遠い話

世界は崩れかけていた。
この場こそが世界の終わりとでも言うように地面は熱せられ、時折火を噴き上げる。
そんな中で見付けた赤い輝きは、穏やかな中にも厳しい声音で先を急ぐ戦士たちに言葉を届けた。
道は一つではなく。選ぶのは自分自身。
決して忘れないようにと告げて、道行く先を願う声に思い出す情景がある。
ふらりと尻尾を揺らめかせて、ジタンは遠くの空を仰いだ。
「あんたはいつも……何かを取り戻したい時に力になってくれるんだな」
ぽつりと。その唇から洩れた呟きを聞き留めて、少女が首を傾げる。
疑問系で名を呼ばれて、ジタンは苦笑を唇に乗せた。
「ごめんごめん。こっちの話」
「でも、なんか……切なそうな顔、してた」
カオスはもう目前。残り少ない時間も、近くにある威圧感も、全員が感じていることで。
襲ってくるイミテーションの強さが格段に上がっていることが、それを裏付けている。
最後の戦いの前に体を休めようという、誰からとも無く出た提案は満場一致で可決され、全員がほどよく距離を置いて思い思いに休息していた。
そんな中で、ジタンは直前に見付けた召喚石を手に火の傍。
隣にはティナ。反対隣にはティーダとフリオニール。
目の前には火を挟んでバッツとスコール。
少し離れたところでは、セシルとクラウド、そしてオニオンナイトの称号を持つ少年が話をしている姿もあった。
咄嗟に姿が見えない顔は、ひとつだけ。自らの名を覚えていない光の戦士。ウォーリア・オブ・ライトと呼ばれる彼は、先程近くを回ってくると行って席を立っていた。
ティナの心配そうな声に、バッツとスコールがじっとジタンを見つめてくる。その視線が話せと告げていて、ジタンはわずかに息を吐いた。
思い出したことがあるんだと前置きをしてジタンは少しだけ目を細める。
ぱちりと爆ぜた火が続きを促して、唇を湿らせた彼は口を開いた。
「元の世界のことだ。どこかから、ギリギリで脱出して……気がついた先に、老人が居た」
その老人は五つの話を集めて物語を作れと告げ、ジタン達はその話を集めた。
話を決めたのは一緒に居た少女。彼女の考えを聞いた老人は力になろうと力を秘めた石を証として残した。
それがジタンの元の世界のラムウだったと。
昔語りのような声音に、ティナが複雑そうな表情を見せる。
「……そのお話は、どんなお話だったの?」
「うーん……聞いても、あまり楽しいものじゃないぜ?」
「それでもいいの」
きかせてとねだったティナに、いつの間にか火の向こうのバッツやスコール、隣のフリオニールやティーダも二人を見ている。
「そうだなぁ……ちょっと曖昧だから間違ってるかもしれないけど……」
ジタンは語る。過去に聞いた物語を。
「昔、数多くの小国が帝国と争った頃。町で娘とふたり暮らしをしていた男に、反乱軍の小隊が助けを求めた」
小隊に恩のあった男は快くその頼みを引き受け、一同は雪原の洞窟を目指す。帝国の城に潜入するためのアイテムを探していた彼らは男の助けにより、雪原の洞窟の奥でそれを手に入れた。
ジタンの声は不思議な響きを持って、静かに周囲に響いた。
楽しい話ではない。と彼が最初に前置いた通り、最初を聞いただけでも不穏な空気が頬を撫でる。
ティナと、なぜかフリオニールの表情が固い。
「その帰り、一同は裏切り者の罠にはまるが、男の犠牲により危機を脱する」
だが、町に戻った小隊は、父の帰りを信じて待つ彼の娘に、何も語らず黙って去ったという。
「フリオニール? なんか辛そうな顔してるけど、平気っスか?」
「……大丈夫だ。それで、その話の結末はどうなってるんだ?」
心配そうなティーダに答えたフリオニールの後半は、ジタンに対する問いだった。
淡々と。それでいてゆっくりと話を思い出すようにジタンは語る。
「五つの話のうち、四つで成り立つと言われて選んだこの話の最後は、こうだよ」
落石が裏切り者の罠だとしても、娘が親を失ったことに変わりはない。故に言葉ではなく死にむくいる行動で語ろうとした、それは後の英雄をうかがわせる話だ、と。
「そんなんじゃないさ」
唐突に。
否定の声を上げたのはフリオニール。
皆が揃って瞬きをひとつ。
「フリオニール?」
心配そうなティーダの声。フリオニールは俯いて、何かを堪えるように瞳を伏せた。
ティナが細く息を吐く。
「娘さんは、どう思ったのかしら?」
「それは語られてない。でも、もうひとつある」
選ばなれかったもう一つの話。一緒に居た黒魔導士の少年はどちらも本当だと言っていた。
「それは?」
「人間の話さ」
落石を裏切り者の罠とした彼らの報告は、あやまちを隠す偽りで。娘に黙って去った行動が、彼らの後ろめたい立場を示す。英雄もまた、人であったことを表す話、と。
「両方とも同じだよ。後世の歴史家が分析したという結末。どちらにしても、後付けの理由だ」
「じゃあ、それは事実じゃないのね」
