夢の光景

ゆらゆらと舞う光が幻想的な光景を作り出している。
幻光虫とはよく言ったものだ。
その名称を教えてくれたのは、どことなく寂しいこの風景とはそぐわない、太陽のような笑顔を見せる少年だった。
少年と言おうか。
まだどこか青く、幼さを残して裏のない笑顔を見せる彼は、少年と言うにははばかられるものの、青年と呼称するのも躊躇われる。
そんな中途半端さがあった。
「ティーダ……」
名を呼んでみるが、この場に居るのは自分自身だけで。
呼び掛けた相手の姿は無い。
代わりに光がひとつ。戯れるように傍を通り過ぎた。
地面に突き刺さったまま朽ちたような大剣を見遣って、取り囲むように欠けた半円を描く段差がついた張り出しに腰を下ろす。
いつも背に負っている槍と弓は外して傍に。腰に下げている剣は手元に。
そうしていると、ひとりきりだということを忘れて、すぐに現れる誰かを待っているようだと思う。
気を抜くつもりは無いのだが、蓄積されたダメージはあてもなく歩く気力を殺ぐ程度には青年の肩にのし掛かっていた。
執拗に狙ってくる皇帝の姿を模したイミテーションに追われ、孤立したまま遠くまで来てしまったのは自分。なんとか撃退したものの、気が付けば近くに仲間の気配はなかった。おそらく、直前まで一緒に居たティーダもセシルも心配しているだろうと思う。
もしかしたら探してくれているだろうか。
フリオニール、心配したんだぞと。太陽の笑みを浮かべたまま駆け寄ってくるティーダの姿が想像できて、青年は苦笑を浮かべた。
一見噛み合わない断片がいくつも連なるこの世界は、道が一定ではない。確かに一つ一つは大した広さではないのだが、下手をすると気長に彷徨わなければならず、結構な労力を使うのだ。
元気な時なら問題はないが、今の状況では戻る途中で気力の方が先に費えてしまうだろうと簡単に予想が付く。
一人では眠ることも出来ない。
「バッツあたりならそれでもしっかり休むんだろうが……」
気ままに一人旅をしていたという彼なら、こんな状況にも慣れているだろう。街で育ち、世界を旅している間も仲間達と行動していた自分には真似が出来ない。
無意識から這い上がってくる恐怖は、一人で居ることというよりは、気がついたら一人だったという一点にのみあるような気がする。
誰か……自分を知っている者が声をかけてくれれば霧散するであろう。喪失ではなく、不安ゆえの孤独感。
直前まで仲間と一緒であり、現在傷付いた状態で一人という状況からそうなっているということは理解できる。ただ、過去に同じようなことがあったと明確に答えることは出来なかった。
普段は気にしないような些細な記憶も、気になって仕方が無くなる。
「どうにもダメだな、俺は」
深く息を吐いたところで、視線だけをやっていた大剣の先端付近に、人影が見えた。
フリオニールは警戒するように剣を引き寄せ、眦をきつくする。
向こうもこちらに気付いたのか、一瞬驚いたような表情を見せて、にやりと笑った。
イミテーションではない、生身の反応。
惜しげも無く晒された肌には勲章のように古い傷が刻まれ、引き摺るような大剣は、この断片の中心で存在を主張しているそれと同じ。
ジェクト。ティーダの父親。カオスの軍勢の一人。
どう呼んでもいいが、現在傷付いた体を休めたいフリオニールにとって、敵方に連なる彼は会って嬉しい相手ではない。
どうするか、と考えているうちに男は気軽に浮いた欠片を飛び移り、フリオニールの前に立った。
「なんだ、観戦にでも来たのかと思ったらボロボロじゃねぇか」
「観戦?」
殺気など欠片も無いジェクト相手に警戒するだけ馬鹿みたいだと悟って、フリオニールは力を抜く。
告げられた言葉に疑問を返せば、そこは観客席だからという答え。
「あいつから聞かなかったか?」
ぐるりと肩を回したジェクトに対して、フリオニールは首を振った。
