揺るがぬ直進

入れられたのは警戒の厳重な施設。
もう少しうまく立ち回れば最初の施設から脱出できただろうかと、カイルは固い床に仰向けになったままぼんやりと考えた。
痛む体に深く息を吸えず、酸素の回らない頭で思考の靄を行き来しながら浅く呼吸を繰り返す。
もしかしたら一瞬気を失っていたのかもしれない。
不意に明確に意識が覚醒して、酷い痛みに顔を顰めた。
床についたままの頬に僅かに振動が伝わる。
荒々しいアバランチ兵のものではなく、滑るような滑らかさを持つそれは、扉の前で警戒するように止まった。
おそらく予想通りの人物だという確信が強くなる。
無様に部屋のど真ん中に倒れている姿なんて見せたくなくて、無理矢理起き上がる。
途端に痛みが全身を駆け巡ったが、やはり無理をして口角を上げて、扉を開けた人物と対した。
「カイル」
予想と違わぬ声が静かに名を呼ぶ。
カイルの口からも相手の名が零れた。
「シリル……わりぃ」
座ってる体勢からそれでも手を借りずに立ち上がると、全身が悲鳴を上げる。
それでも何気無いフリでこちらを見るシリルの前に進んだ。
取り上げられた筈の己の武器が、その手から戻ってくる。
「行くぞ」
「ああ、さっさと出ようぜ」
シリルが先に立ったのをいい事に、僅かに唇を噛んで痛みをやり過ごす。
既に警報が鳴り響いて、牢から繋がった大広間には複数の敵の姿が見えた。
痛みの程度を己に問う。
まだいける。
一人じゃないという心境も手伝って、強気な結論が出た。
一歩踏み出してシリルの隣に並ぶ。
「待て、カイル」
もう一歩を踏み出しかけたところで腕をとられて振り返った。
口を開く前にカイルの身を包んだのは癒しの光。
嘘のように痛みが消える。
「もしかして気付いてた?」
「当たり前だ。でなければ俺に止められる前に飛び出しているだろう」
「かなわねぇな」
苦笑して手にしたロッドを握り直す。
もう一度、静かな声がカイルの名を呼んだ。
「燻っているのは性に合わないんだろう? 行って来い。援護はしてやる」
珍しくシリルの口数が多いのにカイルの苦笑は笑みにかわる。
腕を離した手は軽く肩を押す。
軽く掠めて去った熱に後押しされて、今度は本当に余裕の表情で口角を上げる。
「リョウカイ!」
そのほうがカイルらしい、と一瞬だけシリルが口元を緩めたように見えた。
痛みが消えた体は軽く、速い足を生かして止められる前に敵をなぎ倒す。
背後から銃声が聞こえたが、カイルは止まることをしなかった。
聞きなれた音で発せられる銃弾は、絶対に自分に当たることは無いという信頼がある。
「余所見してると怪我するぜ! っと」
余裕の口調まで誰かを真似て、残った二人組の敵に突っ込む。
ステップで直角に方向を修正しながら逆手で握ったロッドを大きく振って一度に二人を撃沈させる。
ついでに床に這った二人を思いっきり踏みつけて近くまで移動してきていたシリルの背後についた。
「さっさと出ようぜ。こんなとこ」
「……ああ」
急に調子良くなったカイルの言葉に無駄口を返す事無く、シリルが頷く。
二人はそのままの勢いで通路を駆けた。
シリルが侵入してきた箇所から飛び出せば、地上の光が瞳を焼く。
「助けてくれてサンキューな」
身柄という意味だけでなく。自分は突っ走っていていいのだと肯定してくれた事に。
「構わないが、少しは気をつけろ」
「分かってる。シリルもな」
頷いたシリルに笑いかけて、そこで二人は敵の目を誤魔化す為に別れ、それぞれの方向に走りだした。
少し進んだカイルの行く手に先回りしたのだろう敵の姿が見える。
先程と同じように余裕の表情を作って。
カイルはその中に突っ込んでいった。

ロドニチョというかロッド&ニチョな気がする。 何気無い言葉で背中を押してくれるというのは、本当に力になると思う。 自分の書くものがそんな風に誰かの背中をほんの僅かでも押せるといいな。

2006/08/08 【BCFF7】