固かったティナの表情がわずかに緩む。
「ちょっ……泣くなよフリオニール!」
瞼を伏せたフリオニールが泣きそうな表情を見せたことで、隣に座っていたティーダが気付き、焦ったような声を上げた。
よく響くティーダの声に、少し離れていたセシル達でさえぎょっとして彼を見る。
「大丈夫、何でもないから!」
バカ、と舌打ちしたジタンが声を投げて。セシル達に対してひらひらと手を振って笑ってみせる。
顔を上げたフリオニールも、泣いてはいなかった。遠目にもそれが分かったのか、それ以上訝しむ様子もなく、離れていた三人は会話に戻る。
あたりが落ち着いたのを確認して、ジタンはフリオニールに向き直った。
「で、何が『そんなんじゃない』んだ?」
返答は無言。
堪えるように引き結ばれた唇が、かえって何かを知っていると告げてしまう。
自らそれに気付いて、フリオニールは苦く笑った。火が爆ぜる間だけ沈黙して、詰めていた息を逃がす。
「……あの頃の俺達はとても弱くて。それ故に多くのものを犠牲にした。俺達がもっと強ければ。何度そう思ったか」
「もしかして、この話を知っているの?」
伝承ではなく体験として。途中で飲み込んだティナの言葉を、フリオニールは肯定する。
「何と言い訳しようとも、ネリーからヨーゼフを奪ったのは俺達だ」
街に戻ったフリオニール達が何も言わずとも彼女は察した。父がもう戻らないことを。そして心の整理を付けた彼女は誰を責めることもなく、自分の出来ることを見つめて行動を起こした。
「俺達は確かに皇帝の支配から世界を取り戻したかもしれない。でも、俺達が世界から奪ったものも沢山あるんだ」
「フリオニール……」
傍に居たティーダのほうが泣きそうな顔をする。
「おまえが泣くなよ」
「泣いてないッス!」
否定しながらもくしゃりと顔を歪めるティーダを引き寄せて、落ち着けと言うように頭を撫でてやるフリオニールは、辛そうな表情は消し切れていなかったが、わずかに口元が笑んでいた。
首を傾げたバッツがジタンの近くまで移動してきて、フリオニールとの間にしゃがみ込む。
「でも……それじゃあそのネリーって子はフリオニール達のこと、恨んでなかったんだろ?」
「分からない。本当は恨んだかもしれない」
それでも彼女はそのことに関しては何も言わず、反乱軍のリーダーであった王女に仕える道を選んだ。
小さな街では知ることの出来なかったことを見たいと。父が命をかけた理由を自分で知りたいと言って。
「なら、きっとその通りなんだよ」
その子も、フリオニール達が何も失っていないなんて思っていないだろ?
ジタンもゆっくりと瞬きをしてから、己の考えを声に乗せる。
「オレ、言ったんだ。あのとき。後付けされた解釈に意味はあるのか、って」
ラムウのおっさんは笑ってたよ。うっすらとジタンは笑う。
思い出したことは全てでは無いけれど。
召喚石を手にした時に聞こえた言葉は、あの時と同じ。
「話の最後は、どちらも同じ。だけど、自分で真剣に考えて選ぶことが重要なんだって。話の結末が一つじゃないように、オレ達が進む道も一つじゃないんだって」
「ひとつじゃ……ない」
「そうそう。だから、真剣に考えて……悩んだ末に選んだ結果なら、誰に何を言われようとも堂々としてていいんだよ」
そうだな、と即座に頷くバッツと、ほわりと微笑むティナ。
伝承の中の人物は。
英雄である前に人間で。そして人間であるからこそ英雄となることが出来る。
「オレとしては、第三の話を聞けたことが収穫なんだけど?」
ジタンは場を茶化すように笑った。
いつか帰ったら。この話を彼女にしよう。老人が提示したものではない。彼女が選んだものでもない話を。
「そうだな」
きつく腕を握られたままフリオニールが薄く笑う。もう一度ゆっくりと頭を撫でてやると、やっと安心したのか、ティーダの腕が緩んだ。
鼻をすすり上げてそっぽを向いたティーダをからかうことも無く、最初は何の話だったんだっけと頭を掻くバッツに、ラムウが助けてくれるという話だろうとスコールが答えた。
「ああ、そうそう。その、ラムウと会ったときは力を失って迷ってる時だったんだ」
もう何も出来ないと思う状況でも出来ることはある。考えろ、自分で決めて歩けと言って力を貸してくれた。
そして今も。
「だから、いつもそういう時に声をかけて……助けてくれるんだな、って思っただけ」
うん。とティナが頷いて。ジタンの持つ召喚石に掌を重ねて、目を閉じる。
どこか懐かしい。まるで祖父のような老人の気配。
「がんばろう、ね」
「ああ」
カオスまでは後少し。
必ず倒すと道を決めた調和の戦士達は束の間の休息に身を横たえた。

一部ほとんど出てない人が居てオールキャラ? って感じですが。 若干フリオニールにごめんと謝りたい。それとティナ側の話まで入れられなくてちょっと残念です……

2009/05/09 【DFF】