Signature

「あ、0組発見。お前、エースだよな? ちょっと頼みがあるんだけど」
 大魔法陣の前で魔導院内でも限られた朱のマントを纏った姿を見つけて、小走りで駆け寄ったナギは、首を傾げる少年の前で手にしたノートを開いた。なんだこれはと言われるのを承知の上でペンを差し出す。
「なんだ?」
 案の定、予想通りの言葉に思わず笑ってしまってから、言われると思ったけど、とその理由を告げて誤摩化した。
 むっとした様子の少年の機嫌は、理由が分かっただけで多少は上向いたようで、ほっとする。
 デュースかナインから聞いてないかと、最初に自己紹介をした二人の名前を告げれば、それだけで思い当たった表情を見せた彼の警戒が緩む。
「ああ……あんたがナギか」
 話は聞いている、と。頷いた少年は、再びナギが差し出したものを指して、どういうつもりだと口にした。
「自己紹介、っていうんじゃないんだけど。これにさ、何でもいいから書いて欲しいんだよ。自分のことでも、誰かのことでも、好きな事、嫌いなこと……なんでもいい」
「それでどうなるんだ?」
「いや、特に何も無いけどな。単なる俺の興味からだし、なんとなく面白そうだし、どうせだから0組全員に聞いてみようと思ってさ」
 落ちたのは、ふうん、というあまり乗り気ではない返事。
「エースが最初だからさ。頼むよ」
 最初、という単語に反応したのか。エースの瞳がわずかに輝く。仕方ないな、と前置いてノートとペンを受け取った彼は、少し考えてからさらりとペンを走らせた。
 ぱたん。
 軽い音と共に閉じられたノートを返されたナギは満面の笑顔で礼を言う。
 一瞬だけ照れた様子を見せた少年は、突如鳴り響いた通信に呼び出されて走って行った。
 残されたナギは、書かれた文章を確認することもなく、のんびりと歩いて外に出る。噴水広場を過ぎたあたりに目的の人物を見つけて、軽く手を上げた。
「よう!」
「あ、ナギさん。今日はどうしたんですか?」
 にこやかに迎えてくれた相手は、既に一度面識がある。自然な距離で立ち止まって、ナギはエースにしたのと同じ話をして開いたノートとペンを差し出した。
「何でもいいって言われると、難しいですね」
 別に難しく考える必要はないと笑って、合間に他の0組メンバーが居そうな場所を聞く。
「そうですね……あ、さっきクリスタリウムに行くというトレイさんとお会いしました。多分まだ居るんじゃないでしょうか……はい、これでいいですか?」
「ありがとさん」
 じゃあクリスタリウムに行ってみると続ければ、満面の笑みで会えるといいですねと返されて苦笑を落とした。
「どうせわざわざ会いに行くならかわいい女の子のほうがいいんだけどな」
「どうしてですか?」
「……こういう冗談通じない系か」
 ハテナが頭の上に飛んでいるデュースに、しまったと零して笑う。いいから忘れてくれと告げて、ナギはノートを受け取った。じゃあまた、と。笑顔で手を振って別れる。のんびりと振った手を戻したナギは、さきほどデュースに己が告げた通り、クリスタリウムに向かって歩き出した。
 
