添い寝要請

「君のところの犬達の力を貸してもらえないだろうか」
 キャスターのクー・フーリンの元にそんな打診が来たのは、ちょうどマスターである少年から呼び出しを受けた直後だった。
 色々な人種、そして英霊が集まるカルデアは、イベント事に関してちょっとしたカオス状態になっている。
 すでに人理は修復された今となってはなおさら。
 残った特異点の後処理をしながら、たまに誰かがイベント事を催し、もしくは事故をおこして余計な微小特異点を増やし、それに対処するため少年は駆けずり回る。
 ひいひい言いながらも、そりゃあもう楽しそうに。
 今回マスターから声がかかったのもそれの一環で、おそらくはアイテム収集メンバーの相談だろうと予想している。
 人理修復を成し遂げ、かなりマスターらしくなってきた少年は、もう最初の頃の何もわからず怯えていた彼とは違う。
 今更相談もなにもないだろうとは思うのだが、そこはそれ。少年にとってはこのやりとりはどちらかというと願掛けのようなものなのだろう。
 それを知っている青の魔術師は、揶揄うネタにはするものの、要請を断ったことはない。
「……すまない。他に用があったか?」
 控えめな声がかかったのに気付いて、彼方に飛んでいた思考を引き戻す。音声だけの会話をしていたのだから沈黙が流れれば訝しまれるのは必然とも言えた。
「いや、ちとマスターに呼ばれてたもんでな。考え事だ。許せ」
「頼みに来ているのはこちらの方だ。文句を言える筈もない」
「まったく真面目だねぇ」
 笑いながら男は控えていた犬の一匹に指示を出して部屋の扉を開けさせる。
「わりぃが今手が離せねぇんだ。適当に入って来てくれや」
「あ、ああ……邪魔をする」
 キャスタークラスで召喚されるサーヴァントは工房と呼ばれる陣地を作成して真価を発揮する。
 限られたスペースしかないこのカルデアにおいて、相性や趣味嗜好は二の次にせざるを得ないため、必然的に各々の部屋に工房を作るということになるが、それは妥協に妥協を重ねたものに他ならない。
 狭さを解消するため、彼らは工房を作るにあたって大なり小なり空間を歪曲させていた。
 例えば。ダ・ヴィンチちゃんや、エジソンの工房は雑多なものがひしめく、いかにも天才発明家の部屋といった様相。そして同じキャスタークラスでも、アンデルセンやシェイクスピアといった作家組は天井まで本に埋め尽くされた空間を作っている。
 そして、今弓兵の目の前にある、森の賢者とも呼ばれるドルイドとしての役割を負ったキャスターのクー・フーリンの工房は森であった。
 本来の部屋の入り口を潜り、壁面に埋め込み式になっている通信端末があるあたりまでは他の部屋とそう変わらない。問題はそこから先で、パーティションが置かれた裏のあたりに、ありえないはずの道があるのだ。
 もちろん、普通の人が見たところで何も見えず、壁があるとしか認識できないだろう。
 魔術的な結界で秘されているそこは、いかにも森の奥深く、古木の根が重なり合っている場所といった趣の隙間。
 本来の部屋部分に一歩踏み出した状態で立ち止まった弓兵の前に、奥から犬が一匹駆けてくる。
「こんにちは。君が案内してくれるのかな?」
 くるりと周囲を回った犬に挨拶をすれば、嬉しそうにわん、と声を上げ、奥へと誘われた。
 ゆる、ゆる。
 前を行く犬から道を違えないようにという気遣いの魔力を感じる。
 青年が何度か訪れたこの場所は、主に許されなければ奥に辿り着くことはできず、拒まれれば無理矢理足を踏み入れたところでいつのまにか外に出されることを知っていた。
 だが、踏み入れること自体を拒みはしない。
 この場は、開いているように見えて閉じている、正しく魔術師の工房であった。
 犬の背を追っていけば、厚く葉の影を落とすひときわ大きな木のふもと、盛り上がった根の間。
 うろのようになっている場所は、作業部屋として使われていた。
 入り口を背に正面の一段上がった場所には色とりどりの布が重ねて敷かれ、そこここに香草薬草の類が吊るされている。薄暗いはずの場所に柔らかな光を灯しているのは光る石を詰めたランプであった。
 向かって左手に作り付けられた机の上にはさまざまな素材や道具が無造作に置かれているが、部屋の主はその前には座していない。
 逆側の部屋の端。どこから流れてきているのか謎な、小さな水場の前に人影。その足元にはもう一匹の犬が寝そべっていた。
 来客に気付いて起き上がった彼が、主人の注意を促す。
 ここが彼の工房であり、空間が歪んでいる以上、不可解なことがあったとしても深く突っ込むのは野暮というものだろう。
「ここまで私を入れて構わなかったのかね?」
「おう。あー……こいつらと戯れてて構わんから、ちと待っててくれ。すぐ終わる」
「承知した」
