grooming

「おまえさん、何やってんだ?」
「……見て分かるだろ。ひっかかってんだよ」
はあ、と溜め息を吐いて、言葉通りノイバラに絡まっている少年は、顔をしかめた。
さては絡まっているにもかかわらず、思わず尻尾でも動かそうとしたのか。
いててと小さく零して、男を見上げる。
「ジェクト。助けてくれる気、ない?」
「そりゃかまわねぇけどよ」
ひょいと片眉を跳ね上げて、ジェクトは少年に近付く。思ったよりも盛大に絡んでいる尻尾と、あちこちの擦り傷に呆れるように息を吐いた。
「どーやったらこうも盛大に絡まるかねぇ」
「文句はクジャに言ってくれ……」
君らしくてお似合いだよ、ジタン。そんな風に笑って去って行った姿を思い出せば、つい毒が出る。
「ああ。原因はあいつか」
苦笑。もはやお互いにそれしか無い。
無造作に手を伸ばしたジェクトが少年の柔らかい髪を掬う。
結わえている髪を解かれて、ひっかかりがとれると、ようやく中途半端に後に引かれていた感覚が消えて、ジタンは少しの安堵とともに項垂れた。
「……首が痛い」
「ま、そうだろうな」
どれだけ絡んでいたのか知らないがと笑うジェクトは、丁寧にイバラをジタンの身体から引き剥がしていく。
足、腕、と順に自由になるが、最大の敵が残っていた。
柔かな毛が生えた尻尾はどこよりも盛大に絡んでいて、見なくても散々な状態になっているのは予想が付く。
「あー……お前さん、小さいナイフかなにか持ってないか?」
「あるよ。左腰に付いてる……あ、それ」
言われるがままにジタンが腰から下げているものの内側に嵌め込まれた小振りのナイフを引き出す。
中途半端な体勢で膝をついたジェクトに首を傾げると、乗れと促された。
「何……ッ!」
「足付かなくて辛くねぇか?」
「だからってなあ……」
溜め息。純粋な好意だと分かるだけに複雑な心境になったのをそのまま表情に乗せてしまう。
目ざとく気付いたジェクトは、うっかり尻尾まで切るといけないからと笑った。
「気にすることねーよ。おまえさん一人分くらい軽いもんだ」
「まあ……それはわかるんだけどさ」
乗ってしまってから、靴のままでは痛いんじゃないかと考えが及んだが、本人が良いと言っているんだと開き直って、安定させるために肩に掴まる。おかしな体勢だが、絡まったものが解放されるまでは仕方が無いと己に言い聞かせて待つと、さくりと軽い音がした。
思わず身を竦めるが、すぐに毛が切られたわけではないことは分かる。
それでも見えないままで切る音だけするというのはどうにも落ち着かない。
ジタンの内心を見透かしたのか、ジェクトの肩が小刻みに震えた。
「笑うなコラ」
「そりゃ無理だ」
指摘してやれば、隠すことを諦めてげらげらと笑う。だが、その手は止まることなく、解放を優先するようにイバラを切って捕らえられていた尻尾を救出する。
「うわっ」
急に動くようになった尾に逆にバランスを崩して、ジタンは肩に添えていただけの手に力を入れてジェクトにしがみついた。
「今度は顔から突っ込む気か?」
からかいの声にも反論出来ない。
笑ってはいるが、それ以上からかうつもりは無いらしく、ジタンの身体を片手で担ぎ上げたジェクトは近くの木の下に移動する。
「下ろせよ!」
「あぶねっ。まだ棘残ってるんだから尻尾を振るな」
「……悪い」
確かにジタンはこの世界では小柄なほうで。コスモス、カオス陣営を問わず体格に恵まれたものが多い中では仕方がないと割り切っているつもりではあった。だが、いくら体格差があるといえ、こうも軽々と運ばれるのはいい気がしない。
「いや、こっちこそ悪かったな」
逆に謝られて、卑怯だろうと罵倒をかみ殺す。
地面に下ろされ、軽く頭の上で跳ねる掌に、座ることを促されていると気付いて、大人しく従った。
「ほら、尻尾かせ」
「あとは自分でするって」
「ばーか。先はともかく、根元近くは見えないだろ」
