Totentanz 3

傷はさほど深くなく、行動するのに支障はなかった。
加減してくれたのだろうと分かるが、甘えているだけに思わず苦笑が落ちる。
手の中に握りしめた二つの銀は、バッツの温度が移ってすっかりぬるく。
見える風景には赤が混じる。
「ああ、ばかだよなあ……」
溜め息をひとつ。
いつもなら抑えられたはずの衝動は、中途半端にくすぶってまだ足りないと叫んでいる。
そんな自分をわかった上で、見ないように目を瞑って。
バッツは、残していったイミテーションが一掃された場所まで戻ってきた。
気配を探るまでもなくジタンとスコールは姿を見せたが、向けられる眼差しには多少警戒を孕んだ色が見える。当然だろう。それでいい、とバッツは内心だけで呟いて、痛みを伴った笑みを落とした。
「……ごめん」
言い訳をする気は無い。あの凶暴な衝動もまた、自分の一面であることを青年は理解していた。時折、まるで人が変わったようにと言う人が居るが、そもそも人間とはそういうものなのだ。
永く変わらない存在であり、一念に囚われて存在するあの大樹は、己が理解できぬそれに興味があるらしい。たびたび手を出してくるそれをバッツは苦笑しながらも流すことが出来た。今回もそうであったはずなのに。
どうしても落ちる声は小さくなる。殊勝に振る舞って、彼らが離れて行かないようにと。ずるい、ずるい自分。
「謝るなよ。バッツのせいじゃないだろ?」
やはりわずかに痛みを伴った声が返って、バッツはのろのろと顔を上げた。
半分だけ笑ったジタンは、すぐ目の前に居て。伸びてきた尾に、ぺしりと背中を叩かれる。
スコールは何も言わなかったが、最初の緊張を解いたのは気配で察せられた。
「いや、おれのせいだよ。おれが、強くなかったから」
何に対してとは言わなかったが、二人はそれで何かを察したらしい。
黙り込んだ二人の気配が揺らぐ。
再び衝動に引きずられそうになる自分を押さえつけて、バッツは手を開いた。
握りしめられていた銀が顔を覗かせて、少しだけ頭が冷える。
「スコール、ジタン。おれ、どうしよう」
姿を見せたということは、スコールもジタンも、少なくともバッツと会わないようにしようという意思は無い。
己の手にあるものを見たまま固まってしまったバッツに、スコールは溜め息を落として近付いた。
ひょい、と。その中から己の獅子を取り上げる。
「あ……」
「こんなもの、直せばいいだけだろう」
「そーそー。バッツなら簡単に直せるだろ?」
そしたらそれ持ってティーダに会いに行けばいい。
「ひどいことしたのに?」
「それを決めるのはあんたじゃない、ティーダだ」
そっぽを向いたままで落とされるスコールの声は淡々としていたが、切って捨てないだけ、以前と違う。
思わず笑みを零しそうになって、バッツは慌てて目を閉じた。
再び握り込んだ銀を額にあてて。
表情を隠したままで息を吐く。
「……そっか。うん、そうだな」
ゆるゆると。
彼の表情は溶けて、苦笑に近い笑顔になった。
「ま、一発殴られるくらいは覚悟しとけよ」
ふざけた調子でジタンが笑えば、スコールも溜め息を落として同意する。
それは、あのときバッツが傷付けた全員が、傷付けた相手を避ける意思など無い証明。
くるりと背を向けた行為は、照れたと見られただろうか。それとも気まずいと取られただろうか。
「ありがとな」
目の前の二人と、彼方の敵に。気付かれないように笑みを口端にのせて。
言葉を宙に離した。
ばーかと。笑うジタンの声がする。
「ばかはどっちだよ」
うまく感情を押し込めて、バッツは笑う。
「なんか安心したら気が抜けた。そいや、スコールもジタンも、怪我は?」
「問題無い」
「動けないほどじゃないぜ? あの後セシルにケアルかけてもらったしな」
「ジタン!」
動けないほどじゃない。それはまだ完全には治っていないということで。
気付いたスコールが声を荒げるが、もう遅い。
「そういうことは、早く言えっての!」
何を思っていたかなど忘れたふり。
よく見れば逃げようとするスコールの動きが鈍い。
首根っこを捕まえて引き倒せば、我慢しきれずに整った顔が引き攣った。
動きを封じるように半ば乗り上げるバッツに、ジタンは笑い、スコールはもう一度溜め息を落とす。
ほんとに、ごめんな。
内心だけで謝罪して、バッツは碧色の小瓶を取り出した。
「ポーション?」
反応したのは、ほとんど無理矢理上に乗られて押さえつけられているスコールではなく、その傍で楽しそうに成り行きを見守っていたジタンのほう。
「そう。今のおれじゃ、ケアルかけられないよ」
「バッツ……」
「でも、そのうちちゃんと復活するから。だからとりあえず今はこれ、な」
わけたら全快しないだろうけどと洩らすバッツを今度こそしっかり殴って。
ジタンは彼の手からポーションの瓶を奪い取る。
「なにすんだよ!」
「スキ有り、ってやつだよ」
けらけら。
ジタンは笑う。そうしなければならないというように。
「オレ達は本当に大丈夫だからさ。早くティーダの所に行ってやれって」
気になってるんだろ?
問いには、一瞬だけ迷ったように瞳を揺らす。
「バッツ、さっさとどけ。ポーションが使えないだろう」
「スコールまで……」
がくりと肩を落としたバッツは、それでものろのろとスコールの上からどいて。
自由になった彼と、ポーションの瓶を回すジタンは、どうやって半分にしようかと相談をはじめる。
「二人とも、なんだってんだよ」
「なんだって……まだ居たのか、バッツ」
「……さっさと気掛かりを片付けて来い」
そこまで言われて、青年ははじめて魔法は使えないと言ったことが誤解されていると気付いた。
本当は。ティーダのことが気掛かりでそう言ったわけではないのだけれど。
「わかった。行ってくるよ」
ひらり。
軽く手を振って走って行ったバッツを見る二人の目は少しだけ翳りを帯びて、険しい。
「……どう見る?」
「表面上は普通なんだけどな。なんか……どうも違和感がある」
青年の姿が見えなくなった所で放たれたスコールの問いも、それまでの戯れの雰囲気を一掃して厳しい色があった。
応えるジタンも、表情を歪めている。
人を癒す為の魔法は、その時の本人の気持ちが強く出るものだと知っていた。
エクスデスと何かがあったのか。それとも。
「ま、いずれにしてもすぐに動けるようにはしておこうぜ」
「……ああ」
もう一度。ちらりとバッツが去った方角を見遣って。
そっと願いの言葉を紡いだ。

まさかの続きで589。 書いている本人も続くなんて思ってなかった。そしてそれが589になるとは(苦笑) ずるいアナバツと、それを分かってて何となく押してみたり引いてみたりする89が好きです。どっちかというと引く担当がスコールで押す担当がジタン。真ん中に挟んで丁度いいんじゃないかなーと妄想。 魔法云々は捏造万歳。

2010/01/17 【DFF】