 主人の要請を受けた犬が二匹。来客をもてなすために青年の足元に寄り、布が敷かれている場所に行くようにと鼻先で押してくる。
 青年は逆らわずに軽くその背を撫でて、促された布の上に腰を落ち着けた。
 小さな部屋は首を巡らせずともすべてを見渡すことが出来る。
 この場と同じく、森を思わせる部屋の主の魔力が大きく揺らぐ。
 視界の端に部屋の主を認めたまま、身を寄せてきた犬達の体をゆるゆると撫でた。
 遊ぶように揺れる魔力が、男の手元に収束していく。彼は客に背を向けたままだが、一応の魔術を齧っている青年にははっきりとその手元にある魔力が見えた。
 静かに、だが朗々と響く声は、神秘がほぼ絶えた時代を生きた人間には聞き取ることが出来ないことば。
 滑らかに紡ぎだされる知らぬことばは歌のようで、静かに弓兵の心に積もっては、無意識に浮かんだ驚愕の表情を溶かした。
 視界に映るは清冽な青。男を中心にあふれ出して、あたりを染め上げる。
 遊んでいた残りの魔力が収束する。と、同時にことばも途切れた。
 ふ、と。
 知らずに詰めていた息を吐いて、青年は目を伏せる。
「うし、と。待たせて悪かったなアーチャー……アーチャー?」
 男は呼んだ相手の名を疑問形に変えて、珍しく呆けたままの弓兵を覗き込む。
「ああ、すまない。少しこの場の魔力にあてられたようだ」
「あてられた……って。おいおい、何もしてねぇぞオレぁ」
「承知している。君に非はない。ただ、その……」
 言い淀んで視線を逃がした青年を追って首を傾げる男にあわせ、両隣に居座った犬達も同じ仕草をしたため、エミヤの唇からは思わず笑みが零れた。
「その……君が呪文を紡ぐのは珍しいと思ったんだ」
 それでうっかり意識を傾けてしまったのだと、渋々ながらに白状する。
 一度言葉を濁したくせに、思ったよりも素直に理由を口にしたのは、どちらかというと犬達の働きが大きい。
 無邪気に見える犬達に、表情に疑問符を大書きした状態で首を傾げられれば、いくら鈍い弓兵でも落ちるのか。
 そんな余計なことを考えて男はうっすらと笑みを刷く。
「ああ、こいつは元々オレの管轄のモンじゃねぇ。あわせるにはそれなりのものを用意するさ。ま、戦闘中はんなまだるっこしいことはやってられんがな」
 手を出せと告げて、素直に従った青年の手に握っていたものを落とす。
「これは……宝石?」
「おう。ちいっと前に賢王サマと勝負したときの戦利品さね」
 からからと笑う男とは対照的に青年の眉は顰められ瞳は細められる。
「……イカサマ賭博か」
「人聞きの悪いこと言ってくれるなぁ、オイ」
 途端、男の表情は笑みのままだが即座に青筋が浮かぶ。違うのかと問えば答えはなく、ただ笑みだけが返った。
 エミヤの掌に乗った爪ふたつぶんほどの大きさの緋色の石がただの宝石では無いことはすぐにわかった。自然とそういった魔術が得意だった少女の面影を追って青年の表情がわずかに緩む。
「お前さんならわかると思っちゃいたが、懐かしいかい?」
「さてね」
 赤の弓兵は答えを避けた。
 どちらにしろ、その思いはこの場所からは遥か遠い出来事に付随するものであることを二人は知っている。
「それで、この宝石をどうするつもりだ?」
 持たされた宝石を返そうとした青年を押し留めた男は、一瞬だけ遠い目をしてからその場にしゃがみこんだ。
 無造作に流されている髪が地面に流水のような跡を描く。
「マスターから聞いているか? イベント事の話」
「ああ。そうだ、もともとの要件はそれ絡みだったんだ」
 珍しく良いものを見せてもらったから忘れるところだった、と。
 こういう時ばかりは無意識に人たらしぶりを発揮する青年を呆れたように眺めて、がしがしと髪をかき回すと、先の会話を思い出す。
「あー……そいやさっき言ってたな。そいつらを借り受けたいってことだったか」
「そうだ。今回のイベント、私やブーディカなどは厨房に缶詰になりそうだが、大部分のサーヴァントが祭に赴くことになるだろうと予想している」
 マスターから直接話を聞いたわけではないと前置きしてからエミヤが告げた内容は、男が予想している通りにマスターがメンバーを組むのであれば、現実になりうることが濃厚な範囲だった。
「おそらくオレは駆り出される側だぜ」
「だろうな」
 溜息をひとつ。
「もちろん任せきりにするというわけではないのだが、調理担当が両方こなすとなると、どうしても配膳や食材備品等の補充がおろそかになる。だからせめて、補充のほうだけでも解決する手段のひとつとして力を借りられないかと思ったのだ」
 賃金を払うというわけにはいかないが、まかないの量と質に関しては私が保証しよう、と。
 真面目な顔で労働条件まで提示した弓兵に、男は思わず吹き出した。
