深夜の温度

深夜のオフィス。
眠らないビルの中はもう夜中になるというのに昼と変わりなく。
ただ淡々と時間が過ぎていく。
照明の大部分を落としたフロアに居るのは夜に溶け込むような色彩の青年が一人。
滑らかにキーボードに指を躍らせ、ディスプレイを覆っていく文字列を王追う。
軽い音がしてオフィスの扉が開く。それに視線を上げることもせず、彼は指を動かし続けていた。
「シリル、まだ帰っていなかったのね。もう日付が変わるわよ?」
少女の声にが疑問を投げて、青年傍を通り過ぎる。
「もう帰るさ」
「あら、終わったところだったの?」
「ああ……あんたが帰るというなら送っていくが?」
「やさしいのね。でも大丈夫よ」
ひょい、と背後からシリルがそれまで打っていた文字列を眺めて彼女が笑う。
分かっていたから、特にシリルも反応を返すことはしない予定だった。
「……何なんだ」
思わず返してしまったのは彼女の手が肩から腰まで降りてきた所為。
「シリルって……ウエストいくつなの……?」
「男がそんなことをいちいち気にすると思うのか?」
「それもそうね。でも……それにしたって細すぎるわ」
軽い意趣返しというように抱き込まれて、後頭部に女性特有の柔らかな感触が触れる。
「……離せ」
「つまらない反応……どうせ胸ちっちゃいとか思ってるんでしょ」
「何の関係がある。別に胸の大きさでアイリの価値が変わるわけではないだろうが」
あんたは、あんた自身の価値でここに居るんだろう、と。
告げられた言葉にアイリが笑う。
「やっぱりやさしいわ。そうね、どうせなら一緒に帰りましょうか。今年ももうあと数分だけど……ね」
「ああ……そうか。今日は……」
「そう。こんな日にまだ机にかじりついてるなんて、あなたくらいなものよ」
どうせ忘れてたんでしょう。と笑われて、シリルは肯定を返すしかない。
「特に何を祝うとかを思ったこともないしな」
「それもあなたらしくていいと思うけど、少しだけ周りと合わせてみると新しい発見があるわよ」
そんなものか。と珍しく素直に頷いたシリルに、アイリはまた笑った。
シリルの後ろから手を伸ばしてアイリが端末を落とす。
「じゃあ行きましょう。そのままデートするのもいいわね」
「……明日も任務だろう」
「もう! こんなときまで真面目に返さないでよ」
「悪かったな」
背中から腕へ。引いてシリルを立ち上がらせると、アイリはぴたりと隣に添った。
「近いぞ」
「女の子をエスコートするのよ。それらしい行動をしたらどう?」
やろうと思えば出来ることを見透かされている。
軽い溜息をひとつ。
シリルは気分を切り替えると、彼女を伴ってオフィスを出る。
ビルの正面ホールに差し掛かったところでアイリが自分より遥かに背の高い青年を仰いだ。
「ああ。言い忘れていたわ」
「なんだ」
「いろんなことがありすぎて嫌になるけど……少しでもいい年になるといいわね。今年もよろしく」
すでに日付は変わっている。
気の重い任務は足取りも重くさせるが、それを吹き飛ばすように彼女は笑う。
彼女は合流してからも、前からの任務だったものを続けているらしいと聞いている。
詳しいことは分からないが、少し注意して見ていればそれが主任捜索と大差ない気の重さだと気付くことが出来る。
それでも、彼女は綺麗に笑った。
「……ああ。よろしく、と言えばいいのか。こういうときは」
「そうよ。今日は私に合わせてみなさい」
「そうだな」
わずかに。
つられるようにシリルも表情を緩ませる。
珍しいものを見た、というように。でも嬉しそうにアイリはシリルの手を引いて。
二人は夜の街に姿を消した。

あけましておめでとうございます。 今年は手裏剣ニチョで新年です。 かなり間に合わせっぽいですが。今年もどうぞよろしくお願いいたします!

2008/01/30 【BCFF7】