突破

「無茶するなあ」
呆れたような声が薄暗い非常灯が点っているだけの廊下に響いた。
声と同じ明るい金髪を振った青年が、苦笑に目を細める。湖水の色を映したような瞳は、声を掛けられたほうも同じだった。
ひび割れてしまった眼鏡を外し、溜め息を落とす。
「そうかな? でもああでもしないと突破出来なさそうだったし」
「わかるけど……もうちょっとボクを頼ってくれたっていいじゃない」
しゅん、と耳を垂れた犬のように俯いた青年に、壊れた眼鏡をしまい終えた男は笑みを零した。
ぽんぽん、と軽く叩いて顔を上げさせる。
「ちゃんと頼ってるよ。君の出番はこれから。それまでにケガとかして失敗したらつまらないでしょ?」
軽い口調で言った男は、続けて滅多に見せないような邪悪な笑みを見せる。
「ちょっとヘマしたのは自分の責任だけど、僕の大切なものを壊したことに対してはきっちり対価を払って貰わないとね」
かちり、と。
彼の手の中にある刀が同意の声を上げて、単なる冗談ではないと告げる。
冷酷に笑う男は、苛烈さを隠さない分だけ凶暴で、美しかった。
青年は本能で反応しかけた体を押し止める。
相手から見れば理不尽な暴力を振るおうとする割に、同性から見ても恰好良い。そんな感想を持ってしまって、笑う。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ。ただカッコイイなーって思っただけ」
純粋な称賛の言葉に、男は一瞬目を見開いてすぐに破顔した。
「それはありがとう」
眼鏡を掛けていない男の顔は、笑みのせいもあって普段よりも好戦的に見える。気付かれないように嘆息して、青年は音がしないようにと首に掛けていた自らの武器の端を強く握った。間に渡された鎖が首の裏に食い込む感じがする。
自らの容姿が嫌いなわけではないが、こんな時は彼のような表情が似合わないのを残念に思う。
「どうやらまた待ち伏せされたみたいだね」
青年を現実に戻したのは楽しそうな男の声だった。
「随分と楽しそうだね」
「そう見える? だったらちょっと注意しなくちゃ」
苦笑。一緒に好戦的な空気が緩む。
「なんで?」
「やりすぎちゃうから、だよ」
穏やかな空気が流れた分、静か過ぎる言葉は真実味を増して冷気を呼び起こす。
止める気にはならなかった。ただ。
「……ボクが居ること、忘れないでね?」
否定する代わりに少しだけ自分の存在を主張する青年に男はまた目を見開いた。
驚いたままで鮮やかな笑みを浮かべる。
「分かったよ。でも、暴走したら僕を止めてね」
「大丈夫。キミは約束したことを反故にするようなヒトじゃないから」
そんなことを言われると思わなかったと洩らした相手に、青年は首を傾げた。
「だって、本当のことでしょ?」
「ありがとう……じゃあ、行くよ」
応えるころにはすでに敵の近くまで来ていた。
すばやく戦闘準備を整えた男が笑ったままで告げる。
うん。と応えた青年も自らの武器を握って身構えた。おそらく前に出してはもらえないだろうが、それでも気を抜いていていいわけではない。
「ここを突破すればすぐだから、なるべく後ろに居て。無事に通すよ」
「分かってる」
目的は敵の殲滅でも、施設の破壊でもなく、気付かれないように情報を持ち出すことだ。
男が敵の目を引き付けているうちに建物に潜入する。
それが青年に振られた役割であり、それをサポートするために彼が居るのだ。
それくらいは分かっている。自分に言い聞かせるように青年は口内で呟いて、彼の指示に従って姿勢を低くした。
巡回している敵の足音が近付いて来る。
絶対に出るな、と。反対側の物陰に居る男が目だけで合図したのに気付く。
声を出さずに頷くと、彼は微かに笑みを見せてそこから飛び出した。
不意打ちを食らった敵が反撃もままならないままに地に沈む。
「さすが……」
タークスだと知られるわけにはいかない。上司であるツォンが重々しく告げた命令を忠実に遂行するように彼は刃を舞わせる。
死の舞を紡ぐために翻る黒い影は、血にまみれて笑っていた。
怖い、と思う。でもそれ以上に。
「ボクには、真似出来ない……かな」
羨ましい、という感情があるのを自覚する。
さっきは目をつぶって知らないふりをした。
誤摩化せないな、と改めて苦笑して。一瞬だけ瞼を落とす。
小さく。それでもはっきりと自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
待っていたとばかりに迷う事なく飛び出して建物に向かって走る。
すれ違う瞬間に、精一杯不敵に笑ってみせた。
一瞬驚いた表情をした彼も、すぐに気付いて先刻青年が格好いい、と評した笑みで応える。
「また後でね!」
場違いなほど明るい青年の声に、まいったなぁと苦笑する男の表情に直前までの凶暴さは無い。追いつめられたような殺気も和らいだ中で、彼は今度こそ余裕の笑みを浮かべて。
駆けつけてきた増援と相対した。

冬のおまけ折本でした。 刀とヌンチャクの組み合わせも可愛いんじゃないかと思っています。

2008/02/21 【BCFF7】