 元々は自分がけしかけたからだが、犬達が暇があれば弓兵の手伝いをしていたことは知っている。それが積み重なって今回のことを思いついたことも容易に想像ができた。
 人ではなく犬に対して先に甘えるというのはある意味計画通りであるのだが、少し心配にもなる。だが、今は置いておくかと放り投げることにして、かわりに思いつきを口にすることに決めた。
 猫ならぬ犬の手も借りたいというやつか、と告げれば、わざとらしい咳払いの後で小さい肯定が返る。誰がうまいこと言えと、とその表情に書いてあるのがありありと分かった。
「なあ、アーチャー。さっきも言ったが、オレは今回駆り出される側だ。おそらく出づっぱりになる」
 ちょいちょい、と指先だけで呼べば、青年に張り付いていた犬二匹は男の元に戻る。渡された宝石を手にのせたままの彼は、頷くだけで次の言葉を待った。
「で、だ。その間、居残り組になるであろうお前さんにこいつらのことを頼もうかと思ったわけだ。オレが戻ってこれないまま実体化させ続けるとなると他から魔力を補給する必要があるからな」
 その石はそのための下準備だと続ける。
「借りたいってんなら丁度いい、と思うんだがどうだい?」
 本来なら別クラスの自分が一番適任だが、おそらくそっちも祭参加組だ。こちらに戻ってくることは少ないだろう。
 となると一度戻すことも考えたが、祭が終わった後のことを考えると実体化させたままのほうが都合がいい、との思惑を付け足す。
 返答には溜息が付随していた。
「つまり、賄い以外に条件があるということだな。その子達は君の魔力を糧としている。私達と同じなら食事からでも多少は補給が可能だろうが、それ以外でまとまった量を補給する手段がある、と」
「話が早くて助かる。お前さん、その石に込められた魔力がわかるか?」
「あ、ああ……そうだな、溜め込まれた魔力の元は別にあるのだろうが、君の魔力も感じるな……」
 本気になって未知のものを解析するエミヤは実に生き生きとしている、というのは元々彼を知っている者達の間では共通認識だ。
 しばらく真剣に石と向き合っていた青年は思い当たることがあったらしく、唐突に顔を上げた。
「そうか、馴染ませたのか」
「ご名答ー。そういうこった。さっきやってたのはそれな」
 ルーンは石に刻むことも多い。元々その手のことに親和性があるのだとは言うが、物体への魔力の移し替えというのがそう簡単に出来るものではないということは知っている。
「器用なものだな」
「専門外ではあるがな。まあ、詳しいことは省くが、その石を通してこいつらに魔力を補給してほしい、っていうのが条件のひとつだ」
 わしわしと二匹の頭を撫でて意思確認をすれば、二匹とも弓兵相手であれば異論は無いと尻尾を振る。
「具体的には」
「マスターとの関係と同じさね。距離が近ければそれだけでも構わんが、接触しているほうが効果は高い。そうさな……手っ取り早いとこでいくと、休息時に添い寝でもしてくれればいいだろう」
 予想の範囲内だったのだろう。ひとつめの条件は二つ返事で受諾される。
 犬達が喜んでエミヤの側に戻り、体をこすりつけた。
「んでもってふたつめだが……おまえさん、宝石を飲んだことはあるかい?」
「あってたまるか!」
 だよなあ。からかいを含む声音と口元。
 目だけが笑みの外にあるままで距離を詰めれば、エミヤの表情が引きつった。
「まさか」
「予想は出来ただろ? ホレ、やってやるから口開けろ」
「待て待て待て待て、無理だろうそれは!」
 一番奥まったところに存在する場所に誘導され、両脇を犬達に固められている弓兵には、逃げ場など無い。
 構わず布の上に押し倒し、そのまま乗り上げる。
「キャスター!」
「大丈夫だって。優しくしてやるぜ?」
「優しくもなにもあるかたわけ! まずはそこから降りろ!」
 至極真っ当な反応に声を上げて笑うと、腹に馬乗りになったままの男は、青年の手のひらから石を掠めた。
「体内に入れば魔力として解けて取り込まれるんだ。なら、ちとでかい飴玉みてーなモンだろうが。そんなに抵抗するような状況か?」
「そうかもしれんが、石とわかっているものを飲め、と言われると……」
 要するに、食べ物では無いと分かっているものを飲み込むのに抵抗があるという、生前に培われた精神的な理由である。
「あー……ドロップだとでも言って先に飲ませるべきだったかねえ」
「多少抵抗は少なかっただろうが、頼むからやめてくれ……そもそも先にやったら拒否権が存在しないだろう」
「お前さん、拒否するつもりがあったのか?」
「私を何だと思ってるんだ君は」
 ここまで説明されて問われれば拒否するなどという選択肢は無いと分かってるが故の、溜息混じりのぼやきを笑う。
「このままじゃラチがあかねぇ。こいつらの世話する気はあるんだろ? このまま飲めねえってんなら多少勿体ねぇが溶かしながら流し込むが……」
