つくられたかたち

なんだってこんなことになったんだか。
男は溜め息とともにそんな言葉を吐き出して、眼前の不毛な光景を見遣る。
動いているのは邪念宿った大樹のみで。その周りに大量に存在するのは出来損ないとして打ち捨てられた人形達。
積み上がった石と、砕けた砂。
それらを混ぜ合わせて、大樹はまたひとつ、新たな人形を生む。
大樹が執着する青年のかたちをとったそれは、次の瞬間作り主の手によって放たれた刃によって砕けた。最後の瞬間、今までのものとは違い、一瞬でも攻撃を防ごうとした仕草を見せたそれに、低い笑い声を響かせる。
張り出した岩の先に座り込んでそれを眺めている男にとっては、人の形をしているものを砕くのはやはり多少抵抗があるが、人ならざる大樹にはそんな感情は無いらしい。
次から次へと自ら生み出したものを葬っていく様は人ならば狂気じみていただろうが、それを当てはめるのも違う気がする。
作業というよりも執念による研究、という感じがした。
「どうだ」
不意に。第三者の声が響く。音もなく姿を見せたのは、全身を金と紫とで飾った男。
「皇帝か」
またひとつ。作られたばかりの人形が大樹に貫かれて砕ける。
興味も無さそうに現れた相手を呼んだそれは、すぐに次の作業に戻った。
周囲には、ねっとりとした、マグマのような力が渦巻いている。自らを呼んだ存在、混沌の神の力だと、言われなくても分かった。
この場所は特にその力が強く、だからこそ人形を作るのに適している。
「エクスデス」
名を呼ばれて、大樹は大儀そうに振り返った。
「今一歩、と言ったところだな」
ただ突っ込んでいくだけの人形ではもはや役に立たない。
調和の神の下に集った戦士達は、傷付きながらも進むことを諦めない。ならば、こちらも相応の用意をして歓迎するのが筋と言うものだ。
目の前で繰り広げられる会話に、男はさりげなく視線を逃がして息を吐いた。
そもそも好きでこの場に居るわけではない。話をしたいと切り出した男に対して、用があるから待っていろと皇帝が指定してきた場所がたまたまこの場所だっただけの話だ。
彼の口振りからすると、この場に訪れるのも用の一部だったのだろう。
男には興味のない会話が交わされて、今度は皇帝がひとつの人形を作り上げる。
それが己の姿をしていることに気付いて、彼は今度こそ渋面をつくった。
本人が目の前に居るというのに、趣味が悪い。
「行け」
あまつさえ、それをけしかけてくるなど。
「ったく、めんどくせえな」
鉱物が擦れるような、固い音が混ざる人形の声がすぐ近く。
拳を振りかぶったそれに合わせるように男は座っていた岩を蹴った。炎を思わせるあかいろが空を滑る。
がきりと。
同じように焔の色を纏った拳が途中でそれを中断させる。
無反応のままで崩された体勢を整えようとする相手を見遣って、男は口端を上げた。
「おせえよ」
相手のガードは間に合わない。
その間にしっかりと蹴りと拳を叩き込んで、ついでとばかりに地面に叩き落とした。
狙い通り、ちょうど皇帝が居る位置に落ちていったそれは、半ばで皇帝の魔力に絡め取られて四散する。
「……ジェクト」
不機嫌を隠そうともしない声音が男の名を呼んだ。
中空で腕を組んだジェクトは、からからと笑う。
「先にけしかけてきたのはそっちだぜ。文句を言われる筋合いはねえよ」
落ちた位置が悪かったのはたまたまだというジェクトの主張は、冷笑ひとつに叩き落とされる。
「よく言う。もっとも、それでどうこうしようなどとは思っていなかったようだがな」
「まあな。あんな分かりやすいの……避けるか砕くかどっちだぐれーは思ってたがな」
最初から分かった上での嫌がらせ。
すとんと地面に降り立ったジェクトは、皇帝と正面から向き合った。
「んで?」
皇帝サマの思惑は、と。問えば冷笑は緩い苦笑に溶ける。
「単なる嫌がらせだ」
堂々と言い切って胸を張る皇帝に、ジェクトは呆れるように溜め息を落とす。
成り行きを見守っていたエクスデスも低く笑いを響かせたところを見ると、どうやら自分はダシにされたらしい。
ったく、と零してジェクトはその場で砕けたイミテーションの欠片を眺めた。
「どうやら必要なのは人間も人形も変わらないらしい」
「どういうこった?」
「ある程度の動きを与えてやることは出来る。だがそれでは応用が利かない」
必要なのは経験だ、と。
エクスデスが口を挟み、砕けたイミテーションの傍に寄った皇帝がひとかけらの石を拾いじゃあ上げる。まるで模造した本体を表すかのように灼熱の色彩をもったそれは、彼の手の中でまだ生きていると主張するかのように光を反射した。
「記憶するための石。個であり、全であるもの」
「なんだそりゃ?」
見ろ、と。告げた皇帝の手の中で、石を中心にしてもう一度イミテーションが姿を現す。さきほどと同じようにジェクトの姿を写したそれは、今度は行けと命じられても慎重に歩を進めてジェクトの前に立った。
「へえ。おもしれえな」
そのまま成長すれば自分と同じように戦うのだろうか。
それはぞっとするようで、甘美な誘惑を同時にもたらす。
こいよ、と。
挑発するように手招いて、ジェクトは口端に笑みを刻んだ。

ジェクトとエクスデスと皇帝の話。無料折本でした。まさに誰得? という感じ。 誰得すぎてサイトに格納するのすら忘れてたんだぜ(爆笑)

2010/05/05 【DFF】