「ここはオレや……あいつの戦場なんだよ」
どこから出したのか。ティーダも持っている青と白のボール。
「それ……」
「ブリッツボールってな。ここはそのためのスタジアムの成れの果てだ」
その名称は知っていた。水中でやる競技なのだと聞いている。
「スタジアムって……こんなところに水を張るのか?」
首を捻った青年に、何を想像したのかが分かって、ジェクトはその場で笑いに崩れ落ちた。
「……そこまで笑うことはないだろう」
「いや、別におまえさんに笑ったわけじゃなくてだな。同じことを言った奴がいんだよ」
笑いの合間に紡がれる言葉は時折引き攣れて、聞きやすくは無いが意味は分かる。
自分と同じことを言ったという人物の名を聞く気はなかった。
それでもどうやって水を張るのかという疑問は顔に出ていたらしく、笑いを納めたジェクトは、今自分が飛び移って来た剣のあるほうを示した。
「こっちが観客席って言ったことからわかると思うが、フィールドはあっち側だ」
特殊な機械を使って球状になった器に水を溜めるのだと語る。
「大きさはだいたいあそこから……あの辺までかな」
「結構大きいんだな」
「そりゃ、ブリッツは団体競技だからな。本当はこの観客席だってプールの周りを円形に囲んでんだ」
ジェクトが語るブリッツボールも、ティーダが語るそれと変わらない。
好きで、好きで。
叶うならすぐにでもそのプールの中に飛び込んで行きたいのだという感情が抑えきれずに洩れて来るよう。
フリオニールは、わざわざ己の感想を口に出したりはしなかった。
幻のプールを見るジェクトの目が、あまりにも遠い夢の日の光景を見ているようで。自分はもうそこには戻れないのだと諦めているようにも見える。
「ジェクト……?」
「あん? どうした」
思わず唇から滑り出た呼びかけには普段と変わりないような声が返る。
なんでもないと軽く首を振ってフリオニールは額に手をあてた。
疲れが限界に達したのか、視界が歪む。
「肩、貸してやろうか?」
「……大丈夫だ」
それこそ。
もしティーダやセシルがフリオニールを探しているとして。
こんな状態を目撃されれば、後からうるさいくらいの質問攻めに合うのは目に見えている。
一応敵だから頼りたくないのではなく、ティーダとそれに絡まれるであろう自分のことを考えての辞退だったが、ジェクトはそんなことは関係ないとばかりにどかりと隣に腰を下ろした。
「目が泳いでんぞ、無理すんなって」
ぽすり。
引き寄せられてむき出しのジェクトの肌に頬が触れる。
そこで初めてフリオニールは先程まであったはずの恐怖が消えているのを自覚した。
いつの間に消えたのかまでは、分からない。
ただ、他人の熱が近い。
「あんたの体は……傷だらけだな」
「こんなのたいしたことねぇよ」
人のことを言えないのは自分が一番よく知っている。
フリオニールの身にも、いくつもの傷がついていた。
それは生まれた場所を追われてから、力が欲しいと必死で足掻いた証でもある。
初めて見たときティーダは複雑そうな表情を見せて泣いたっけ。今この場に居ないはずなのに、よく似たこの親子は、その場に居ない方を鮮明に思い出させる。
フリオニールにとっては、ジェクトと会う機会よりティーダと一緒に居た時間のほうが格段に長いのだから、これは仕方ないことなのだろう。
人の温もりに安心してしまうのもどうしようもない。
こんな時ばかり何も言わずに枕がわりになっているジェクトに何かを告げようと唇を開いて。
そのままフリオニールの意識は途切れた。

フリオと親父。間に立つのがティーダなので、本当にティーダが探しに来たらそのまま親子喧嘩に突入しそうな気が…… 先に来るのはセシルだといいねフリオ(笑) ジタンと並んでフリオも甘やかしてあげたい子です。

2009/05/13 【DFF】