そらまめいろ

「どうしたんだクラウド、辛気くさい顔して」
「……バッツか」
どこまでも明るい声に、部屋の端に座り込んで作業をしていたクラウドの手が止まる。
彼の目の前にあるのはすでに茹でられた後の豆。
その中身をさやから出して薄皮を向き、器に溜めながら、しきりに溜め息を吐いていれば嫌でも気付くだろう。
わざとだとでも言うように大人気ない行動をしたクラウドに少し笑って、バッツは彼の前に屈み込んだ。
今二人が居るのはふとした拍子に秩序の聖域の近くに出現したそれなりに大きな屋敷の厨房で。ちょうど良いからと、全員が揃うまでの間、拠点として使っている建物だった。
あと合流していないのはウォーリア・オブ・ライトのみで。その彼も近付いていることが感じられるから皆に不安は無い。
バッツが出て行くとき、同じ食事当番だったクラウドに頼んでいった作業は進んでいる。とろとろと煮込まれている鍋の中身は大量の野菜を惜しげも無く閉じ込めたブイヨンだし、合間に余裕があったらと頼んでいたそら豆を塩茹でにする作業も終わっている。だとすれば溜め息の原因は別のところにあるはずで、分からない以上は聞くしかない。
「……なんだ」
「ん?」
頼まれたことはちゃんとやっているだろうと告げるクラウドに、バッツは笑ったまま首を傾げた。
しばらくそうやって眺めていればほんの少しの違和感に気付く。
確かにクラウドは手を止めてはいない。そしてさやを取る手つきも、薄皮を剥く指先も丁寧で、バッツに見られているということを気にしてはいるものの、特に態度が変わった所はない。
だが、勘とでも言うのか。バッツの中で何かが違和感の正体を告げた。
「もしかして……それ、苦手?」
ぷちん。
勢い余って真上に飛び出した豆をひょいと受け止めて、図星かと笑う。
なんで分かったとでも言いたげなクラウドに受け止めた豆を返して、彼は立ち上がった。
「ただの勘だよ。なんかちょっと意外だな」
「そうか……」
今やクラウドの手は完全に止まっている。
もっとも、作業自体はほとんど終わっていたから、バッツは首を捻ったままクラウドの言葉を待った。
かなりの沈黙を挟んでから、食感が苦手なのだと苦く告げる声が響く。
「食感?」
「ほとんど味も無いのに小さなかけらが後まで口に残るだろう」
クラウドの主張にバッツは何度か瞬きを繰り返して。理解すると同時に破顔した。
「そーゆーことかあ。なんだ」
もっと深刻な理由かと思ったと笑うバッツだが、本人にとっては真剣な悩みだということも分かっている。
クラウドは出されたものは何でも淡々と食べるが、元々好き嫌いは多そうだと思えるから余計に面白かった。
笑いを収められないでいるバッツを多少の不機嫌を混ぜ込んで睨んだクラウドは、大丈夫だって、と笑う彼の言葉に誤魔化される。
「平気なようにしてやるよ」
待ってろ、と。
自信満々に告げて、バッツは火の前に陣取った。
いつの間にか出現した香草と、先程取って来たらしい鳥の肉が彼の隣に並ぶ。
「何を作る気なんだ」
「できてからのお楽しみ。クラウドはちょっとあっち頼む」
バッツが示した先にあるのは寝かせてあったパンの生地。
「前も一回やったことあるから分かるだろ?」
「分かる……と言えば分かるが……」
いまいち不安そうにしているクラウドを、何事も経験だろうと切り捨てる。
仕方なくと言うように、クラウドも寝かせていたことで膨張した生地に手を伸ばした。
そんな様子を眺めて確認してから、バッツは鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌で笑う。
深鍋にオリーブオイルとバターを合わせて熱し、刻んだ玉葱と生姜。適当にばらした肉をゆっくりと炒める。
オリーブオイルの食欲をそそるいい香りが漂いはじめた。
米を入れて油と馴染ませ、葡萄酒を注ぎ、アルコールは飛ばして香りを混ぜ込む。ほどよく水分がとんで軽い音がしはじめると、クラウドが怪訝そうにこちらを見ているのが気配で分かった。
応えてはやらない。
せいぜい気にすればいいと内心だけで舌を出して視線を無視した。
強く問い掛けて来ることが無いのは分かっている。
米が被るくらいのブイヨンを入れて水分が無くなったら足すことを繰り返し、少し芯があるかな、という程度で塩と少しの黒胡椒で味を整え、チーズをくどく無い程度にほんのりと擦り下ろして混ぜ込む。
クラウドがせっせと剥いてくれたそら豆と合わせて温め、熱した小分けの器に移したら細く切った茗荷を乗せ、途中で避けておいた肉をのせれば完成。
ふわりと香るのはブイヨンに溶けた野菜の甘さと生姜の爽やかさ。
「よーし。でっきた」
クラウドのほうはどうだ?
満足して振り返れば、何とも微妙な表情ではあるが、きちんとパンを焼き上げたクラウドの姿が見える。
いつの間にか一人増えた面子は、にぱりと太陽の笑顔で調子良くサラダや他の細々としたものを作っていた。
「うまそーっスね」
「おうよ! ここはちゃんと作れる場所があるからたまにはこういうのもいいだろ?」
匂いに釣られたのか、ひとり、またひとりと人が集まって来て、あっというまに運ばれた料理がテーブルに並ぶ。
野外料理ばかりが目立つが、作ろうと思えばそれなりに作れるというのを証明したバッツは、ちゃっかりとクラウドの隣を陣取った。
スコールとジタンが驚いた顔でこちらを見たのに気付いたが、心の中で謝って食事が始まるのを待つ。
隣にバッツがきたことでわずかに表情を歪めたクラウドは、溜め息を隠しながら木のスプーンを手に取った。
ちらりと伺ってから目の前の器から苦手だと言っていたものを掬う。
米と、茗荷と、そら豆と。
掬いきれなかった肉がするりと逃げて器の中で笑う。
傍目には分からないが、多少の葛藤と戦って口に運ばれたそれを咀嚼して飲み込む。
「……うまい」
バッツが破顔する。
一番知りたかった感想を聞いて満足したのか。厨房でのやり取りなど忘れたように彼は席を立つと、皆の雑談にまざって笑う。
クラウドの反対隣でティーダが首を傾げた。
「クラウドがうまいって言ったの初めて聞いた気がする」
「……そうだったか?」
「そーっスよ。あ、このパンもうまい」
むぐむぐと口いっぱいに頬張るティーダに笑みを零して、クラウドはもう一口、手をつけた。
柔らかな肉としゃきりとした茗荷の食感。
固めの米に柔らかな豆。
爽やかな生姜と、優しいチーズの香り。
反対の要素がうまく混ざり込んだそれは確かに美味しい。
苦手だと思っていたのは、知らなかっただけか。
そっと息を吐いて、クラウドはテーブルの反対側でいつもの二人と話をしているバッツへと聞こえない礼を投げた。

またしても私は何だってこう接点があまり無さそうな奴らを一緒に書くのが好きなのか……なバッツ&クラウド 実家に帰る時に東京駅地下の某リゾット店でライズしたネタです。 クラウドって好き嫌い多そうだよね→豆とか味無くてもそもそするから嫌だとか言いそう→ってか何このリゾットの豆めちゃうまっ! ……という過程を経て出来上がりました。我ながらアホすぎる。過程の描写は結構適当なので信用してはいけません(苦笑)

2009/08/26 【DFF】