彼方の記憶

「なんだ」
「んー?」
 ちょっと実験っていうか……
 曖昧に笑って、バッツは無理矢理引き寄せたスコールの頭を膝に乗せた。
 仰向いた彼の表情が全力で不機嫌だと語っている。
「そんな恐い顔すんなって。別に何しようってんじゃないからさ!」
 またろくでもないことを考えていないかとか、己の普段の行動を振り返ってから言えとか、何を言っても結局無駄だろうとか。
 スコールの頭の中には瞬時に言葉が渦巻くが、それが外に出されることはなく。むっつりと黙り込んだ状態でいれば、自然とされるがままになってしまう。
 バッツも最初から分かっていて手を出したのだから、きちんとした説明がもたらされることはなく、口の端だけを歪めるような曖昧な笑みのままで、スコールの目元に手を翳した。
「おい……」
「悪いんだけどちょっとそのままでいてくれないか」
 笑っていたはずの声はいつの間にか真剣味を帯びていて、スコールもそれ以上強く抗議することが出来なくなる。
 諦めて力を抜いたことで、それ以上抵抗する気はないと察した彼が、閉じた瞼に触れた。
 ありがと。と、小さな呟きを聴覚が拾う。
 バッツは微動だにせず、身動き出来ないスコールの方はよくわからないまま思考の渦に巻き取られて。
 ふと、思い出す。
 眠っていた……あるいは気を失っていた自分にこんな風に触れた手がなかったかと。
 頼りなさすぎる記憶は、光を失って荒廃し、辿るべきはずの地面が途切れた行き場のない世界を映し出す。
 砂を踏む軽い足音。
 もちろんそれは目の前に居る青年であるはずもなく、ならば誰だと己に問いかけても答えは返らない。
 また思考の渦が回り始める。
「やっぱダメか」
 溜め息と共に諦めたような声が降って、スコールは思わず現実に己を固定した。
 バッツがこうも丸投げで諦めるのは珍しい。
「何が駄目なんだ」
 面倒ではあるが口を開けば、今度はバッツが珍しいと笑った。
「んー。前ちょっと……」
 怪我して同じように寄り添っていた時に微妙な顔をしただろうと告げられて首を傾げる。
「覚えてないか。でも、おれもその時似たような状態だったと思うんだ」
 何か思い出せそうなのに、うまく思い出せなくてもやもやする。
 それはたった今スコールが感じたことそのもの。
「あんたもか」
「やっぱりか」
 同じだと告げてやれば笑みを含んだ声が返る。
 スコールが手を伸ばして己の瞼の上に乗った手を外させても、バッツは何も言わなかった。
「……理由」
「ん?」
「俺たちをこの世界で戦わせるため、か」
 記憶を封じ、帰る場所を封じ、ただ目の前の敵を倒すのに迷わないように。
 それにはあたたかい場所は邪魔なのかもしれない、と思う。
 心を許したものがあれば縋ってしまう。疑問を挟めば戦えない。
 戦う理由に迷っていたあの兵士のように。
 いつかの己のように……?
「スコールはもうちょっと気楽に考えた方がいいと思うぞ」
「余計なお世話だ」
 これも珍しく、間髪入れずに入った拒絶にバッツはまた笑う。
「そうそう、その調子」
 子供は素直が一番、ってな。
 一番子供っぽいヤツに子供扱いなどされたくないと反発するスコールを一蹴して、バッツは遊ぶようにその体を引き寄せた。
「やめろ、この……ッ!」
「なんだよ。切なそうな目をしてたくせに。こうやってぎゅーってしてくれる人は思い出せたのかー?」
「だからってあんたがするな!」
 どこにこんな力があるんだと問いつめたくなるほど力いっぱい抱きしめられてスコールは眉を寄せた。
 痛いと言わないのを良いことに力を緩めないバッツが口角を上げる。
「なーにやってんだ」
 お前ら。
 呆れたような口調と、様子を伺うように揺れる尻尾。
「ジタン、見ていないで助けろ」
「お? スコールがそういうこと言うのなんて珍しい」
 本気で締まっているのが分かるから、ジタンはそれ以上からかうことなくバッツの腕を引き剥がした。
「ちぇー。ジタンってばスコールの味方ー?」
「時と場合によってはな」
 膨れ面してみせたバッツだが、顔も見ぬまま即答されてがっくりと肩を落とす。
 改めて何をやっていたんだと聞いたジタンに、バッツは曖昧な笑みを返した。
「スコールが寂しそうにしてたから胸を貸してやってたんだよ」
「誰がだ!」
「あーもういい。だいたいわかった」
 ひょこ、と尻尾を器用に振って二人を止めると、ジタンは彼らの間に割り込んだ。
 バッツが目を瞬かせ、スコールは無言で身を引いて、彼が座れるだけの場所を空ける。
「なんだ、ジタンも寂しいのか?」
「そっ。だから癒してくれよ」
 バッツの問いを肯定するジタンは笑っていて、とてもそうは思えない。
 それでも何かを感じたのか、バッツはよーしと気合いを入れてジタンを抱きしめた。
 スコールは手を出してこないが、バッツの標的がジタンに移ったことでどこかほっとしているのが分かる。投げ出された腕にそっと尻尾を絡ませても拒否されることは無く、ジタンは満足して瞼を下ろした。
「バッツー、眠い」
「お子様は寝ろ寝ろ。あ、スコールもな」
 ジタンが無言だったことで、自分も倣うほうがいいと判断したのか、スコールからの返答は無い。
「おやすみ」
 からかう色を無くした、どこまでも優しいバッツの声に誘われて、スコールもジタンもゆるりと微睡みに落ちていった。

スコール練習……な589トリオ。 スコールが思い出そうとして思い出せないでいるのはリノアでも以前の輪廻で情を分け合った誰かでもお好きに想像下さい。

2009/08/21 【DFF】