最初から勝てないと分かっていても、多少反発はしたくなる。
見透かすように笑われてジタンは諦めた。
振るなと言われたために体に寄せていた尾を開いて、ジェクトの手に乗せる。
「ブラシとかは?」
「ある……けど」
まさかそこまでするつもりなのかと嫌な顔をしたジタンだが、ここまできたらさせてくれないのかと逆に問われて黙り込んだ。
丁寧に尾に絡んだままの棘を外していくジェクトの指先は、ジタンが思っていたよりはずっと器用で。
絡まっている間、宙吊り状態だったジタンは、そろそろ疲れてどうでもよくなっていた。
ジェクト相手に不意打ちを食らうとか、そういった心配をするだけ無駄だとすでに知っている。
ばからしくなって、いつも使っているブラシを投げ出した。
「あんまり強くするなよな」
「信用ねえなあ」
言葉とは裏腹の、楽しそうな声。
溜め息を押し出したジタンは、俯いた拍子に落ちてきた髪の毛に払って、そう言えば結紐もとられたままだと気付いた。
「かなり派手に絡まってるから苦労するなこりゃ」
言葉のわりに楽しそうな声は、隠しきれない笑いを含んで、ジタンの背を撫でる。
先の方から少しずつブラシがあたる感触がして、時折ひきつるような痛みが走った。
それでも、予想していたよりはずっと軽い。
「ブラッシングなんて面白いか?」
「おう。あんま経験できるコトじゃねーしなー」
猫は尻尾の手入れなんてさせちゃくれないだろうと告げるジェクトに、自分が猫扱いされたことを悟ってジタンは渋い顔をする。
彼の手が根元近くに移動するに従って、言いようもない居心地の悪さを覚えるが、文句を言える立場でもない。
「時間がかかりそうだな。疲れてるなら寝ててもいいぞ」
「誰が寝るかよ」
大体やってもらっておいてそれは無いだろうと笑う。
根気のいる作業だろうに、ジェクトは最後まで手を抜かなかった。
時間をかけて丁寧に整えられた尾は、気持ちいいくらいさらさらの手触りになってジタンの元に戻ってくる。
「どだ?」
「気合い入れすぎだろ……オレなら途中で飽きてるかも」
それでなくても、自分でやる場合、見えない根元の方は疎かになりがちだ。
「たまにはいいだろ」
大雑把そうに見えて意外だと笑ったジタンに、ジェクトは反論することなくよく言われると笑って頷いた。
ブラシを返してきた彼の手がそのまま黄金の髪に伸びて軽く指を滑らせる。
気付いた時にはいつものように纏めて結われていて、この男は基本的に器用なのだなとジタンは息を吐いた。
「さんきゅ。助かった」
仰向くように首を捻った視界に、逆さまにジェクトの笑顔が映る。
笑みを崩さぬままで彼は立ち上がった。
「ああ、そうだ。細かいからって油断せずに傷の手当てはしろよ」
「分かってる。心配する奴がいるからな」
「そういうこった」
それは別に自分の仲間達だけのことではなくて。成り行き上怪我をしていることを知ってしまったジェクトも入るのだということを知っている。
にやりと共犯者の笑みを浮かべたままで軽く手を打ち合わせて。
綺麗に整えられた尻尾を振って別れを告げると、彼は同じように手を振って、あっさりと消えた。
「あーあ。困るよなあ」
視界に揺れる尻尾と手元に残ったブラシ。
そういえばナイフは取られたままだと気付いて、ジタンは立ち上がった。
「やっぱり返してもらわないと、だよな?」
誰にともなく呟いて、歩き出す。
次に会ったら何と言ってやろう。とっておきの悪戯を考える子供のようにジタンは忍び笑う。
浮かれた尻尾が上を向いて、その背を追って行った。

ジェク&ジタ。マイナー上等! 毛繕いネタはいろいろとあると思いますが、なんでジェクトを持って来ようと思ったのか自分が一番己に問いつめたい。 でも一番書きたかったのは毛繕いよりも救出中にジェクトに掴まって大人しくしているジタンの姿だったりする……苦笑

2009/09/17 【DFF】