物騒なダンスパーティー

「よぉ、若いオレ」
「あん?」
とん、と。杖を肩に触れさせ、口端を上げて近付いてくる青の魔術師を視界に収めて、今まさに食事をしようとしていた男は、動きを止めた。
右手に握られた鈍色の金属は、目の間に置かれた皿に半分突き込まれたまま。
気安く近付いてくる己の別側面を眺めて首を傾げる。
年中雪に閉ざされたカルデアでは季節感は薄く、時折行事ごとが持ち上がる以外で意識することは少ない。
何か用でもあっただろうか。
首を傾げたままで近付いてくる相手が持つ違和感に気付く。
片手に杖、もう片手には。
カブだ。
それを認識した瞬間、咄嗟に霊体化を試みる。
「逃がすかよ!」
すこーん。
高い音が響き渡り、男は頭を押さえて悲鳴を上げた。
半分霊体化しかけていた体はいつの間にか元に戻っている。
「イッデェ!」
いきなり何をする、と。立ち上がって掴みかかった彼の頭上にぴこりと立ち上がったものを認めて、男はくつりと笑った。
「お。一応成功……か? 加減ってのは難しいモンなんだな」
「おっま……何だコレ!」
「似合ってるぜ? 菓子ばらまきに行くんならうってつけじゃねぇか」
くつりと笑う魔術師は手元に引き寄せた杖の飾りをしゃらりと鳴らす。
放っておいてもそのうち消えると付け足せば、ぺたぺたと己の頭を確かめていた男は深い溜息を落として諦めた声音を落とした。
「いーけどよ。どうせなら身体能力向上するとかねぇの?」
「気にするのそっちかよ。んー……今回はねぇな。ちょっとした実験兼ねたお遊びだ。でかい影響だしちゃマズイだろ」
逆に言えばそれだけだ。
普段ありえないものが頭に生えているというだけで、それは感覚器として生きてはいない。この時期にありがちな仮装用の小道具と一緒だ。
唯一違うとすれば。
「その耳とか尻尾とか自体には触覚も痛覚もねぇが、接している部分は別だ。せいぜい気をつけな」
特にお子様達あたりにな。
言いながらひょいと伸ばした手で垂れ下がっている尻尾を軽く引いてやる。
そこまで力を込めなかったが、言いたいことは伝わったらしい。なるほどと言うように頷いた男は、今気付いたとでもいうように手を伸ばすと、するりと魔術師の手からふさふさの尻尾を取り戻した。
「邪魔っちゃ邪魔だが……まあ、確かにお子様達にはウケそうだ」
たまにはそんなのもいいだろうと思考を切り替えたらしい男は、食べかけの皿に意識を戻す。
お互い用件は済んだとばかりの態度は特に気にされることもなく。
魔術師はひらりと手を振って、がんばれよーと心にもない激励と共に踵を返した。

「まあ。素敵ね、おじさま」
「お耳! 尻尾!!」
「ずいぶん良く出来た仮装です。カチューシャも紐も見当たりません!」
ぽすん、と手を叩いて声を上げたのはナーサリー・ライム。
今にも手を伸ばしそうな勢いなのはジャック・ザ・リッパー。
冷静を装いきれず、しきりに視線をさまよわせるのはジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ。
集まった子供達の視線はひたすら頭上と尻に向いている。
囲むようにぐるぐると回られて、男は苦笑を落とした。
「オマエら、俺の仮装に関心するより前に言うことがあるんじゃないのか?」
その手の中のバケツはなんのためだと水を向けてやれば、ようやく気付いたというようにお子様達は回るのをやめ、男の前方に集結してお決まりの文句を口にする。
とりっくおあとりーと。
元気な声が重なり、浮かれた気配とともに周囲の空気を揺らしていく。
よくできましたと言わんばかりににかっと笑った男だが、次の瞬間にはわざとらしく厳しい顔を作って、忘れてた悪い子達はお仕置きだ、と告げる。
「おしおき?」
「おう。具体的には追いかけっこってやつか? 力尽くで来いよ。得意だろ?」
取り出したお菓子の袋を見せびらかすように揺らし、腰の後ろにくくりつける。
「かいたい!」
「……していいのはお菓子の袋だけな」
一応釘を刺すが、はたして理解しているのかどうか。
だが、彼女達はこれでいいバランスを保っているのだ。いざとなったら他の二人が止めるだろう。
シミュレーターが起動し、見慣れた空間はあっという間にカボチャとおばけとコウモリが其処此処に浮遊する、どこかうかれた空間へと変貌した。
「うわ……祭仕様だって言われたけどコレかよ」
「あら、素敵だわ!」
男のほうは苦い顔をしたものの、お子様達には好評だったらしい。
ナーサリーの言葉を筆頭にきゃっきゃとはしゃぐ三人を見てまあいいかと肩を竦める。
「おら、まとめてかかって来いよ。袋を奪うだけじゃなくて俺に勝てたらオマケしてやる」
「スピードならまけないよ!」
「子供の姿だからと甘く見てもらっては困ります! てやぁ!!」
同時に地を蹴ったのはジャックとジャンヌ。ナーサリーはその場で小首を傾げたまま一時静観の姿勢。
大振りのジャンヌは囮。本命は素早さを生かしたジャックだろうと判断して、一歩ジャンヌの方に踏み込む。
「ッ!」
距離を狂わされた彼女の突きを引き寄せた己の槍でいなし、その勢いのまま石突を振ってジャックに牽制をかける。
ばさりと視界の端で尻尾が揺れた。
「と、っとと……あぶないあぶない!」
「おー。うまく躱したもんだ」
そうこなくっちゃな。
「で、嬢ちゃんはまだ様子見か?」
唯一動かなかったナーサリーに向けて声をかければ、今度はちゃんと参加すると応えが返る。
ふわり。スカートをつまんでお辞儀をひとつ。
「素敵な素敵な猛犬さん。エスコートはよろしくね?」
「さて、そいつぁ人選ミスってやつじゃねぇかな。ま、ご指名なら多少頑張るけどよ」
一人と三人。
くるくる、くるくる。
ダンスパーティーというには物騒な、お菓子をかけた楽しい追いかけっこのはじまりはじまり。

2018/10/25 【FGO】