「溶か……つまり?」
「オレの口内で溶かすんだから、全部終わるまでオレとディープキスだろ」
 ついでとばかりに、少しずつ溶かすための仕込みとして馴染ませた魔力は、摂取するのが当人以外の場合にしか効力を発揮しないため、元の魔力にあてられて結構キツイ魔力酔いがあるかもしれんが仕方ないだろうと続ければ、あからさまに弓兵の顔色が変わった。
「それは……困る。動けなくなるわけにはいかない」
 予想はしていたが、本当に真剣に困った顔をされて、反応するのはそっちなのか、と少々呆れる。そもそも、そんな条件を目の前の相手が飲むはずがないのは承知していた。わかっていて、決まり切った選択を委ねる。
「オレはどっちでもいいぜ?」
 男の声音に色はなく、純粋に問う姿勢。
「わかった。自分で飲む、から」
 そこから退いてくれ、と。声に懇願するような響きが混ざったのに気付いた男の表情が崩れた。
「ははあん。もしかしてヘンな気分になる……ってか?」
「たわけ。腹に乗られているんだ。苦しいだけだよ」
 返答はお気に召さなかったらしい。なんだつまらんと笑った男は、それでも素直に青年の上から腰を上げ、そのまま体を離した。
 一緒に身を起こした弓兵が溜息とともに一度目を伏せる。
「覚悟は決まったかい?」
 笑いを消した声は思っていたよりも真剣に響く。それに、酔狂で乗ってきたわけではないと理解できた青年は深く息を吐いた。
「少しくらいなら飲み込みやすくできるが?」
「不要だ。それを寄越してくれ」
「ああ、落とすのはオレがやるから目を閉じて口を開けろ。一気に全部溶け出すのを防いでいるって言っても、それを為しているのはオレの魔力だからな。多分最初だけ意識持ってかれそうになるくらいキツイだろうからそいつらに寄りかかっていい。なるべく喉の奥に落ちる角度に」
「承知した」
 即座に役割を把握した犬達はエミヤの背後に回りこみ、いつかしたようにその体を支える。
 いつでも、と。
 言われた通りに目を閉じて喉を開いた弓兵を眼前にして、青の魔術師は手元の宝石に口付けた。
 息に近い声でラグズを刻んで形を変えるきっかけにしてから、そっと無防備に開かれた喉に落とす。
 こくり。
 エミヤの喉が動いて、滑らかな石は引っかかりもなく奥底へと飲み込まれていく。
 次の瞬間、己の胸元を掴んだ青年が盛大に顔を歪めた。
「ぐ……ッ!」
「堪えんでいい。辛いなら縋れ」
 ぎり。奥歯が悲鳴を上げる。
 意識を手放さないことを選んだ弓兵を青の魔術師は抱き込んだ。
 ぎちぎちと握り込んだ布が乱暴な扱いに抗議の声を上げる。咄嗟に体を折って背を丸めた青年の額を肩口に縋らせたままで、男は待った。
 正面から青の魔術師、背後から犬達に抱き込まれた格好の青年は、必死で予告されていた魔力干渉に耐える。
 時折上がる苦痛混じりの押し殺した声だけが響く。零れる息は熱く、荒い。
 森の中の工房に時間を知らせるものは存在せず、ただ熱を逃がす僅かな息が響くのみ。
 ふ、と。悲鳴を上げていた服が千切れる前に青年の吐いた息が深くなった。
「少し落ち着いたか?」
「ああ……慣れて、きたようだ」
「思ったより早かったな。もう少しかかると思ったんだが」
 優秀なことだと零した男に対し、君の魔力には散々慣らされたからなどと煽るような事を口にする。
「ちと見せてもらう。倒すぞ」
「ああ」
 背後で伏せた犬を枕がわりに、寝かせたエミヤの胸に額を当てて魔力の流れを探れば、なんの妨害もなく石の在り処に辿り着いた。
 まだ少し乱れたままの呼吸のせいで不規則に上下する体は、それでもかなりの速度で正常に戻りつつある。
「ふむ。確かにちゃんと馴染んでんな。問題なさそうだ。まだ少し辛いだろうからそのまま横になってて構わんが、それはお前さんにとっても有用に働くはずだぜ。どーせ祭の間中ほぼ休みなしで働くつもりだろ」
「そんなことは……無いと言い切れんな。だが、彼らへの補給の問題もある。なるべく休息をとることは考慮しよう」
 お互いの顔に浮かぶのは苦笑。
 ゆったりとした動作で立ち上がった男がそっと息を天井に逃がすと、そこここにあるランプの光量が落ちる。
「さて、オレぁマスターのとこに顔を出してくるが、お前さんはもう少しそいつらとくっついていてくれ。その方が後々必要な経路を構築しやすいからな」
 なんなら寝てて構わないと告げれば、渋い顔。
「あんだよ。なんか不都合あるのか?」
「主人不在の他人の工房で寝ろと言われるのは流石に……」
「気にすることはねぇだろ。オレ不在の状態でこの中を勝手に歩き回ることをそいつらが許すと思うか?」
 二重の意味で危険極まりないそんな事態を、この優秀な犬達が見過ごす事態は考えにくかった。
