口実

タークス本部 23:00
最後の仕事である、自ら纏めた資料のファイルを棚に挿していく作業をしていたシリルは近付く気配に気付いた。
あえて気配も足音も殺さずにいるそれが同僚のものだと認識したものの、いつも捉え所の無い様子から、今回も無視することに決める。
瞬間、するりと伸びてきた腕が腰に回ってシリルは軽く眉を顰めた。
「何のつもりだ」
「もう今年も終わっちゃうな、って思って」
「それとこの行動とに何の関係がある?」
「シリルの最後が欲しいから」
さらっとますます意味不明なことを言う同僚にシリルの眉間に刻まれた皺がさらに深くなる。
背後から抱かれている恰好だが、両手は拘束されているわけではなく、残りのファイルも棚に挿し終えることは出来た。
それを待っていたかのように引き寄せられて、耳の後ろあたりに唇が触れる。
「……ジェイド」
「分からない?」
「さっぱりだな」
「触り納め、ってことなんだけどね」
聞いた己が馬鹿だったと後悔したくなるような答え。それはそのまま口を吐いて出た。
「馬鹿か?」
「うん。相手が君だからね」
言いながらも襟の間から侵入しようとしたジェイドの手は、さすがに押し止める。
「まだ仕事中だ」
「もうそれで終わりでしょ?」
よくやるよね、こんな時間まで。
笑いと共に紡がれる言葉に嘲笑の響きは無い。
「仕事を残しておきたくは無いだろう」
珍しく明日からシリルは連休となっており、その言葉も一応納得はできた。
「もうあと数十分後には年が変わっちゃうんだよ?」
そんな特別な日によりによってこの時間まで仕事。
呆れる反面、それが彼らしいといえば彼らしい。
「年が変わろうが、仕事が変わるわけじゃない」
今日の続きに何がある? と逆に問われて苦笑を刻む。
返るのは特別を見出していない言葉。
「やっぱり、区切りじゃない? どこかで区切らないとすべてが曖昧になっちゃうからね」
「暦上だけの区切りに何の意味があるのか、俺には理解できない」
「……残念だね」
時計を確認すれば、すでに今年の残りは三十分を切っている。
あと少し、どうせならこのまま抱いていてもいいかと考えていた。
「いい加減に離れろ。俺の仕事は終わりだ……」
帰る、と続きそうな言葉を咄嗟に掌で封じる。
言葉を止められた事で脱出の機会を逸したシリルが肩越しにジェイドを睨んだ。
「特別にしようか」
「……どういう意味だ」
くるりとシリルの体を反転させて棚に縫い付けるように両腕の中。
「最後と、最初の時間を繋ぐ意味だよ」
今日の残りはもうあと十分も無い。
そっとシリルの頤に手を掛ける。それだけで意図は伝わった。
「やっぱり馬鹿だな」
「何とでも。……僕の最後と最初をあげるよ」
「俺の意思は無視か?」
「今はね」
小さく笑って軽く唇を合わせる。
すでに針は限りなく零時に近く。
舌を差し入れて息を絡める。
水音が丁度境目を告げるように響いた。
二人の間にあった音以外は何も無く。
暦上の時間が区切られる。
特別な変化は無く。
ただ、行為だけが特別という目で見ればそう言えない事も無い。
「今度はシリルの最初を僕に頂戴?」
「どう言う意味だ……とは問わない方が懸命だろうな」
「きっと君が思っている通りで間違い無いよ」
まだシリルの腰を抱いたままでジェイドが笑う。
「ああ。明日に響かなければな」
解かれた腕から抜け出して珍しく口角を上げる。
「シリルは明日も休みでしょ?」
「俺のためじゃない」
「僕、愛されてて幸せだな」
「言ってろ」
帰るまで待てないかも。とはおそらくただの軽口。
同じ調子で切って捨てて、二人は部屋を後にした。

精一杯のいちゃいちゃらぶらぶ(大笑) しかし……馬鹿だなー刀兄さん。いやいやいやいや。誰の所為だ誰の。 刀兄さんは恥ずかしいことと素で言ってくれるので楽しいです。本当に。

2006/12/31 【BCFF7】