曙光

ミッドガルの中心。
そう言われれば、示されるものは神羅の本社ビル以外に無い。
地上から五十メートルほどの高さにあるプレートの、さらに数十メートル上空まで突き出た巨大なビルは、まさに神羅の栄華の象徴のようにそこにそびえ立っている。
誰でも気軽に入り、閲覧出来る一階ロビーと二階のショールーム。一般社員用の下部フロア。幹部クラスか、許可を受けたものでなければ立ち入ることが許されない上部フロア。
明確に分かたれた階層のどこにも属さない場所がある、というのは周知の事実だった。
そうでなければ彼らは存在し得ないであろう。
総務部調査課、通称タークス。
神羅の闇と言われる彼らの本部は、確かに存在する筈なのに、ビル内のどこにもその場所が明示されない。
すべてが独立した闇の顔はひっそりと、だが確実に存在していた。
闇色に染まった世界に溶け込むようにその部屋も暗く沈み、中には闇と同化したような影がひとつ。
明かりのない室内でも迷うことなく歩き、影は奥の部屋に入った。
「ヴェルド主任」
呼び掛けた先にもうひとつの影。
こちらの部屋は窓がある為か、その場に居る人物の姿が判別できる。
ヴェルドと呼ばれた、顔に傷を持つ壮年の男は、呼び掛けた青年に対して苦笑を見せた。
彼は仕事中には見せないようなくつろいでいだ表情で。スーツの上着も、ネクタイも纏っていない。
「起きたのか。気分はどうだ?」
「……迷惑をかけた」
問われた青年のほうは、わずかに眉を寄せて謝罪を口にした。
無残に破れた衣服が羽織った長衣から覗き、よく見ればその下にはうっすらと傷らしき痕がある。
敵に捉えられ、なんとか自力で脱出したものの、本部に戻ったとたんに倒れた青年は、今まで奥の部屋に寝かされていた。
傷は魔法で治療されていたが、失われた体力と気力が戻るまでにはそれなりの時間を必要とする。
仕事と用事があったヴェルドだけが残り、他の皆は帰ったのだろう。二人の他に動く者は無かった。
「そんなことはないさ。カイルなんかはもっと派手だったぞ」
「想像はつく気がする」
ほんの少し口端を上げるだけの苦笑。
「これはあんたのか?」
青年が示したのは自らが纏っていた長衣。黒に近い濃灰色の布には踝まで長く、袖はゆるく広い。ボタンなどはなく、動けばひらりと裾が翻った。
ヴェルドが笑う。
「ああ、着替えのつもりで置いておいたんだがな」
一緒に帯がおいてあっただろうと言われて、青年は思い当たった布を前にだした。
「これか?」
「そうだ。この手の服は着たこと無いか?」
「……すまない」
「謝る必要は無い。日が昇ればツォンが新しい服を持ってくる。それまで我慢してくれ」
笑いながら近くに来いと告げたヴェルドに、青年は素直に近付く。
ヴェルドは、一度青年が纏っていた長衣を脱がせると、中に来ていた破れた衣服を脱がせ、再び長衣を着せかける。
前を合わせ、共布を巻いて結ぶと、長衣は上掛けではなく衣服になる。
「下がすかすかするな」
「じきに慣れる。病院で着るあれの長いものだと思えばいいだろう」
「ああ。なるほど」
役に立たなくなった衣服は纏めてダストシュートに放り込んで、青年は再びヴェルドの傍に立った。
「何を見ているんだ?」
「ああ……年が変わって最初の日が昇るなと思ってな」
「そうか」
二人の間に長い会話は無い。短いやりとりだけで無言になった彼らは、揃って外からは見えない窓の中で、遠くに顔を覗かせている太陽を眺めている。
「毎年……」
「え?」
「毎年ここから日を見るんだ。高い分、一番最初に見ることが出来る。はじまりを感じることが出来る」
今年は思いがけない道連れが出来たがな。そんな風に笑うヴェルドに青年は首を傾げる。
「はじまり?」
「ああ。一年のはじまりは、特別だろう?」
「そういう……ものなのか?」
今まで、そんなコトを考えたことが無かった青年は、言われても理解が出来ない。
「シリルは今まで考えたことはないか」
「……すまない」
二度目の謝罪に、ヴェルドは黙って彼を腕を引き寄せた。
ぽん、とその頭を撫でる。
「いいさ。だが、覚えておいてくれ」
新年は、誰にでも一年で一度だ。
ヴェルドは昇る朝日に目を向けたままで言う。
「生まれが分からないものも、過去を忘れたものも、それで年を数えることが出来る」
この街も。ヴェルドの声は穏やかすぎて、苦しげな表情とは対照的だ。
自分に関することは何も語ろうとしない彼の、表情の裏は読めない。
「裏を返せばすでに生きていないものも、か」
「……そうだな」
それを数えるのは感傷かもしれない。だが、同時に自分がしてきたことを忘れないためでもあって。
シリルはヴェルドの視線の先を追った。
新しい太陽が昇る。
二人は無言のまま。ただ太陽が昇りきるまで、そこに佇んでいた。

初心にかえってヴェルニチョ。 ヴェルドは年を数えていたでしょうか。己を責めるための年を。 そしてニチョは年を数えたでしょうか。自分が生きてきた過去の年を。 ……なーんてね。

2009/01/05 【BCFF7】