 確かにそうだと頷いた青年は、力を抜いて柔らかな毛の中に完全に身を落とす。
 もふんと毛の海に包まれた彼は、笑って踵を返した青の魔術師をそのまま送り出した。
 二匹の犬にぴったりと寄り添われて、とろとろと瞼が落ちてくる。
 犬達が呼吸している滑らかな上下動と滲む魔力が両脇から伝わって、それを感じる自分が安心しているのに気付いてしまえば、本当に慣らされたものだと笑うしかない。
 あたたかい。
 抗わず瞳を隠す。
 大きく息を吐いて犬達に身を預けた彼が眠りの世界に引き込まれるのにさほど時間はかからなかった。

   ※

 祭の期間は怒涛のように過ぎた。
 今はすでに全員が戻ってきており、ひたすらアイテム収集に駆り出された面々は、いつの頃から食堂の端に設えられたソファ席や小上がりの畳スペースで死屍累々の様相を呈している。
 部屋ではなくあえてそこに居るのは早く食事をくれという無言の訴えに他ならない。
 入ってきたときに全員に作り置きしておいたおにぎりを配って食べてもらっていたのだが、それだけではまったく足りなかった面々でもある。
 多少余裕のある面々は思い思いの席に座って待っている。
 最後のフル回転ということで、厨房に立つエミヤもブーディカも忙しそうに立ち回っていた。
「こっち、上がったわよ」
「助かる。こちらもすぐに出来るから、余裕のあるものには取りに来てもらうように声を掛けておこう」
「お願い!」
 配膳台に並べた食器に出来上がったばかりの食事を盛り付け始めたのを確認してエミヤは足元に控えていた犬達に声をかけた。
 もはや頼むと告げるだけで理解した犬達は直ぐに立ち上がって待っている面々の元に駆けていく。
 手伝いを頼んだ彼らは非常に有能で、伝言から配達、備品食材の補充、果ては調理場に缶詰になって煮詰まっている担当者への癒し役まで担当してくるくるとよく働いた。
 わん、わん。
 高らかな吠え声に真っ先に反応するのは金時など、スキルとして動物との会話能力を持っているものたち。
 それにつられるように周りの面々も立ち上がり、受け取りの列が出来る。
 そのうちの何人かは自力で取りに来れない者のために二人分のトレイを手に離れていった。
 余裕が無いため普段よりも簡易的な食事だが、量だけは用意した二人は高速で配膳していく。
 列が一区切りしたところで、今度はすっかり畳やソファと仲良くしている面々にそのままでも食べられるようなものを運ぶ。多少復活すれば自ずと通常メニューを食べられるため最低限だが、それでも犬達に手伝ってもらって数回に分けて皿を運んだ。
 そこで違和感に首を傾げる。明らかに目立つはずの青が無い。
「クー・フーリン達の姿が見えないようだが何か知っているかね?」
 手近で伸びていた青の騎士王の口に第二弾のおにぎりを突っ込みつつ問いかけると、もごもごと咀嚼したあとで、おそらくシュミレーションルームだという応えがあった。
 ちょうどその隣に彼女の分だろうトレイを持ってきた銀腕の騎士が、後片付けを引き受けていたからと理由を告げる。
「なるほど。だとすれば万が一もありえるな。重要な情報をありがとう」
「いえ、すいません。先に伝えるべきだったのですが……」
「こちらも戦場だったからな。先に伝えられても余裕はなかっただろう。ちょっと見てくるから貴殿はセイバーの世話を頼むよ」
 おそらくは足りないからと笑えば、確かにと言って彼も笑う。
「貴方は私を何だと思っているのですか!」
「私の食事をいつも美味しそうに食べてくれる嬉しい相手だと思っているとも。さて、せっかくベディヴィエール卿が食事を運んできてくれたのだ。早く食べないと冷めてしまうのではないかね」
「くっ……そんな言い方は卑怯です!」
「なんとでも」
 言い合いは笑いが混じっているため、戯れの要素が強い。微笑みながらやりとりを見守っていた銀の騎士に後を託してエミヤは厨房に戻った。
「おかえりだワン!」
 祭に駆り出されていたはずだが、食事をとって復活したのか、いつのまにかタマモキャットが手伝いに入っている。
「ブーディカ、すまないが後片付けに残ったらしい面々が向こうで倒れている可能性があるから、ちょっと配達に行ってきても構わないだろうか」
「こっちはひと段落したし、タマモキャットもきてくれたから大丈夫よ。行ってあげて」
 ありがとう頼んだと告げて、持っていけそうなものをタッパーに詰めていく。
 見当たらないクー・フーリンは四人全員。だとすれば必要量も自然と多くなる。
 その足元に犬達が寄り添った。
「君達も来てくれるか?」
 ふわりと魔力が漂ったのを感じたエミヤは二匹にも分担してもらって大量の食事を手に厨房を後にした。
 急いでシュミレーションルームに向かい、ロックされていないことが確認できた扉を潜る。
 そこには、転々と床に倒れ臥すクー・フーリン達の姿があった。
