願いのかたち

 もういちど。
 もういちどだけ。
 先程己が作り上げたものを胸に抱く。
 これは未練だろうか。
 あまりにも酷い出来だ。なんだそのざまはと笑われるかもしれない。それでもそれは、今の自分ができる精一杯だった。
 ふう、と。少しだけ安堵の息が零れる。
 安全を確認した場所に魔力を張り巡らせて結界とし、あとは自分がこの場所を離れても維持できるように、場の太源と結び付けて閉じておいた
 強度を確認する。魔獣達相手でも守るだけならば可能だろう。
 こんなものは息をするように行使できるはずなのだ。なにしろ自分はそのために魔術師なのだから。
「なんて……今の状態ではちょっと無謀ですかね?」
 問いに応えるものはいない。
 息が乱れる。
 それでも無事に結界を構築して彼女は笑った。
 彼の手元に渡るように、少しでも彼の元に自分というものが残るようにと願いながら魔力を編み上げるのは確かに幸せだったのだと、吐息で紡がれる声が誰もいない場に落ちる。
 喜んではくれないかもしれないが、確かに自分の信頼の形であることに変わりはない。
「お待たせしました」
 魔獣を退けてくれていた仲間達と合流する。そのうちの一人があれでよかったのかと問うてきたのに、笑って大丈夫だと返した。
「追い詰められたあの方には、本当なら今の私程度の助力など必要ないのです」
 言い訳のしようもないくらい色々とどうしようもない部分はあるのだけれど。それだけであったのなら、あれほどの英雄達を一つの船に集めて運用することなどできなかっただろう。
 ならば。一度折れた彼を再び立ち上がらせる者が現れたのなら、もはや自分にできることなどない。
 それを信じられるのだと少女時代の姿をした彼女は笑う。
 だから必要なのは、どんなことがあっても指示を下す相手が躊躇わない姿を見せ続けられること。そう見られていると信じられること。
 使えないと笑われても、少しでも助けになればいいと願って残すのは紛れもなく己のために他ならない。
「だからこれは愛なのでしょう」
 せめてその姿を見ることができればよかったのにと思う気持ちもある。だが、それは叶わない願いだ。
 見返りなどない。自分がしたいとおもったからこそ行動に移した。そしてそれを役立ててくれると信じられる。それで十分だろう。
 行きましょう。
 未練を振り切るように言葉を絞り出して、彼女は遠く視線を投げた。

  ※

 どくどくと血が逆流する。
 絶え間なく吹き出す汗で張り付く布が気持ち悪い。
 声は震え、裏返り、掠れる。
 そんな己の姿には誰も気付かない。
 最後まで。
 そのはずだった。
 軽く抱きついてきた体を受け止める。その衝撃すら全身に響く。
 ありがとうまたどこかでと告げた小柄な体が視線を上げて泣き笑いの表情。
 血が付いてしまうとは思ったけれどももはや抵抗できるような余裕はどこにもなく。
 一緒に駆け抜けてきた人類最後のマスターはその手に、服に付いた血を隠すように握り込んで背を向けた。
 触れれば気付かれる。わかっていたはずなのに最後にそれを許した。
 血のついた手を握り込んで、ボーダーに向けて駆けて行く背を見送る。
 死ぬかと思った。そんな言葉一つで済ませるのは己の状態を直視したくないだけだ。
 てのなかにはぼろぼろのお守りがひとつ。
 消えていく意識の狭間で。
 普段なら絶対にしないだろう感謝の言葉を届かぬ相手に投げた。

2019/12/26 【FGO】