ふわとろおやつ

 こそり、こそり。まっくろな影がふたつ。
「おかあさん、忙しそうだね」
「そうね。お忙しそうね。どうしようかしら」
 ひそひそと交わされる少女達の鈴が転がるような声音はカウンターを超えられずに床に落ち、その向こうで作業する男には届きそうにない。
「キミたちは一体何をしてるんだね?」
 不意に、純粋な疑問をのせた声が彼女達の頭頂部に落ちた。
「あら、ふとっちょのおじさま。ごきげんよう」
「よー?」
 ぱちくりと見上げる黒のドレスを纏った少女は、声の主を認めると、優雅に回って挨拶をしてみせた。それを真似るようにもう一人もくるりと回って語尾だけを唱和してみせる。ただし、その両手にはいつのまに抜いたのか、物騒な武器が握られていたが。
 だらだらと汗を零しながらふとっちょと呼ばれてしまった男は刃物はやめなさい刃物はと今にも消え入りそうな声で嗜める。
「そうよ、ジャック。ご挨拶にそれはだめ。スカートの裾をつまんで、こう」
 くるり。
 もう一度少女が回る。なんとも可愛らしい姿だが、あいにくとふとっちょのおじさまは彼女がサーヴァントであることを理解しているので、物騒さはさほど変わらないという感想しか浮かばなかった。だが、自称冷静沈着な彼はそんな己を誤魔化すように自らも貴族の礼をしてみせる。
「まあ、素敵ね! おじさまも素敵なご挨拶ができるのね!」
「なに、これくらいは嗜みというヤツだよ」
 フフン。
 踏ん反り返る男を横目に、ジャックと呼びかけられた少女は両手の刃物を消してくるりと回ってみせた。見よう見まね。スカートこそ無いが、先ほどよりも随分とさまになっていることに喜び、期待の眼差しを向けられたのを無下にできず、男は再び返礼をしてみせる。
 ふふと笑った彼女達は、ようやく最初の問いに対する答えを口にした。
「おかあさんにお菓子を作って欲しかったの。だからナーサリーとお願いしにきたの」
「あたしたち、これからお茶会をするのよ」
 あたしと、ジャックと、バニヤンと、金時と。
 指折り数えられる面子の共通点に男はすぐに気付いた。
 巻き込まれた当事者であるマスターの少年は今頃は夢の中だろう。
 そういえば。その少年を労うためにふわとろのパンケーキでもと言った己の言葉を思い出して、少女達に人数を確認する。
 先に名を挙げた四人と、最近この場所に来た女性二人、さらにはマスターの少年が加わるはずだと確認して、男は少し待てと言い置いて立ち上がった。
 カウンターをまわって厨房に入り、驚いた表情で出迎えた赤の弓兵に端のコンロを使うと宣言する。
 話が見えないながらも逆らわずに明け渡した青年は、自らの仕事をこなしながらも要求された材料を揃えていく。
「なにかな?」
「なにかしら?」
 少女達が顔を見合わせてくすりと笑う。卵と、バターと、シロップの甘い匂いが周囲に満ちた頃、ワゴンが一つ、彼女達の視界に滑り込んだ。
 持っていけと声が降る。そこの弓兵が作るよりも美味しいぞと告げてがははと笑う。
「ただし、キミたちが全力で引っ張り回したりすると崩れるから気を付けたまえ。なにせふわとろだからな!」
「素敵。素敵だわ。ありがとうおじさま!」
 くるり、くる。踊るようにしながらワゴンとともに去っていく少女達を見送る男を、さらに奥から眺める視線が二つ。
「エミヤさん。あれはよろしかったんですか?」
「ああ。手が回らなかったからむしろ有難いよ」
 問いは高速で野菜を飾り切りしている頼光から上がり、苦笑を混ぜて応える声はエミヤと呼びかけられた青年のもの。こちらも手は止めないままで流していた視線を手元の鍋に戻す。
「どうも、あのお方は我らがマスターと同類だ。相手がサーヴァントだろうが気にせず対抗心を燃やすし、実際ああして実行に移してみせる」
 憎めない人だろうと笑って、彼らは機嫌良さそうに厨房に戻ってきた男が後片付けをはじめたのを見て密かに頷き合った。

2019/05/16 【FGO】