知識の泉

 クリスタリウム。そこは朱雀魔導院の知識の場所であり、またそれを求めて集まる者達の居場所でもある。
 無数に立ち並ぶ本棚の間から上がったそれもまた、よく見られる光景の一つ。
「助かったよ。ありがとな!」
「いいえ。しかし、ここのことなら私よりもクオンあたりに聞いた方がよかったのではないのですか?」
 明るく礼を告げたナギに、ほんのりと首を傾げたトレイは思い当たった可能性を口にした。
 ナギの答えは、軽く竦められた肩と苦笑い。
「あーダメダメ。あいつ、魔法関係の書籍以外はさっぱりだから」
 それに引き換え、お前ならほとんどのジャンルでどこに何かあるか把握してるだろ。
 振り返りざまの満面の笑みは、外向けの表情。
 トレイが表情を曇らせたのを見てすぐにそれをおさめると、ナギは手にしていた本を傍らのテーブルに置いて向き直った。
「いや、ほんとにさ。あんたら0組はまだここで過ごすようになってから日が浅いだろ」
 だから純粋にすごいと思っていると伝えられて、トレイは思わずうっすらと赤面して目を瞬いた。意外なことを言われたと表情が語る彼に、ナギは苦笑を落とす。
「何年候補生やってたって、どんなに知識を溜め込んだって、利用出来なければ意味が無い。そうだろ?」
 毎回話が長くなって呆れられるが、トレイが自らの知識を語るのは、自慢したいとかそういうものは皆無で。どちらかというと、知っておけば有利になると思っているからであることが多い。
 多少行き過ぎなのは本人も気付いているが、長年積み重ねられてきた習性はそう簡単に矯正のきくものではなく、今や彼の話を最初から最後まで大真面目に聞く者は少なくなった。
 ナギとて、全部を真面目に聞いていることは少なく、どちらかというとそれに混ぜられた彼の思考を読み取って遊んでいることが多いというのは誰に言う必要も無い情報。
 弓を武器とするトレイは、自らの知識をそれに活かす。
 地域ごとの特性、街のつくり、気候の情報、敵軍の規模とよく展開される作戦。
 総合的な知識として記憶にあるからこそ、現実の情報と瞬時に比較し、無意識に自らの立ち位置を選び、的確に前衛の支援が出来る。
 戦場という場では、カンに頼ることも多い。難しく考えることを放棄し、特攻しがちなメンバーが多い0組の中では理解されることは少ないだろうが。それは一種の才能と言っていいと、さらに後方から全体の動きを見て支援することが多いナギは思う。
 瞳を伏せて。穏やかに笑んだトレイの口から語られるのは意外な言葉。
「誰にでも求められることではありませんよ。それに、何も考えずに動く人もまた必要です」
「それはどっかの直進バカのこと?」
「……彼に限らず、ですけどね」
 教えられることも多いのだと笑うトレイは穏やかに笑ったまま。ナギから渡されたリストと詰まれた本を確認する。
「これで全部ですね。それでは私はこれで失礼します」
「あ、ああ。ありがとな」
「いいえ……ああ、そうそう。あなたもたまには何も考えずに走ってみたらいいと思いますよ」
 存外気持ちいいかもしれません。
 意味を計りかねる言葉を残してトレイは踵を返した。
 姿が見えなくなるまで見送って、ナギはその場に座り込む。拍子に詰まれた本を崩しそうになって、慌てて押しとどめた。
 くしゃり。バンダナを外して髪の毛をかきまわす。
「さて、どういう意味に取ればよかったのかね?」
 お礼ならするからと言っておいたことをさり気なく回避されたと気付いて苦笑すると、まったく欲の無い奴らだと洩らして。せっかくの苦労を水にしないようにと、本の山をかかえて立ち上がった。

0組メンツも含め、ナギもトレイのことをわかっててあの仕打ち(話聞かない)だとすごく萌えるなあと思います。

2012/04/15 【FF零式】