休息の水辺

「水だ!」
感激した、とでも言うような。少しの疑惑と多大な期待を込めた叫びは、吹き抜ける風のように青年の側を駆け抜けていった。
細く残して留められた銀の髪が勢い良く輪を描いて、持ち主の青年が降り返ったのは派手な水音が上がった後。
思わず苦笑を零した彼は、ゆっくりと今し方派手に上がった水柱でひろく濡れた岸に寄った。
「やれやれ。いきなり飛び込んで大丈夫だったのか?」
ティーダ。
呆れたような呼びかけは満面の笑顔に迎えられる。
「オレのフィールドは元々水の中だから全然問題ナシ!」
準備運動ならついさきほどまで戦っていたのだから十分だろうと言って再び水に潜ってしまったティーダに、青年は溜め息を落とした。
今彼らが居る場所は、崩れかけてはいるが元々はひとつの世界を構成していたもので。
イミテーションと言われる戦士たちを模した存在はある程度決まった広い空間に固まっていることが多い。戦闘となれば、敵味方が入り乱れることが分かっているからか、時折取り残されたように存在する森や、こういった水場にイミテーションが現れることはほとんどなかった。
だからこそ、ゆっくりと戦闘の疲れを癒すことも出来る。
この場はまだ昼の領域らしく、太陽の姿こそ見えないものの、柔らかい光が満ちている。
過去には水に削られていたのか、ゆるく滑らかな表面を晒した岩に触れてみれば、十分に光を吸収して暖かかった。
「フリオニール!」
名前を呼ばれたのに続いて、何をしているのだと疑問が飛ぶ。
呼ばれた青年はやはり溜め息を落として、ぷかぷかと水の中から頭だけを出しているティーダを見て。
堪えきれずに吹き出した。
「何で笑うッスか!」
「自分の姿をこっちから見たらわかるかもな」
自分じゃ見れるわけ無いだろうと膨れるティーダを笑い飛ばしたフリオニールは、そのまま岩の近くで小さな砂利が溜まっているあたりに枝を集め始める。
何をしようとしているかを悟って、ティーダは何も考えずに飛び込んだことを後悔したように苦い顔。
しばらく考えていた彼は、水の中から声を上げた。
「オレ、魚とってくる!」
どうやって。フリオニールの問いを聞く前に水を含んで重くなった金の髪が水中に沈む。
青年の口から、溜め息混じりの苦笑が落ちた。
できるだけ乾いた枝を集め、浅く砂利を掘って火をおこす。
そこまでした後で、ティーダがまだ上がって来ないのに気付いて、フリオニールは軽く眉を寄せた。
彼が、ブリッツボールという水中で行う競技の選手であることは本人の口から聞いている。
そのために長く潜っていられるのだと言うことも聞いていたが、実際に見たわけでもないフリオニールには彼がまだ魚を追いかけているのか、万が一があって溺れているのかの判断が付かない。
すぐ傍まで寄ってみるが、流れがぶつかって波を作るせいか、表面に光が反射するせいか、水面からでは中の様子を伺えなかった。
考えたのは一瞬。フリオニールはおこした火から十分な距離を見て武器を置き、マントと防具を外すと、水の中に入り込んだ。
澄んだ流れは、思ったほど冷たくはない。
大きな岩があるあたりの底は深いが、潜ってみてもティーダの姿はなかった。
どこに行ったんだと思考だけで毒づいて首を巡らせる。
水中らしいぼんやりとした視界は探し物に向かず、息の続かないフリオニールは何度も水面に浮かんだ。
何度目かで、岩場のあいだで力なく跳ねる物体に気付く。
潜りかけていたところを慌てて変更して視線を動かせば、張り付いた服を難儀そうに脱いでいる人影が見えた。
「ティーダ!」
「あれ? フリオニールも魚探すッスか?」
服脱いでからにしたほうがよかったのにと間の抜けた声を出すティーダは、フリオニールに心配を掛けたとは思わないだろう。
彼にとってはその長さを潜っていることが普通なのだ。
「いや、洗濯がてらの水浴びだ」