 ある意味で予想通りの光景に呆けている場合ではない。
 犬達は真っ先に主人に駆け寄り、その顔を舐めていた。そちらは任せることにして、エミヤは一番近くにいた一番馴染み深い格好をしているランサークラスのクー・フーリンに声を掛ける。
「一体何があったというのだね?」
「……ッ、アーチャー……か?」
「ああ。君たちが後始末に残ったのは聞いたが、さすがに全員が食堂に来ていないのはおかしいと思ってね。簡単なものだが食事を持ってきた」
 食べられるかと問えば、むしろヤバイから早く食わせろと、いかにもだるそうな声が返る。
「あー……とりあえずオマエ、オルタのオレには絶対近寄るなよ」
「状況がわからないがとりあえずは承知した。体を起こせないようなら先におにぎりを食べるといい」
 あまりにも弱々しい青の槍兵の声に、赤の弓兵はいつもの嫌味を出す気を削がれた、持参した荷物からラップでくるんだおにぎりを渡す。
 ほぼ同じくらいに犬達につつかれていた青の魔術師のほうも目を開けていた。
 先ほど青の騎士王がそうしていたように、寝たままでもごもごとおにぎりを咀嚼するランサーの顔の横にもう何個かおにぎりを残して、青年は犬達の方に足を向けた。
 いくら器用に荷物を運んでくれるといっても上げ下ろしは厳しい。中身を零す心配をしなくていいものは構わないが、今回はそうはいかなかった。
 犬達のほうもよくわかっていて、青年の動きに合わせて荷物を保持していた魔力を霧散させる。
 荷物から解放された彼らはふるふると身を震わせてから主人に身を寄せた。犬達の手を借りて上体を起こした彼は、なにかを考える前に目の前に差し出されたおにぎりにかぶりつく。
「あー? メシ……アーチャーか」
「そうだ。どうも君の方が余裕がありそうだな。可能ならこの事態を説明してほしいのだが?」
 おにぎりに続いてタッパーを差し出し、ポットに入れて来たお茶をカップに移す。
 もごもごもごもご。
 しばらくはひたすら咀嚼する音が響いた。
 その間、エミヤはキャスターとランサーのクー・フーリンの間を行き来して世話を焼く。
 他の二人にも食べさせてやりたいのはやまやまなのだが、限界だったにも関わらず食事をする前に警告された事実が青年を押し留めた。必然的に彼とほぼ同じ位置に倒れている歳若い方のクー・フーリンにも近付くことが出来ないでいる。
「あー。死ぬかと思ったわ」
「同じく」
 ようやくマシになったのか、緩慢な動きで立ち上がったランサーがキャスターの隣まで移動してくる。
「で、アレどうするよ?」
「さっきまで絶望的だったんだがな。ありがたいことに食事を持って来たのがアーチャーで、こいつらも連れて来てくれたからなんとかなるだろ」
「すまない。現状を相談するのはいいのだが、私にも分かるように話してくれないかね?」
 二人の話は前提が省略されているため、後からやってきたエミヤには分からない。
「おう。説明はするから、その前にお前さんこいつらを抱きしめてくれるか?」
 わざわざ犬達に触れろと告げられるからには、魔力を分けろと言われているのだと理解できる。対処のほうを先にさせてくれと告げられれば頷かざるを得なかった。
 空になったカップにお茶のおかわりを注いでから、言われた通り待機していた犬達を抱き込む。
 両側からエミヤの首元に懐いた犬達は、しばらくしたのちにきゅうんと鳴いた。
「よし、もう離していいぜ」
 キャスターの声に腕を解くと、代わる代わる唇を舐められる。どうもその表情に悲壮感が漂っている気がして青年は首を傾げた。
 名残惜しそうにエミヤから離れた二匹が同じようにキャスターの唇を舐める。
「いったいなんなんだ?」
 疑問符を浮かべている間に、のそのそと這ってきたキャスターに背後から抱き込まれて、青年は眉を寄せた。
 背に触れた額。いつかのように探る魔力を感じる。
「すぐ分かる。あー、予想よりだいぶ残ってんな。正直助かるわ。ってことで槍のオレ、説明任せた」
「おうよ」
「じゃ。あんまり楽しくねぇけどやりますか。アーチャー、重かったら体勢崩して構わんが、なるべくくっついててくれると助かる。ってか多分離れられるとオレが消える」
「それは……随分と穏やかじゃないな」
 口調とは裏腹の強い視線で犬達を送り出したキャスターは、背後から抱き込んだエミヤに体重を預けた。
 同時に駆け出した犬達はそれぞれ倒れているオルタと若いクー・フーリンの元へ。
 もふ。
 二人ともうつ伏せのため、背中に乗るようにしてそれぞれに張り付いた二匹がわずかに切なそうな声を上げる。と、ほぼ同時。己の体内に残っていた石から強く魔力が溶け出すのを感じた。
 ぐるん、と世界が回る。
「……ッ」
「ぐ……ッ」
 息を飲んだのはエミヤとキャスターが同時。
