指先から染みる

外回りが続いたために書類仕事は溜まる一方。
机の上に山と積まれたそれは、やる気を奪うのに十分な攻撃力を持っていた。
考えるだけでも憂鬱になるが、片付けてしまわないことにはさらに増えた憂鬱が待っているだけだと分かっている。
直帰することも出来たが、覚悟を決めて部屋ではなく本部に戻ってきた。
いつもの通り、辺りに注意しながら本部に入り、真っ直ぐ自分の席に向かって歩く。
そこには、先日見たときよりも二割ほど増えた書類の山が主を待っていた。
そして、それと同じか更に多い位の書類が積まれた机の主はレノとカイル。
彼らはすでに逃亡を決め込んいて、姿は見えない。
軽く椅子を軋ませて席に着く。
座って目線が低くなった為に増えた気がする書類に息を吐いた。
手がかじかんでいることにして煙草でも吸ってこようか。
頭は勝手に逃げる為の言い訳を考え始める。
ここまできて、往生際が悪い。
机の上に突っ伏したとたん、軽い音が聞こえた。
耳慣れた、扉の開く音。
反射的に顔を上げる。
「こんな時間まで仕事か、シリル」
「……主任」
現れたのはヴェルド。
彼の手に湯気の立ったカップが握られていた。
ゆったりと歩を進めて、シリルの傍。
外は寒かっただろう、と問われて頷く。
春に向かっているとはいえ、吐く息は白く。
帰って来たばかりの体はまだ冷たかった。
外と中の温度差の反動で、冷気に直接触れていた箇所が奇妙に疼く。
「飲むといい。俺よりもシリルに必要そうだ」
言われて差し出されたカップには熱いコーヒーが入れられていた。
「いや、だが……」
まさか主任が自分の為にいれてきたものを横取りするように貰うわけにはいかない。
固辞しようとして、先を制された。
「命令にしてもいいぞ」
シリルを動かすのに効果を発揮する一言。
感情よりも義務感に訴える言葉。
同時に、そんなに寒そうにしていただろうかと思う。
カップを見、視線を戻せば、ヴェルドが微かに笑った。
「熱いから気をつけろよ」
既に決定事項として語られることに、抵抗も無意味。
大人しく礼を言ってカップを受け取る。
指先から熱が染みていく。
「仕事には慣れたか」
タークスに入ってもうすぐ一月。
ここは最初から波乱に満ちていた。
表の中の裏の場所。
「それなりには」
黒い液体を嚥下する。深い香りは煙草と同じくらいシリルの心を落ち着けた。
「そうか」
頷く言葉に微かに笑みの気配。
「……主任こそ、こんな時間まで仕事を?」
「ああ。それこそ書類仕事が終わらなくてな」
真夜中に仕事というのはよくある事で。それに対してはお互いなんとも思っていない。
ただ、朝に一度会っているから総合的に長時間勤務していると思うだけだ。
「すいません」
「いきなりどうしたんだ?」
突然謝ったシリルに、ヴェルドが驚く。
続けて出た言葉は、今度からもう少し早く書類仕事にも取り掛かるというもので。
思わず笑ったヴェルドにシリルが首を傾げる。
「確かに提出された書類を決済するのも仕事のうちだな。……まあ、シリルならあの二人よりは確実に早く終わらせるだろう?」
指差す先はレノとカイルの席。
それだけは約束できたので、シリルは頷いた。
「なら十分だ。あまり無理をせずに帰れよ」
「主任」
踵を返したヴェルドに思わず声を掛けて。
肩越しに振り返ったところで、微かに笑った。
「コーヒー、ありがとうございました」
仕事が忙しいことなど分かりきっているからそんなことは口に出さずに。
「ああ。お疲れ様」
笑みを返して、今度こそヴェルドが立ち去る。
てのひらにおさまったままのカップからはまだ熱が染みて、指先を解きほぐしていた。
それに促されるように積まれた書類を取る。
優先順に分けながら、時折コーヒーを口に含む。
ゆっくりと熱を失っていく、何の変哲も無いブラックコーヒー。
だがそれに乗せられてしまっている自分がいる。
警告のベルがひっそりと鳴り始めていた事に、そのときは気付きもせずに。

ひゃっほいオイラやったよ。ヴェルニチョ。 まあ、まだまだ手探り接触の二人ですが。 ところでヴェルニチョって同士様いらっしゃるのかしら? いや、しかしね。ニチョはちょっとヴェルドのこと好きすぎると思うんだ。笑。 イキナリあのセリフだからなぁ......(声には出してなかったけど)最初の時は思わず仰け反ったよ。

2006/03/20 【BCFF7】