どうせ濡れた服を脱ぐなら水の中の方がいいぞと続ければ、それもそうだと笑って、元々少ない防具と装飾品だけを外して、ついでとばかりに火をつついて。
ティーダはフリオニールの近くまで泳いできた。
「水の中の方が動きやすそうだな、おまえは」
「実際シーズン中は殆ど水の中だからな」
「それはすごいな」
自分にとっては普通のことだと笑って。手早く服を脱いでいくティーダは言葉ほどきちんと以前の現実を覚えているわけではない。
それは、記憶であり、願望であり、祈りだった。
もっとも、聞き届けるのはこの世界の神ではない。もしかしたらその相手は、彼がことあるごとに口にする彼の父親なのかもしれなかった。
さっさと全て脱ぎ終わったティーダが自分の服をまとめて水面近くまではり出した岩に上げる。
同じように服を脱いだフリオニールだが、そこで違和感に気付いた。
「下着まで脱ぐ奴があるか!」
焦ったようなフリオニールの声に、もうひと潜りしようかと考えていたティーダは、何を言われたか分からないというように首を捻った。
「って言われても……一回絞らないと乾きにくくて気持ち悪いッスよ?」
冷静なティーダの言葉にフリオニールは赤くなって、誤魔化すように潜ってしまう。
ぶくぶくと派手にあぶくが浮いて、長く潜っていられない長身はすぐに顔を出した。
「何動揺してるッスか? 別にティナがここにいるわけでもないのに」
男同士で何を恥ずかしがる必要があるのだと言うティーダは、仲の良い友人とバカをやっている感覚なのだろう。
フリオニールは、自分自身に苦笑して、彼の助言に従って残っていた服も全て脱いだ。
水を吸った布を岩の上に放り投げてティーダを振り返る。
「居たらそれこそ問題だろう。彼女の騎士に膾にされかねないぞ」
確かに。と頷いた彼は、状況を想像したのかぶるりと身を震わせて笑う。つられるようにフリオニールも声を上げて笑った。
「……火が小さくなってきているな。少し遊びすぎたか」
「そうだ、魚! 放り出したまんまだ」
「じゃあ上がってメシにするか」
「りょーかい! あ!」
なんだ、と問う前に動くなよとだけ叫んで金髪が水中に消える。
フリオニールがその場で硬直すると、ティーダは彼の体を回るようにして何かを追いかけ、すぐに浮かんできた。
「もう一匹ゲット!」
「水面越しでよく分かるな」
突然の行動の意味が分かれば、出てきたのは賞賛の言葉。
へへへ、と笑ってティーダは岸に上がった。
まだ生きのいい魚が跳ねる。
「フリオニール?」
「ああ、今行くよ」
水を跳ねて岸に上がる。濡れた服は絞って岩の上に広げて。
火の側に寄ったティーダは随分と弱くなってしまった火を大きくする。
裸のままだが、特に気にはしていないらしい。自分の服は水中対応の素材だからすぐに乾くのだと笑った。
誰もいない入江で泳いだあとは岩の上でひっくり返っていたと語る声に懐かしさが滲む。
フリオニールは真似をして裸で居ることも出来ず、脱ぎ捨てていた己のマントを拾った。
「なあ、フリオニール」
「なんだ」
「ごめん。それと、ありがとな」
突然すぎる言葉にフリオニールが固まる。
「……突然だな」
「オレ、さっきは気にしなかったけど」
心配してくれたんだよな、と殊勝な顔で問われればフリオニールは苦笑するしかない。
「気にするな。驚いたのは確かだが、聞いていても実際見るまでは信じなかっただろうしな」
もう一度ありがとうと呟いたティーダはくしゃりと笑って。
それを誤摩化すように背を向けた。

DFFまさかの一発目はティフリ(っていうかティーダ&フリオニール) 10好きなんだ……ティーダもジェクトも大好き。 しかしこれ、思いついたネタはどうしようもなく下ネタギャグだったのに、いつの間にかそんな気配は微塵も無いプチシリアスになってました。 フリオがお兄ちゃんぽいからだろうか。

2009/04/04 【DFF】