「石に残ってた魔力全部溶かしてこっちにもらう。きっついだろうが耐えてくれ」
 エミヤの首元で上がるキャスターの声が掠れている。
 堪える表情なのはお互い同じ。
 半ば無理矢理のように頼りない回路を繋ぎ、強い魔力を体内で一気に解放された上で突貫工事の危うい回路を通して奪われているせいで、エミヤの呼吸も大きく乱れた。
「そういう、ことは、先に、言え……っ!」
 こらえきれずそのまま倒れこむ際に、一応気を使って離れないようにと腹に回っていたキャスターの手を握り込む。
 倒れ方的にキャスターもどこかしら打ったはずだが、それには全く反応がない。代わりに熱を孕んだ息がうなじに触れた。
「きゃ、す……」
 気遣おうにも体勢がそれを許さない。かわりに別の声が耳朶に触れた。
「今は多分聞こえちゃいねぇよ。だが見たところそっちは大丈夫だ。もうちょいそのままで頼む」
 自分が触れると巻き込まれるから助けてやれないのだと告げて、ちらりとだけこちらを見たランサーの視線は、基本的にはずっと倒れている二人に向けられている。
「しっかし、キツそうではあるが、オマエは意識持ってかれねえのか。どうも甘やかしてやがんな槍なしのオレ」
「どう、いう……」
 キャスターに聞こえていれば殴り合いになっていてもおかしくない呼称をわざと使ったのだとすぐにわかったが、背後からの反応はない。だが、かわりに倒れていた二人の方に動きがあった。
 ゆら、と。
 緩慢に持ち上がったオルタのクー・フーリンの尻尾が、近くに居た歳若い方のクー・フーリンとその上に乗っていた犬を拘束する。ズルズルと引き寄せられた彼らは、元々オルタの上に居た犬も揃ってまとめて抱き込まれたのを、エミヤは必死で瞼を上げた視界で捉えた。
 両手におにぎりを持ったランサーが二人に近付いていったのまでは把握できたが、そこで力尽きて瞳を隠す。
 背に触れる息は熱いのに、掴んだままのキャスターの手は驚くほど冷えている。
 その段階になって、エミヤはずっと己の内にあった石が消滅しているのに気付いた。同時に体への負担も軽くなり、呼吸が楽になっている。
 細く繋がれた回路は無理矢理大量の魔力をやりとりしたためにガタガタだが、役目を終えてもまるで縋るように伸ばされているのに不安を掻き立てられて必死に首を回した。
「キャスター。おい!」
 呼びかけに返事はない。
 だいぶ軽い調子で告げられたが、離れれば消滅するというのは誇張ではく事実なのだろう。
 しっかりと手を握ったまま、なるべく離れないようにして向きを変える。
 横臥したまま固く瞳を閉じたキャスターは、見たことも無いような青白い顔で、苦しそうな息を吐いていた。
 気配が薄い。
 体が先にやるべきことを直感し、その身をきつく抱き込む。
 注意深く細く繋がれたままの回路を探ったが、すでにそれ以上の魔力を受け取ることは拒否されていた。
「このたわけが……っ」
 石が貯蔵していた魔力の量と質に比べれば、英霊と言われながらもそんな存在とは程遠い、自分のような者の魔力のカケラでも無いよりはマシだろう。
 エミヤはキャスターを抱き込んだまま、舌先で無理矢理唇を割って己の唾液を流し込んだ。
 食事を運ぶために戻ってきたらしいランサーが驚いたような顔をしているが知ったことか、と思う。
 緊急避難措置の口付けは、どうやっても甘やかになりようはなく。意識が無いキャスターからの抵抗も無い。
 様子を見ながら何度か繰り返せば、僅かに顔色が戻った。
「悪りぃな、弓兵。そいつはもう大丈夫だ。離れても問題は無いと思うが、不安なら起きるまでそのままでも構わねぇよ」
「ランサー……」
 さっきの行動には驚かされたが、と曖昧に笑った彼は、倒れていたはずの二人と犬達を指差す。
 首だけを動かしてそちらを見ると、起き上がった二人はものすごい勢いでエミヤが持ってきた食事をたいらげていた。
 この一連の行動に関連があるのは明白のため、全員無事なことを確認した青年の緊張が解ける。
「それで、説明はしてもらえるのだろうな?」
「ああ。不本意だが、そいつからも任されたからな」
 ランサーが語った事態のあらましと原因は、要約すれば暴走したオルタのクー・フーリンを魔力切れに追い込むためにマスターともども全員を退去させ、主にランサークラスの二人が体を張って押し留めた、ということだった。
 オルタは瞬発力、キャスターとランサーは持久戦と、力を発揮しやすい方向性こそ違うものの、元が同じ彼らの実力は拮抗している。
 作戦は一応成功したものの、一番矢面に立っていた歳若いクー・フーリンのダメージは特に大きく、最後はほぼ相討ち状態だった。
 結局、全員が満身創痍で倒れていたところにエミヤがキャスターの犬を連れて現れ、今に至るということになる。
 あらましを聞いた青年の口を吐いて出たのは納得よりも疑問だった。
