドの声。
扉をくぐる直前でそんなのを聞かされれば、自然と中に足を踏み込むのを躊躇するのも当然だった。
今入ったら自分も餌食かという想像が簡単についてしまうのだから誰も責めないだろう。
それだけ頻繁に繰り返されている。
溜息を落として、シリルは部屋に踏み込んだ。
まず目に飛び込んできたのは簡素なベッドの上で半裸のカイルと、それに半ばのしかかるようにしているジェイド。
蹴倒されたらしい椅子が傍に転がっている。
「……邪魔したか?」
「ううん。シリルなら大歓迎だよ」
「なんであんたはそういう受け答えしかしねーんだよ……」
いつもならくってかかるはずのカイルはぐったりと半分ほど背を向けたままベッドに沈んでいる。
億劫そうに頭をずらしてシリルを見返してきた彼は心なしか憔悴していた。
「カイル、ちょっとだけ体浮かせて? 固定して冷やしておかないと」
「もうそんな気力あるかよ……あー……なんか気持ち悪ぃ」
「さっきそれくらい大人しかったらもうちょっと早く終わったのに」
よく見れば、ジェイドが手を伸ばした先。カイルの肩は内出血でもしたのか僅かに色が変わっている。
「打撲か?」
いつもは詰めている医師は不在のようだった。仕方なく、勝手に棚を漁る。
「脱臼だよ。シリルはどこか怪我したの?」
冷凍庫から出した冷却ジェルを彼の方にも放れば、見ていたかのようにキャッチする。
器用にも、包帯を巻いてカイルの肩関節を固定しながらの受け答え。
「多少捻った程度だな」
「みてあげようか?」
「やめとけシリル。何されるかわかんねーぞ」
「そういうこと言うならもう一回外してあげようか?」
育ちのわりに脱臼はしたことが無いというカイル。本人が言うように負けた事が無かったからなのか単に運が良かっただけなのかは判別しかねるところではあるが、この脅しは効いたらしい。
一瞬で顔色が変わったカイルと、至極楽しそうなジェイド。
出来た空白にシリルが溜息を落とす。
「やめておいてやれ。クセになられたら困る」
「……それもそうだね。カイル、しばらくはあんまり肩動かさないようにね」
本気で気分が悪くなっているらしいカイルはすでに半分撃沈気味で、軽く手を振ってその言葉に応えた。
「さて、と。シリルはどこ? 手首?」
冷却ジェルをあてて冷やしていた箇所をみながらジェイドはシリルに近付いた。
その腕を取ってあちこちに触れて、にっこりと笑う。
「ホントに軽くみたいだね。湿布だけで平気かな」
慣れた様子で先程シリルが見つける事が出来なかった湿布を取り出してくる。
「随分と慣れてるな」
「僕? うーん。そうだね。色々とあったから」
でもこういうのは本当はアイリが上手いよ。彼女は本当に色々と教え込まれたらしいから。
ジェイドの口から出てきたのは、彼と同じように別任務についていた、最年少タークス。
「じゃあ医者が居なかったら次はアイリに頼もう……」
ぼそりとしたカイルの呟きは、丁度会話が途切れたところに着地。
間が悪いとしか言いようが無い。
「彼女は上手いけど僕より容赦ないから。頼むなら覚悟して行った方がいいよ」
やっぱり楽しそうに紡がれたジェイドの言葉は、もう一度カイルを撃沈させ。
今度は暫くベッドに蹲ったまま反応を見せなかった。

ありがちな王道的ネタのいつも通りのばたばた文。 別口で書いてるものがシリアスなのでバカっぽいのが書きたくなり。再びバカ担当の刀ロドコンビにお越しいただきました。 多分この後もれなく二丁さんもセクハラされたでしょう。っていうかしてくれ兄さん(ねじくれた願望)

2006/06/10 【BCFF7】