 クリスタリウムでトレイに頼んで、長々とした話の途中で逃げてみたり、リフレッシュルームでケイトに頼んで変なことをする奴だと言われてみたり、チョコボ牧場で、そのあたりの草を食むチョコボを見ながら、チョコボって美味しそうだよねと言うシンクに同意を求められたり。散々探しまわった挙げ句0組の教室に居たサイスにうっかり切り刻まれそうになったりしたが、ナギはそれなりに顔合わせ兼自己紹介に成功していた。
 個性派というよりは自由すぎる面々に振り回されて、ついうっかり盛大に溜め息を落としているところを通りがかったセブンに見られて笑われてしまう。
 マントを羽織る代わりに襟元から朱を覗かせた少女は、他の面々よりも多少大人びて、好意的な視線を向けていた。
「あー……」
「聞いているよ。ナギだろう? 私はセブンだ。あいつらはずっと十二人だけで家族同然に過ごしてきたから他の人たちとの付き合い方があまり分からないんだよ。何か困ったことがあれば私かキングに言ってくれ」
 そういえば初めましてだな、と。礼儀正しく手を差し出して来るセブンにつられてナギはその手を取った。
「こちらこそ……さしずめセブンは長女ってとこか?」
「そうだな……そうなるかな。実際キングと私は皆よりもすこしだけ年長だ」
 それでも数ヶ月程度だがと笑う彼女の姿は、凛々しさよりも女性らしい穏やかさを纏う。
 これは後々女子候補生にファンクラブが出来てもおかしくないなと分析しながら、ナギはそのまま当たり障りの無い会話を続けた。
 もちろんノートに一筆書いてもらうのも忘れない。
「……ああ、すっかり時間をとらせてしまってすまないな」
「いいって。色々面白いことも聞けたしな」
 最後にまだ会えていないメンバーの居場所を聞いてから彼女と別れ、闘技場へと向かった。
 一人ストイックに鍛錬に励むエイトに声を掛け、手合わせ一回と引き換えに書いてもらうことに成功する。続けて飛空艇発着所付近で迷っていたナインを捕まえて餌付け。
 サロンで女の子たちをナンパしているジャックを見つけて一緒になって遊んでみたり、軍令部第二作戦課に居たクイーンにこっそりと話を持ちかけてみたりしているうちに、すでに太陽はかなり傾いていた。
「あれー……おっかしいなー」
 特に今日中と期限を決めているわけではないから急ぐ必要は無いのだが、ここまで来たらさっさと終わらせてしまいたいのも事実。残る一人、キングの姿を探して、ナギはフラフラと魔導院内を歩き回る。
 テラスにマキナとレムが居るのは見かけたが、こちらは一応以前から魔導院に所属しており、ある程度情報もあることから今回は声を掛けずに済ませた。
 寮には戻っていないのは確認済み。めぼしい場所は回ったはずだが、目的の人物は見当たらない。
 首を傾げながらもとりあえず休憩しようと出た裏庭に、先客が居た。見れば、恵まれた体躯を折り畳むようにしてベンチの上に座しており、周りから恐いと噂される視線は瞼の奥に隠されている。
 日が傾いた裏庭は、建物に囲まれている関係で薄暗い。分かりにくいが、どうも胡座をかいたままで眠っている様子の人物に、青年は思わず苦笑を落とした。
「何の用だ」
 気配を殺したままで近付くが、そこまで本気で隠れていないナギに気付いて、いつの間にか開かれた瞳が周り全てを威圧する。
 その手には朱雀には珍しい、二梃の銃が握られていた。
 寸分違わず頭と体の中央を狙う銃口に軽く手を上げて降参の意を示す。
「おっと。別に怪しい者じゃないからさ。その物騒なものをしまってくれよ」
「誰だ」
「みんなのアイドル、ナギだ。デュースかナインから聞いてないか?」
 威圧する気配は弱まることは無く、銃口も下がる気配はない。だが、ナギのほうも、そんなものはどこ吹く風と軽い口調で言葉を返して、明らかに胡散臭い笑みを浮かべた。
 お互いそのままで相手の様子を伺う。
 先に折れたのはキングのほうだった。かちゃりと音を立てて引かれた銃はまだどこか警戒を残したままだが、明らかに威圧する空気は消えている。
 そっと息を逃がして、青年はもう少し近付いてもいいかと声をかけた。もう一度何の用だと聞かれて、他の面々にもした説明を繰り返す。
 ようやくキングは両手の銃を手放してナギが傍に寄るのを許した。
「ふぅ。0組のお父さんは恐いねぇ」
「誰がお父さんだ」
「お前だよ。えーと……キング、だっけ?」
 セブンがそう言っていたのだと笑って告げれば、軽い舌打ちが響く。
「セブンは自分を母親役だって言ってたぞ。だったら父親役はお前だろ?」
「……余計なことを」
 あいつらのお守りは大変そうだ、と。今日一日で分かった自由すぎる0組の面々を思い出して苦笑する。
 ナギのぼやきにそうでもないと応えたキングは、面倒そうに手渡されたノートにペンを走らせた。ぱたんと閉じたそれをナギに向かって差し出す。
「これでいいか」
「おう。ありがとな」
 こんなものは口実だろうと言われればその通りだが、きっかけのひとつとしているのは確か。だからこそ書いてもらうことにもこだわったのだが、実際はこうして何気ない会話から相手の性格を掴むことが目的だった。
 今のところ見た限りでは年長組であるキングとセブンを介して依頼するか、単独で依頼するならサイスかケイトあたりがやりやすいかと考える。
 思考に沈みながらわずかに瞳を絞ったナギの前に、高く壁が立った。データでは知っているが、体格に恵まれた体は実際間近にすると何もしなくても迫力がある。
「お?」
「何を考えているかは知らんが」
 依頼があるなら問答無用で自分かセブンに持って来いと告げられて思わず爆笑する。
「はいはい、お父さんは大変だな」
「誰がお父さんだ」
 無表情の突っ込みは二回目。
 もしかしたら気にしているのかもしれないと思うが、そこは深く突っ込まず、ナギはくるりと身を翻した。
「近いうちにまた来るよ。これからよろしくな!」
 返事は期待しなかったが、軽い笑みを含んだ溜め息に送られて、ナギは裏庭を後にする。その耳元で通信機が招集の音を告げた。
 
