食事の意味

 悲鳴ともとれる盛大な音を上げて冷たい金属の塊が制止する。
 休憩だ、と。苦笑を滲ませたナギの声とともに扉が開かれ、中に踞っていた面々は久しぶりに見る外の光を眩しそうに眺めやった。
 ぞろぞろと出ては寒さに身を震わせる。彼らの見上げる先には厚い雲がかかり、白く染上げられ、薄暗い周囲はどこか陰気な気配が漂っていた。
「寒いですね」
 落とされたクイーンの呟きは、その場にいる全員の気持ちの代弁だっただろう。
 雪こそ降ってはいないが、いつ落ちてきてもおかしくないような低い空は、朱雀の者にとっては見慣れない。
 そりゃそうだと答えたナギは、すでに皇国領だからと笑った。
 全員を隣接する小さな小屋に案内した彼は、ここが最後の休憩だと告げた。
「あらかじめ運び込んでおいたものがあるはずだから簡単な食事くらいはできる。暖炉部分で火はおこせるはずだから今のうちに体を解しておいてくれ。ここから先は強行軍になるからな」
「あんたはどうするんだ?」
 あっさりと出て行こうとするナギに、一番扉の近くに居たサイス声をかける。
「あのデカブツの修理だよ。まだ働いてもらわないといけないからな」
 それじゃ、ごゆっくり〜
 ひらひらと手を振って扉を出て行くナギを止められるものは誰もおらず、その場の全員が閉まる扉を眺めやった。
 硬直している面々の中で、最初に動いたのはやはりというかキングとセブン。打ち合わせも無く部屋の端に積み上げられていた薪を組み、食材をチェックする。
「……手伝うよ」
「悪いな」
 淡々と薪を組んでいるキングが、確か炎魔法は得意ではなかったと思い返して、傍に居たマキナは火を点ける役を申し出た。同じタイミングで行動したレムがセブンと一緒に何を作るかを話しているのが聞こえる。
 組み上げられた薪の間に藁を詰めて、マキナは魔力を調整しながら掌に炎を生んだ。
 一度に全部を燃やし尽くさないように慎重に藁と薪に移された炎がゆるく部屋を照らしだすと、どこからかほっとしたような溜め息が洩れる。
 炎の温かさと明かりは人をほっとさせるのだろう。キングの指示で暖炉前に敷かれた毛皮のあたりに集まってきた面々は、息を吐いて体を伸ばし、他愛も無い話を交わす。
 食材をチェックしていた二人はスープか何かを作ることに決めたらしい。レムがリードをしているところを見ると、セブンはそこまで料理が得意というわけではないのか。
 火の具合を調整しながらそんなことを思うマキナは、鍋を託されてきたキングに場所を譲る。セブンよりも料理に手慣れているように見えるキングにそっと聞けば、どちらかというと自分が作っている間に他のメンバーを座らせてテーブルの準備をしているほうが多かったとの応えがあった。
 しばらくは炎が爆ぜる音とわずかな話し声だけが響く。そのうちにこぽりと沸く水音が重なって、やわかな湯気といい香りが漂いはじめた。匂いから察すると、中身は保存がきく野菜と何かの肉を乾燥させて保存しておいたものらしい。
 塩と香草で優しく味付けされたスープは、寒さに凍えるメンバーの心を満たした。
 ふ、と。マキナは首を傾げる。
「そういえばナギまだ戻ってきていないよな?」
「確かに……」
 独り言のようなそれに頷いたのはセブンだった。
 それが彼の仕事とはいえ、この寒い中何も食べずに外で作業など、考えただけでも体が震える。
 もしかしたら誰かと一緒に食事をするという感覚が無いのかもしれないと続けられた言葉に、マキナは立ち上がった。
 たとえこの中に入るのが辛くても、食事をしなくていいという理由にはならない。良くも悪くも真っ直ぐな彼は、空いてる器にスープを入れて外に出る。
 乗ってきた鋼機の傍に目的の影は無かった。見回せば、少し離れた場所に彼方を見たままぼつりと立っている白虎兵の姿。
 作業の邪魔だったのか顔を晒していたことで、すぐに目当ての人物だと分かる。
「ナギ」
 声をかければすぐに気付く。
 どうしたと問われて、マキナは持ってきたスープを差し出した。
「アンタだって食べなかったらもたないだろ」
「なんだ、心配してくれるのか?」
 俺は大丈夫だって。食事ならちゃんとしてるし。
 誤摩化すように笑いながら紡がれる返答は、マキナの予想を越えてはいない。
 怯むこと無く距離を詰める彼の無言の圧力に、熱いのは苦手なんだと曖昧に笑うナギに対し、マキナは手元のスープを掻き回した。
「こんな寒いところなら熱くたってすぐに冷えるし、携帯食料ばかりじゃなくてちゃんと自然のものを食べろよ!」
 思ったよりも大きな声が出た。驚いたらしいナギが目を丸くする。
 こうやって食べるんだ。
 言いながらやけになってぐるぐると掻き回したスープを掬って息を吹きかける。
 ぱくり。そのまま口にしてから、マキナはしまったと表情を歪めた。
 ただでさえ気まずいところに、ナギの爆笑が追い打ちをかける。
 息を吹きかけた後そのまま食べてしまうのはもはや癖のようなものだろう。例外は小さな子を持つ母親くらいか。そんなに笑うことは無いだろうという意味を込めて低く名を呟くが、彼の笑いはおさまらない。
「おま……っくくく」
 ひとしきり笑って。まだ名残を残したまま悪かったと告げたナギは、マキナの手からスープを受け取った。
 すでに冷えかけたそれをひとくち、ふたくちと口にする。
 ふ、と吐かれた息には安堵が混じった。
 たまにはちゃんとした食事もいいと告げる男に、たまにじゃなくていつもちゃんとした食事をしろと返して、マキナは笑う。
 交わされる言葉は少ない。だが、穏やかな空気は息抜きにもなって、二人はただ皇国の低い空を見上げた。

スパークで配布した折本でした。 ナギは魔法で封をされた支給食ばかりのイメージで、マトモに皆とご飯作って食べたりしなさそうだなーと思うのですが、そういうところをちゃんと怒ってくれるのって、マキナかなと思います。常識人だけどどこか抜けてる彼が可愛くて好きです。

2012/11/08 【FF零式】