「確かにオルタの君は戦闘を好むが、理由なく暴走するとは思えない。ましてやマスターを含め全員を退去させたのにも疑問が残るのだが」
「あー……まあ、原因については推測でしかねぇが、多分この間オルタのオレに渡されてた聖杯じゃねぇかと睨んでる」
 マスター達が必死で回収してきた特異点の聖杯達は、世界を作り維持したあとの力の残滓そのものだ。だが、それだけの魔力を使ってなお、残った魔力は膨大であったが故に、すでに限界まで強化された霊基をもう一段階引き上げるために利用されている。運用には未知のところも多く、慎重に行われてはいるものの、不測の事態が発生する懸念は以前から指摘されていた。
「なるほど。確かにそれなら納得できなくも無い」
「対処についての理由はもっと明快だ。自分のケツくらい自分で拭くってだけさね。言っとくが飲まれたオルタを含めて全員一致だぞ」
 先回りで告げられては溜息を落とすくらいしかやることがない。
 そもそも、この祭の前にキャスターは、犬達を実体化させたまま残しておきたいと言っていた。それは、あの時点でこれを見越していたということに他ならない。
 使わないで済めばそれでいいと思っていたのだろうことは容易に知れる。実際、魔力不足が常のカルデアで、地獄のような忙しさで動き回る中、魔力切れの心配をしなくてよかったのはずいぶんと弓兵の心に余裕を生んだ。
「本来なら空っけつになったそいつを起こすのはオレの仕事だったんだが、誰かさんが代わってくれたからな」
 楽できて助かったわと笑うランサーだが、声には随分と安堵が滲んでいる。
「最後まで自分らでどうにかすることはできただろうが、結果的に巻き込んだことには変わりない。悪かったな」
「それに関しては後から一発殴って終わらせるから構わんよ。しかし、私が彼らに近付いていたらどうなってたのか……」
「んなもん決まってる。全部喰われて終わってただろうよ」
 しれっと恐ろしいことを言うランサーに、青年は説明不足にもほどがあるとぼやく。
「腹減ったな……」
 どうやらあたりの食事を食べ尽くしたらしいオルタと歳若いほうのクー・フーリンがゆらりと立ち上がったのが見えた。その口から出た言葉に、あれだけ食べても足りないのかと笑う。
 消滅一歩手前まで死合ったのならさもありなんというところだが、エミヤは動けない。
「食堂に行けばまだ何かしらあるだろう。いつまでも戻らないと心配する面々も出てくるだろうから顔を出してはどうかね?」
「あー……そうだな。そうするか。巻き込みついでだ、杖のオレのことは任せていいな?」
「ああ。今の所動かすことはできなそうだから硬い地面の寝床で我慢していただこう。目を覚ましたら報せればいいかね?」
 弓兵の問いに必要ないと返したランサーは、マスター含め皆にはうまく言っておくから、動けるようになったらそのまま部屋に戻れと続ける。
「承知した。そうだ、空の容器を持っていってくれ」
「だとよ、若いオレ」
「おうさー」
 まだ多少心もとない感じを受けるものの、自分たちが散らかしたタッパーを拾い集めた三人は、そのままエミヤとキャスターを置いて部屋を出ていった。
 残った犬達だけがふらふらしながらもエミヤの側に寄る。
 必要な魔力量が足りなければ、もしかしたら腕の中の男か、この犬達か、どちらかが消えていてもおかしくなかったのだろうと思うとゾッとする。
「君たちもお疲れ様だな」
 手招けば、彼らはここのところそうしていたようにぴたりと身を寄せてきた。
 床は硬いが、毛布がわりになってくれた犬達の体はやわらかく、あたたかい。
 クー・フーリンという存在が、ギリギリの戦いの時に大人しく消える気など無いのは、昔から知っている。
 勝算があるにしても一人ですべて背負う必要はないのに、と。おそらくは自分も思われているだろうことを口に出して弓兵は苦笑を零した。
 側面ごとに強調され、分かたれていても彼らはやはりクー・フーリンなのだと改めて思う。
 そうして。青年が思考の海に沈んでいる間に、寝息は三つに増えていた。
 起きた時にまずは何を告げるか。
 再び思考の海に漕ぎ出した弓兵の表情はかつてないほど緩んでいたが、誰もそれを指摘するものはおらず、ゆるやかな眠りの気配だけが降り積もっていった。

ちょっと急展開なキャス弓。知的にカッコいいキャスニキを目指して。 今回カルデア内や工房・魔力の設定など色々妄想・捏造が多分に含まれております。 アニキ達の中ではアニキは堪えなければならない時にじっと堪えることができるし割り切って色々できる、ある意味で一番カッコいい人だと思っています。キャスニキもそうなんだけど意外と沸点低いところが可愛い(笑) オルタニキの尻尾は趣味全開です……

2018/04/15 【FGO】