ジン

 どこから話を聞きつけてきたのか。
 ここのところ見慣れてしまった顔が揃い踏みで談笑しあっている。
 あっという間に狭いくらいに人で埋め尽くされたマイルームは現在無断で改装されてどこかのバー風。
 順番に注文を受けるバーテンダーの姿を見ながら、マスターの少年は手元のグラスをからりと揺らした。
 アルコールは入っていないとは言っても世の中ノンアルコール・カクテルというものが存在するのだ。ならばこれはカクテルだという主張をしてもいいだろう。何より楽しそうにグラスを掲げるサーヴァント達の間に入れないというのはつまらない。
 隣ではやはり同じノンアルコール・カクテルを手にしたジークがほわりと笑った。
 全員からせがまれて顛末を語るバーテンダーの口調は淀みなく、詳しくないから任せると丸投げされた彼の手が滑らかに三つのカクテルを作り出す。
 ドライ・マティーニ。
 シルバー・ブレッド。
 ブラッディ・マリー。
 バーテンダーはそのカクテルの名称を告げなかったが、少年はすぐに気付いた。
 三人の前に置かれたそれぞれの酒は、彼らの姿を借りた者達に提供されたものと同じ。
 勧められるままに口をつけた三人は、それぞれ違った反応を見せた。
 気に入ったと告げる者。悪くないと零す者。そして、無言で戻す者。
 おや、と思う。
「どうやらヴラド公の口には合わなかったようだネ」
「ふむ、それではそれは俺が頂くとしよう」
 つい、と。
 突然、先ほどまではいなかったはずの声が響き、無造作に伸びた褐色の手が置かれたグラスを攫っていく。
 手と同じ色の喉が動いて、ロンググラスにほぼ丸ごと残っていた赤色の酒は一瞬で姿を消した。
 少し変わった味がするなと感想を落として、するりとヴラドの横に滑り込んだのはある意味“向こう”で渦中も渦中。その中心にいた人物だ。
 ただし、その触媒の話だが。
 除け者にされるのは面白くないと語る表情はどこか楽しそうですらある。
「おやおや。それでは彼のグラスが無くなってしまうじゃないか。ふむ、では……」
 何か面白いものを思いついたかのように口の端を引き上げて、バーテンダーは新たな酒を作り始めた。
 ドライ・ジンとドライ・ベルモット、そしてチェリー・ブランデー。
 ステアしてショートグラスに注がれたそれを、今度は頷いて口に運ぶ様子に、バーテンダーはくつりと笑う。
 酒の話題から再び“向こう”の話へ。
 淀みなく語りきったバーテンダーは、最後に手元に寄せていた蒸留酒の瓶をひとつ爪の先で弾いた。
「さて、ではコチラでは菩提樹の葉のかわりに、ひとつ酒でも取り合ってみるかネ?」
 カウンターの上に上げられた酒の瓶。
 そのラベルに記載されている件の英雄の名に、その場に集まった全員が気付いた。
「ほう。なかなかに面白い趣向ではないか」
「いや……それはさすがに……」
 肯定を示したのは案の定ヴラド三世で、苦い否定を割り込ませたのはそれまで少年の隣で大人しく話を聴きながらノンアルコール・カクテルを傾けていたジーク。
 彼の場合自分がその争いから外されることを懸念したのかもしれない疑惑もある。
 だが、そんな一瞬即発の空気とは裏腹に、出された酒と同じ名を持つ英雄はといえば、興味深そうに瓶を眺めているだけであった。
「一応高級ジンなのよ、コレ」
 へえ、と。同時に声が上がる。
 そうして密やかに。争いの幕は切って落とされたのであった。
 ゆらりと燃え上がったやる気に恐れをなして少年が逃げ出すまであと一歩。

2019/05/16 【FGO】