cat scramble

 異常事態だ、と。
 誰かが叫んだ瞬間が転機だったのだろう。
 その異常は、異常だと認識された瞬間にカルデア中を駆け巡った。
 対象となったのは神性を所有しているサーヴァント。ぽむとファンシーな音が聞こえるような気がすると対象外になった者達が見守る中で、彼らの姿は連鎖反応的に一瞬煙に包まれ、すぐに晴れたそこここにはどう見ても猫が鎮座していた。
 よく見れば、大きさや色などはある程度元の姿を引き継いでいるらしい。
 例えば。いかにも偉そうに踏ん反り返っている金の毛並みの猫は金ピカの王様だっただろうし、明らかに体が大きく、鬣のような豊かな毛を持つ黒猫はヘラクレスではないかといった具合だ。
 その光景を見た者を表すのならば、呆然というのが適切だっただろう。例に漏れず、世界最後のマスターとその正式サーヴァントである少女も並んだまま言葉を失って視線を泳がせた。
 その足元に歩いてきて体を擦り付けたのは、どこか狐の匂いのする薄紅を混ぜた茶の毛を持つ猫であった。
「もしかして……玉藻?」
 にゃあん。返事は途方にくれた響きをしていたが肯定を滲ませ、同時に人の言葉を理解していることを示している。
 とにかく解決策を探るために管制室に向かおうと進言した盾の少女に頷いたマスターが猫となってしまった玉藻を抱え上げ、足早に廊下を駆けていった。
 その進行方向とは逆。ちょうど休憩用のスペースが設けられ死角になっていたあたりでひらと白い布がひるがえる。
「……行ったか」
 どこか安心したような呟きがあって、深く息が逃げた。
 どこかのファラオが用いる白き御衣のようでもあるが、特に由緒あるものというわけではなく、正体はどうもただのシーツらしい。
 ちらと隙間から覗いたのは鋼の瞳。持ち主はカルデアキッチンの守護者とされる赤の弓兵だ。
 ほぼすっぽりとシーツで覆われている姿は不審以外の何者でもないが、それも誰かと会わなければ咎められることもない。
 周囲に誰もいないことを確認しながらこそこそと廊下を進み、一つの部屋の前で止まった。
 部屋の主の名を呼べば扉は難なく開き、出迎えたのは白い犬が二匹。
 目尻を下げながら視線を転じれば、寝台の上で不貞腐れた青の毛並みの猫がぺしんぺしんと先程変えたばかりのシーツを尾で叩いていた。
「やはり君もか……キャスター」
 力なく落とされた声に気付いた猫が髭を震わせて首を上げる。
 シーツの隙間からその姿を見下ろしていた弓兵はふらと寝台に近付いてすぐ傍の床に膝を付いた。両隣には犬達が並ぶ。
「おそらく玉藻と思われる猫はマスターの言葉を理解していた。ならば、君も私の言葉を理解するかね?」
 問いには困った気配が返る。
 当然だろう。理解はできても言葉を発することができないのは先程の光景でわかっていた。代わりにわふんと元気に返事をした犬の一頭が寝台に飛び乗り、猫を抱え込むようにしながら座って頭を下げた。
 額を合わせろと言われてるのだと直ぐに気付いた弓兵が身を乗り出す。
 目を閉じ、犬のそれと合わせた瞬間に腹の奥がぞくりと粟立った気配があった。
 『通じてるか?』
「キャスター?」
 『ああ。この事態の解決はマスターに任せるが、おまえさんに関してはオレのせいだわなぁ……』
 悪かった、と。言葉もないのに頭に浮かぶ相手の思考と感情に戸惑いながらも解決策はあるかと問うた。
 『ああ。だが、この姿ではとれる手段が限られるからな。多少時間がかかるぜ』
「構わない。さすがにこんな状態で出歩く気にはならないさ」
 ならばと告げられた言葉に一瞬躊躇して。諦めたように溜息をひとつ。
 寝台に乗り上げた弓兵が己の身を覆っていたシーツを落とせば、その身には眼前の猫と同色の耳と尾が生えていた。
 言われるがままに場所を譲った犬から渡された猫を抱えて寝台の上で丸くなる。
 それから数時間。彼らは抱き合いながら眠りの世界に揺蕩って、接触による授受で弓兵が吸収していた青の魔術師の魔力の譲渡と消化に勤しむこととなった。

2020/08/08 【FGO】