尾の先

「改めて見ると随分と伸びたんだな」
それだけ時間がかかったということか。
自嘲のような呟きは、かつて過ごした部屋と、傍に立った赤毛の男と、両方に向かう邂逅。
「あー。俺、伸びるの早いからな、と」
「なんだそれは」
「えっちな奴は髪伸びるの早いって言うの、知らない?」
にやりと笑ったはずの赤毛の男は、氷点下の視線に晒されて凍り付く。
男を凍り付かせたまま身を翻した青年はかつての自分を苦く思う。軽く纏めて後ろに流した黄金の髪は指を通せば簡単に崩れて額に掛かった。
「結局何をしに来たんだよ、と」
「お前との約束を果たそうかと思ってな」
そうして。歩いた先はベッド。
マットレスと台の間に指を滑らせると、その手に薄刃のナイフが現れた。
「そんなものどうやって持ち込んだんだよ、と」
「相手も人間だ。なら、いくらでもやりようがある」
大人しくしているからとツォンに言った手前、あまり派手には動けなかったがな。
そうやって。
ベッドの前で笑った現在の彼は、すでに社長と言う立場に居る。
ここから出たら切り落としてやるから髪を伸ばせと言われたのは年単位で数えなければならないくらい前のことだというのに、この場では鮮明に蘇る気がして青年は笑った。
そう、あれは約束というより命令だった。
「恐いぞ、と」
分かっていて素直に伸ばしたのだから文句を言う権利は無い。
「来い、レノ」
絶対主然として命じるルーファウスの片手でナイフが光った。
この髪も、この場所に来るための手段だったと。
彼が自由になったからこそ思う。
首を掻き切られてもそれは同じだろうか。レノは、頭の隅で膨らんだ考えを歪めた口の端で誤魔化して、ゆっくりとルーファウスの前で膝を折る。
その様子に普段の軽い調子はない。
まるで忠誠を誓う騎士のように跪いた彼の背から、軽く束ねられた髪の束が滑り落ちて、肩から垂れた。
ルーファウスの指がそれをすくい上げる。
レノは瞳を隠して息を吐いた。
長い沈黙。
ふ、と笑う気配。
「いでッ! なにすんだよ、と」
急に引っ張られたレノが思わず悲鳴を上げる。
顔を上げると、楽しそうに笑うルーファウスの表情。
「気が変わった。ちょうどいい手綱になりそうだからこのままにしておこう」
言いながらも何度か軽く引かれてレノは顔をしかめる。
「尻尾の次は手綱ですか、と」
「不満か?」
どちらでも変わらないと返したレノが、物音に反応して即座に振り返る。
手にはルーファウスが持っていたはずのナイフ。
あまりにも一瞬の出来事に、ルーファウスは苦笑するしかない。
「社長」
一瞬の間を置いて、静かな声と共に現れたのはツォン。
レノの体から緊張が解ける。
「なんだ」
「用意が出来ました」
ツォンの言葉に、そうか。とだけ返したルーファウスは、庇う位置に立っていたレノを追い抜いて。
振り返ることなく部屋を出て行く。
ツォンも、訝しげにレノを見たが、それだけで。すぐにルーファウスを追って部屋を出た。
「あーあ。結局遊ばれただけか」
ぽすりと。ベッドに仰向けに寝転がったレノは手にしたナイフを見て笑った。
しばらく使われてなかったシーツは少し埃っぽい。
ちらりと投げ出された己の髪を見て、息を吐いた。
「素直に言えばいいのにな」
何にも心を預けないような態度で、それでも傍に置くための口実を手放さなかった。本人も、そんな己の感情に気付いて居るだろう。
レノとて逆らう気も無い。
どんなに悪ぶったとて、絶対的な暴君にはなれないのだと思うと、おかしかった。
胸元で携帯電話が鳴る。
「レノさんですよ、と」
軽い声に返ったのは控え目な怒声。
「何をさぼっている。仕事だ」
「人使い荒いぞ、と」
「社長に言え」
冗談で言ってることが伝わるから、ツォンは呆れたような調子を隠さない。
「はいはい、さーてお仕事お仕事!」
レノも、別にさぼりたかった訳ではない。ブリーフィングをするからさっさと来いと告げたツォンに、了解。と返して、ベッドから跳ね起きた。
帰りがけ。ついでにとルーファウスがナイフを取り出した場所を覗いてみればいつか頼まれた本の代わりに勝手に持ってきた小箱が目に入った。
中身は空かと思いきや複数のメモ書きのようなものが入っている。それらは全てこの場所からの脱出パターンだった。
おそらく暇潰しだったのだろうとは予想できる。だが。
「あの人はイマイチ何考えてるかわからないぞ、と」
もしかしたらツォンや自分に対する嫌がらせだったのだろうか。
彼がこの場から出た今、それを考えることに意味などない。
レノは見つけた箱をそのまま元に戻すと、もう振り返らず、部屋を後にした。

春コミでのオマケ折本だったのですが、切り離せなくなってしまったので「夢の尾」のオマケになりました。 妄想の果てのレノルはどちらかというと共犯者なイメージ。ツォンさんはきっと胃が痛いことでしょうね……(苦笑)

2009/05/26 【BCFF7】