傷を覆う布を剥ぐ

「ぐあっ」
悲鳴が壁にあたって四方に跳ね返る。
入り組んだ路地の多いスラム街は半歩踏み出すだけでどこに入り込むか予想がつかない。
また一人、側面の影から飛び出してきた男を見て、シリルは急制動をかけた。
同時に銃口を跳ね上げる。
一発、二発。三発。
やっと当たった弾も僅かに急所を逸れたらしい。
普段なら絶対にやらないミスに舌打ちする。
可笑しいほど息があがっているのが自分でも分かった。
もう弾も少ない。
どれだけの人数を相手にしたのか、途中から数えることを放棄して、かなりになる。
残弾から軽く逆算すると、陰鬱になるような人数がはじき出された。
再び現れた男達が今度は前後に立ちふさがる。
「くっ……囲まれたか」
重ねて洩れそうになる舌打ちを飲み込んで、素早くリロードする。
一点突破を試みるも、寄せる人数の多さは予想以上だった。
何かが空を切る音が近く。反射的に身を沈める。
顔面への一撃は避けたものの、続いてきた腹部への蹴りには反応が追いつかない。
格闘と主とするものと、かじった程度の差はすぐに出た。
十分に体重の乗った一撃は重く。
浮いた体が壁に叩き付けられて息が詰まる。
体勢を立て直す暇などなく。
下がった頭部に一撃。
さらに複数の爪先が埋まって、地面を転がされる。
圧倒的優位に立った男たちの、悪意の笑いが弾ける。
笑いに混ざって聞こえた単語は、もう聞きなれ過ぎて何の感慨もわかなかった。
「なんだ、ずいぶんと楽しそうだな、と」
笑いながら怒る、という器用な声。
独特の口調がその人物を知らしめる。
次の瞬間には近くの男達がまとめて昏倒した。
手にしたロッドから電撃の名残が散る。
「タークス……レノ!」
それを見た男達が悲鳴を上げる。
「何でおまえがここに……タークスが出るような……ひッ」
鈍い音。
それ以降は声にならない男の悲鳴。
「黙れよ。よくも俺のシリルをキズモノにしてくれたな」
今夜の約束がパァじゃねえか。
いつもの軽口にも突っ込む気力すらなくて。
「レノ、さん……」
喉の奥で微かに名を呟くだけで終わる。
動こうとはしてみたものの、散々攪拌されてふらついた頭と、あちこちから上がる痛みで果たせなかった。
その間にもまるでリズムをとるような感覚で音があがる。
近付き、少し離れ。
半分地面と接している視界に黒い靴先が映る。
「おい、大丈夫か、シリル」
「……生きては、いる」
「上等」
あまり大きな声ではなかったが、どうやらレノの耳に届いたらしい。
にやりと笑う様子が浮かぶ声。
少しだけ遠くなっていた男達の気配が再び近くなった。
「面倒だからまとめてかかってこいよ、と」
そんな言葉で挑発して。
一気に踏み込んで、左手のロッドを振るう。
電撃がほとばしる。
くぐもった悲鳴が重なり合って、長く尾をひいた。
接近して立ち回れる速さがそれを可能にする。
舞い踊る赤の髪を捉えていたシリルの視界が翳る。
どうやって気付いたのか。
振り向きざまのレノの声。
「シリル。まだ落ちるなよ、と」
言う間にも動きは止めずに、綺麗に全員を伸して、素早くシリルの傍らに寄る。
「……ッ!」
首の後ろを支えられて引き起こされる。
突然与えられた痛みに、シリルは現実に引き戻された。
「もう少し我慢しろよ、と」
傷を癒す光が翳りかけた視界を覆う。和らいだ痛みと共に詰めていた息を吐いて。
ゆっくりと瞼を押し上げる。
映ったのはもはや見慣れた赤の髪。
心配そうな、それでいてふざけているような複雑な顔。
「レノさん……」
「今度はもっと早く助けを呼べよ、と」
狭い視界の中でレノが笑う。
「すまない」
非番だったシリルは私服姿で。
だからこそ、救援要請も躊躇った。
「まあ、生きていたから許してやるぞ、と」
いつもの軽口につられてシリルも少しだけ口端を上げる。
立てるか、というレノの言葉に頷いて、壁を頼って体を起こす。
まったく立てる気がしなかった先ほどとは違い、起き上がることは出来たが、思ったよりも重い体にうんざりする。
「見ててまだるっこしいぞ、と」
「……仕方ない。自業自得だ」
一歩踏み出せば、膝が笑った。壁に付いた手を離せない。
近くで溜息。
「そんなんじゃ何時までたっても帰れないだろ」
「レノさんは先に行ってくれ」
これくらい何とかする、と言えば、呆れが混ざった怒声が降った。
有無を言わさず引き寄せられる。
「通りに出れば車が拾えるからそれまで我慢しろよ、と」
無理矢理肩を貸してもらう形で歩き出す。
運悪く通りがかった神羅の車を徴発して、座席に沈めば、自力で動く気力も費えた。
辛いなら寝てろというレノの声に首を振ったものの、自然と瞼が下がる。
そのまま意識は途切れ、次に気がづいたのは、知らぬベッドの上だった。
肌に直に触れるシーツの感触。
「お。目、覚めたか? よく寝てたな、と」
「……レノさん?」
見下ろしてきた顔に、記憶が刺激される。
「そうか……俺は……」
言いかけたところで、目の前の顔がにやりと笑った。
もう大丈夫そうだな、という声に頷きを返す。
「なら、先輩を一日ベッドから追い出したツケはきっちり払ってもらうぞ、と」
「なっ……ちょっ……」
ベッドの上に乗ってくるレノを押しとどめるように腕を伸ばすが、逆に取られてシーツに縫い付けられた。
「レノさん、ふざけないでくれ。今退くから……」
レノの頭が下がって、胸のあたりにおりる。
薄い布越しに熱。
「それは無理な話だぞ、と」
少しだけ頭を起こして、目だけで笑う。
「シリルの服は今洗濯中。全裸で歩き回るなら目の保養だから歓迎するけどな」
「……ッ!」
「ということで洗濯あがってくるまで俺と一緒に寝てろよ、と」
選択肢は無くて。
溜息をひとつ。
「……分かった」
仕方がないと諦めた声。だがレノはすぐに反応した。
「お。素直だな、と」
「言わせてるのはレノさんだろう」
ごそり、胸の上のレノが動く。
くすぐったさに身を捩れば、追いかけるように腕が伸びた。
体勢を変えて。シリルの肩のあたりに触れるレノの髪。
肌に直に触れるそれに不思議な感じがする。
考えてみれば、他人に肌を晒したのは思い出になるくらい昔のことだった。
髪に埋もれたレノの瞳は閉じられている。
染みていく温もりに再度息を吐いて、シリルも目を閉じた。

レノニチョ。きっとニチョ受なら一度は考える話。 ニチョちょっと扱いが難しいから、最初の頃集団で敵に囲まれると容赦なくボコられ...... 「お嫁に行けなくなったらどうするのーーー!!!」と叫んだのは俺だけじゃない、はず。笑。

2006/03/09 【BCFF7】