自粛要請

「問答無用。ちょっと頭冷やしなさいよね」
 迷惑するのはこっちなんだから。
 怒髪天を衝く、とはこういうことだろうかと言わんばかりの剣幕でぴしゃりと言い切った冬木のセカンドオーナーたる遠坂凛は己の前に正座をさせたサーヴァント二人に向かって指を突きつけ、ぴしゃりと言い放った。
「とりあえず一週間。霊体化もこの家から出ることも認めないわ。それでも頭が冷えないならいっそ強制にした上で無期限にしてやるから覚えておいて」
 返事は。
 そこまで言われてはい以外の選択肢があっただろうか。男二人は大人しく頷き、衛宮の家に泊まるという彼女を送り出した。
「おま……すげぇ顔してんぞ」
「うるさい。誰のせいだと思っている」
 盛大な溜息。ここでおまえさんもノリノリだっただろうがなどと言おうものならその後の展開は目に見えている。教会のシスターに引き渡されるのとどちらがマシかを弁えている槍兵は、言い返すことなくぽふりと目の前にあったソファに額を預けた。
 先刻までは凛が踏ん反り返っていたそれである。
「軟弱者が……と言いたいところだが、日本人でもない貴様なら仕方がないな」
 同じだけ正座をさせられていたというのに何事もなかったかのように立ち上がった青年はひょいと男の首根っこを掴んでソファの上へと落とした。
 ぎゃうんとでも表現するべきだろうか。男の口から変な声が上がる。
「おま、何しやがる」
「立てないのだろう。そのままだと酷くなるだけだぞ」
 正座の姿勢からは解放されたが即座に痺れから解放されるわけではない。悶絶する槍兵の姿を鼻で笑って、弓兵は一度キッチンへと消えた。
 アンティーク調のソファは正直に言うと男が横になるには少し小さい。
 普段からわかりにくい弓兵の好意の一部を無下にすることはない。大人しく普通の人間の速度での回復に任せながら男は深く息を吐いて瞼を落とした。
 この街有数の霊地の上に立つ遠坂の家は、今は契約を拒否したサーヴァントのために手を加えられて、結界を形成してこの場を満たしている。
 脅しのような一週間の外出自粛要請も半分は言い訳だ。まったく不器用な二人だと男は薄く笑う。実際すべてが弓兵に向いているこの場で過ごすのは、男にとっては正直に言ってかなり厳しい。
「ランサー?」
「……おう」
 まだ痺れはとれないのかと言いながら近付いてきた青年は、様子がおかしいと気付いたのか、熱でも測るかのように額に、首筋へと手を滑らせる。
 触れた場所からじわりと魔力が染みて、男は熱と一緒に凛への文句を吐き出した。
「兵糧攻めかよ。ひでぇことしやがる……」
「どういうことだ」
「オレに回す魔力はねぇとよ。今はまだ問題ないが、ココは結界内な上に、地脈からの変換の術式は全てがオマエに向かっている……この状況でオレは一週間どうやって霊基を維持すりゃいいと思う?」
 もちろんわざとではないのだろう。いつも肝心なところで失敗するあの少女のことだ。おそらくはこれもうっかりに違いない。寝ていれば消費は抑えられるが、自粛中の活動内容にはこの屋敷の手入れが含まれている。この弓兵にとっては常のことだろうから一人で問題無いと言いそうだが、彼女のオーダーは二人で仲良く、だ。
 お互い溜息を落として、そんなことになっているとは思っていないだろう女主人を思う。
「……提案がある」
 苦々しくかけられた言葉に、男はゆっくりと瞼を持ち上げた。眼前、思ったよりも近い距離に青年の顔がある。言ってみろと視線で促せば、まだ怒りが先に立っている凛に不備を指摘しようものなら逆ギレをする可能性があるため、数日はできる限り穏便に済ませたいというもの。
 青年のほうが自分よりも彼女のことをわかっているだろうと、槍兵はその提案を二つ返事で受け入れた。
「っても現実問題どうする?」
「私がなんとかすればいいのだろう」
 零すなよ、と。告げられた意味を咀嚼できないまま合わせられた唇に入り込んだ舌がさりと犬歯の先を掠めて遊ぶ。
 くちゅり。押し潰される水音と喉奥にまで落ちてくる魔力に思考を放棄して先を貪る。自ら舌を絡ませ、裏を擦り、軽く噛んで引っ込んだそれを追って相手の口内へと先を伸ばす。
 合間の息継ぎすらもどかしいと深く求めれば力の抜けた体が落ちて胸が触れ合った。
「アーチャー、足りねぇ」
 熱に浮かされた声だと自分でも思う。それ以外の意味などないとわからせるために、密着した体に股間の熱を擦りつけた。
「こ、こでは却下だ! 汚れる……ぅん」
「ここでは、ってことはそれ自体はいいのかよ」
 あの繰り返しの四日間で何度かそういう行為に及んだことがある。青年からすればこれもそのうちのひとつなのだろう。ただ魔力を融通する、それだけの行為。
「うるさい。痺れなどもうとれているだろう。さっさと立て!」
 別の理由で立てる気がしねぇんだけどと漏らせばスパーンと綺麗な音がした。
「イッテェ!」
 馬鹿を言うなと吐き捨てた青年が身を翻す。
 追い掛けて、辿り着いた先が浴室であることに男は口端を引き上げた。

2020/05/05 【FGO】