  ※
 
 しまい込まれたノートが再び彼の目に触れたのは偶然。
「なんだっけ……コレ」
「どうしたんだ?」
「ノート? さほど使われてるとも思えないけど……」
 まったく覚えが無い、という色が強いナギの呟きに反応したのはマキナとカルラ。
 少し離れた場所ではレム、リィド、ムツキ、クオンがこちらを見ている。
「いや……なんとなく見覚えはあるような……」
 何気なく繰ったページで文字が書いてあるのは飛び飛びに十二枚。
 なんで、と。呟きを落としたのはマキナ。
 一つずつ追って行けば、ナギにも分かった。
 記憶ではなく記録として知っている。それは0組に所属していた者達の名前。
 同じく記録に分別された引き出しからその理由を引っ張り出して、青年はそのノートがある理由を口に出した。
 少し離れていた面々も集まってきて、机上に置かれたノートを見下ろす。
「なんで揃いも揃って自分の名前だったのか……」
「さあ……でも何となく分かる気がする」
 魔導院に来てすぐなら、彼らは他に思いつくものが無かったのだろうと。クオンの問いに答えたのはレム。
「つまりこれは、貴重なことに今はもう居ない0組の直筆の名前ってワケなのね」
 問いに頷いたナギは改めて文字の書かれている頁を見下ろす。何かを思いついたようにカルラが手を打って、マキナにも名前を書くように促した。
「次、レム!」
「わ、私?」
 唐突なカルラの仕切りでその場の全員が開いている頁に名前を綴る。
「これで、このノートは0組全員の直筆。アタシらに思い出は残らないけど、ひとつくらい形として残るものがあってもいいんじゃない?」
 珍しく感傷的なカルラの言葉は、その場の全員に共通する想いの欠片。
「そうだよね。誰も覚えてなくても、確かに居たんだもの」
 ムツキの言葉に頷いたリィドが手に持っていたボロボロの手記に視線を落とす。玄武兵が書いたそれを回収してきてくれたのは名前も覚えていない誰か。
 形あるものはいつか無くなるものだとしても。
 紙面に残った文字が、強く。
 自分たちはここだと笑って、残った者の背を押してくれた気がした。

FF零式二周年企画の頒布物でした。 初心に戻って初めまして→ED後話に。一応0組全員書けたのでよかったかな、と(隊長はごめんなさい!) 思わぬところから繋がりが実感出来るのって、すごく好きです。

2013/10/30 【FF零式】