ホテルで朝食を

「コン、コン。コン、コン」
 ノックをしてそのまま待てば部屋の中が少しだけざわつく気配。どうやら部屋の主は起きているようだと安堵して、待つ間に深呼吸をして押してきたワゴン上を最終チェック。
 卵料理、パン、サラダにヨーグルト、ミルクとコーヒーという一般的な朝食メニューだ。
 温かさを保つためにと卵料理の上にかけられた透明なカバーにはうっすらと水滴がついているがまだギリギリ下に落ちることはないだろう。
 もっともこのまま待たされればその限りではない。客室係が少しだけ焦れた頃、ようやく目の前の扉が開いた。
 おはようございます。ご朝食をお持ちいたしました。お辞儀をしながら朗らかに挨拶をすれば、出るのが遅くなってすまなかったと謝罪の言葉が落ちる。
 頭を上げて目にした長身の客はバスローブ姿だった。そこまではまだいい。下着一枚で就寝する男性はよくいる。慌てて羽織ったと考えればまだ紳士的な方だ。
 気になるのはシャワーを浴びていたわけでもないだろうに頭からすっぽりとかぶっているタオルの方だ。それもフェイスタオルの類ではなく、もっふもふのバスタオル。
 一瞬視線を流しただけであったのに、目敏く気づいた男はきゅ、とタオルの合わせを掴んで見なかったことにしてくれと笑った。
「気になるかもしれんが、勘弁してくれ。ちと見せられねぇくらい寝癖がやばくてな。それを見たあんたが笑って食器を割ったらまずいだろ?」
 言葉を後押しするかのようにワゴンを押して踏みれた部屋には濃く酒の匂いが残っていた。
 ベッドの片方では上掛けが盛り上がっており、もう一人の客の存在を知らしめる。
 お連れさまの具合が悪いのであれば何かお薬などお持ちいたしましょうか。
 差し出がましいかと思いながらも声を掛ければけらけらと笑う。
「あー……こいつは昨晩ちと飲みすぎてな、大丈夫だから心配すんな!」
 連泊だからと調子に乗りすぎたなと口にする様子は自然体。
 弱いくせに無理するからよくあることだと続ける彼は、二日酔いだろうから少しだけ声を落としてくれとだけ付け足してばちんと片目を瞑ってみせた。
 そう言われれば、ただの客室係としては諾と答えて従うしかない。窓際に置かれたソファを少しだけ移動させ、間に押してきたワゴンを滑り込ませる。
 下段からトースターとパンが入った籠を取り出して設置すれば準備完了だ。
 コーヒーはポットに入っていること、終わったら廊下にワゴンごと出してもらうことを告げてから部屋を辞した。
「飲み過ぎとか……適当なことを言いおって」
「間違ってねぇだろうがよ。昨晩散々オレのを下で飲……イデッ!」
「たわけ! 外に聞こえていたらどうするつもりだ」
 閉じた扉から言い合う声が聞こえる。
 内容はわからないが、仲が良さそうだということだけは伝わってきた。
「大丈夫だ。オレもオマエも姿を見られていない。なら数歩分で削ぎ落とされるさ」
「ルーンを?」
「必要だろ。お互いのために、な」
 分厚く敷かれた廊下の絨毯が足音など許さないとばかりにすべての音を吸って一歩、二歩。
 ちかり。瞬くはずもない照明が一瞬陰った気がした。
 あれ。ああそうだ、滞りなく済んだ今は次の仕事に向かう最中だったと思い出す。
 頭の中からその相手がすっかり抜けていることに何の疑問も持たず、客室係はそのまま進んでエレベーターのボタンを押した。

2021/08/07 【FGO】