視界を奪う

深夜の本部はすべての灯りが落とされ、一見人が居るようには見えない。
だがそれは普通の人の場合で、一応タークスなどという仕事に就いている身には暗い部屋の中でさらに黒い人影に気付いた。
何をするでもなく立ち尽くす人影は、心をどこかに置いて来たかのように近付いても全く反応を見せない。
普段なら扉が開いただけで気付く筈の彼に不審に思う。
「シリル?」
呼びかけにも反応は無い。
ただ部屋の真ん中で窓を凝視したままの彼は目を見開いたまま。
思考は一瞬。
後ろに立ったまま、視界を塞ぐようにてのひらを渡した。
同時に抱きすくめるように腰を引き寄せる。
びくり、と過剰なほど肩が揺れた。
シャツの襟を引いて肌に触れさせた唇でもう一度名を呼べば、僅かな間をおいて深い息が落ちる。
「……ジェイドか」
「うん。……どうしたの? まるで幽霊でも見たかのような反応だね」
触れているジェイドの手に温度があるのに安心したかのように力を抜いたシリルは、再度深く息を吐くと己の目の上の手に触れた。
「……似たようなものかもしれないな。アレは」
抵抗どころか僅かに体重を預けられて、ジェイドの方が驚く。
「心配しなくても僕はちゃんと生きてるよ?」
「ああ」
分かっている、と繋げたシリルにそれ以上何を見たのかを問うことも無く、ジェイドは体を反転させるようにその身を返した。
覆いの払われた瞳を合わせる。
僅かに揺れた視線が伏せられて、代わりに指が頬に触れた。
いつも視界を覆っていたガラスの膜が消える。
シリルの手に奪われたのだと悟った時には薄く唇が触れた。
「珍しいね」
呟きはつい零れたもので、すぐに応えるように深く息を絡ませる。
反射的に離れた体を引き寄せて、熱を伝えた。
長いくちづけに喘ぐように息をしたシリルが微かに苦笑した気配がする。
「そこまでしろとは言っていない」
「でも抵抗しなかったよね」
「そんなものの無意味さを知っているだけだ」
顔の見えない距離で小さく耳に忍ばせる言葉達。
「だったら、もう今更でしょ?」
「……違いない」
呟きに混ざったのは、今度こそ本当の苦笑。
もう一度、と求めたジェイドの唇に、シリルは己のそれを重ねて、軽く訪なう舌の侵入を許した。
歯列を追う先を止めるように同じものを絡める。
零れた息を啜って閉じ込めると、僅かに堪え切れなかった声が洩れた。
「理性飛びそう」
離した唇の端を上げて、首筋に落とす。
痕を残すかわりに浮いた筋を軽く噛んで舌を這わせた。
「そこまでだ」
「どうせ誰も居ないよ」
「ダメだ」
即座に切って捨てたシリルにジェイドが笑みを苦笑に変える。
「ここまで煽っておいてそれは無いんじゃない?」
「俺が知るか。そもそも場所を考えろ……帰るぞ」
もともと何をしていたという訳でもない闇の中だ。
手荷物など無いに等しいシリルはそのまま踵を返した。
瞳を伏せる一瞬の表情に魅せられる。
うっかり扉を出るまで見送ってしまって、ジェイドは慌てて後を追った。
「待ってよ、シリル。まだ眼鏡返して貰ってない……」
追いかけてきた言葉で気付いたらしい。
まだ己の手の中にあったそれを思いついたようにひらいて自分の顔にのせた。
ダテだということは前から知っていた。
ガラス一枚歪んだ世界は何も変わらない筈なのに妙にシリルを安心させる。
「奪えばいいだろう」
得意だろう? 意味を量りかねる言葉を投げて、さっさと歩き出す。
再びその背を追って歩き出しながらジェイドは己の唇に笑みをのせた。
「そうだね。じゃあそうさせてもらおうかな」
手を伸ばせばすぐに取り返せる距離に並んで。
だが相手の顔には手を伸ばさずにジェイドはシリルの腕を取った。
彼の言葉は奪うまで傍に居て良いのだと言ったも同じ。
「どこで奪って欲しい?」
答えの返る筈の無い問いを戯れに投げて、さり気無く自宅への道に逸れた。

終わっとけ! 珍しく誘うニチョ。ちゅーがえろく書ける人が羨ましいです。 どうにも色気が足りないんだよなぁ……

2006/11/23 【BCFF7】