こどものひ

 お知らせメールの受信音に、本を読んでいた手を止めた少女は端末の前に置かれた椅子によじ登った。慣れた動作で画面を開き、文面を確認する。
 『なにもできない』という役割を負わされた彼女が、ここにきて得た『できること』のうちの一つは電子機器の扱いを不得手とする他の自分にこうやって端末に回っていたお知らせを共有することだ。
 使い方はナーサリーやイリヤ、シェイクスピアが教えてくれた。知らないものであっても自分がそうしたいと強く願えばできることはあるのだと。ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィが唱え、中華の女帝が実践して示して見せてくれた。
 だから彼女はひとつでもいい、この現界だけでもいいとこの役割を引き受けている。
「こども、の……ひ?」
 一斉送信で送られたそれは本日こどもの日につき、特別なお茶会をするから見た目が幼い者達には優先して集まって欲しいという内容であった。
 発案者はマスターで、お菓子担当にはカルデアが誇るキッチンメンバーが名を連ねている。
「……どうした?」
 いつの間にか戻ってきていたらしい自分のうちの一人が首を傾げる。お互い自分であり、アサシンクラスでもある認識では突然の声かけにも驚くことはない。
 ちびアサシン、とこの場では呼ばれている彼女はゆっくりと先ほど回ってきた連絡を説明した。
 これで今回の連絡における自分の役割は終わりである。読みかけの本の前に戻ろうとした彼女を待てという声が呼び止めた。
「その連絡、おそらくはおまえも数に入っているのだろう。行ってこい」
「いいの?」
「最近また新顔が増えたからな。紹介も兼ねているのだろう」
 まったく、あのマスターはと零す声音は優しい。こくりと頷いた少女はとた、とアサシンらしからぬ音を上げて廊下に飛び出した。
「おちびさんもおかあさんのお茶会にいくの?」
「私とは初めましてですね。話だけは聞いています」
 とたとたと食堂に向かう途中で出会ったのはジャック・ザ・リッパーと小さなメデューサ。特にジャックとは顔見知りだ。最初に匿ってくれたのは彼女とナーサリーだった。一緒に行こうと誘われて素直に頷く。
 ここでは足音を忍ばせる必要はなく、声を顰める必要もない。弾んだ会話はないが、重苦しい沈黙もなく、三人は廊下がぶつかる地点で向かいから来る集団に気付いた。
「ジャックだ! 食堂にいくの?」
「うん。バニヤンと……ええとアビー?」
「ご一緒してもいいかしら」
 最近カルデアに来た金髪の少女はふわりと笑った。
 その後ろからひょこりと姿を見せたのはクロエと美遊、そしてイリヤ。
「みんな一緒だねぇ! あ、じゃあ今のうちに配っちゃう。はい!」
 楽しそうに笑いながら差し出されたのは紙で作られた花だ。イリヤの顔と渡された花を見比べてその場の全員が疑問符を浮かべる。
「もう……イリヤったら説明が足りないんだから」
「こどもの日というは現代日本では一般的に男子のお祭りとされていますが、その制定はこどもの幸福とともに母に感謝する日、ということです」
 呆れたように肩を竦めるクロエと、淡々と解説する美遊。ごめんごめんと笑ったイリヤが、花はカルデアで『おかあさん』を担ってくれている面々にそれぞれプレゼントするためのものだと告げ、現在の環境で生花は入手しにくいから紙で作ったのだとはにかむ。
「おかあさんに?」
「マスターさんだけじゃなくてね。いつもおいしいご飯やお菓子をくれるキッチン担当の人達にも何かしたいなあって思って。協力してくれる?」
「赤い弓兵さんのお菓子好きだよ。ふわふわで」
 バニヤンが応えると、アビゲイルもパンケーキ今日もあるかしらと楽しそうに手を合わせる。
 一大集団になった彼女達は、改めて足取りも軽やかに食堂へと足を向けた。
「ようこそ、お嬢様……って随分と大所帯だなぁ」
「順番に案内するから少し待ってくれるか」
 食堂の入り口で一行を出迎えたのはいつもの衣装ではなく、白シャツにベスト、エプロン姿のクー・フーリンが二人。
 思わずジャックの影に隠れてしまったちびハサンの手を握って自分もこういうのは得意ではないが大丈夫だと耳打ちしたのはアナ。
「マスターさんやキッチンの人達に渡したいものがあるのだけれど、時間ってとれる?」
「それは終了後のほうが余裕があっていいぜ。預かりものがあるなら……ってもしかしてその花か?」
 みんなが持っている紙の花を見て、キャスターの方のクー・フーリンがふむと首を捻る。
「臨機応変は大事だからな。そういうことなら代表に一度渡してもらおう。マスターの嬢ちゃんは外せんとして、もう一人は誰がいいか希望はあるか?」
 キッチン担当は今もフル回転だ。全員は手が離せないだろうからとの提案に、あかいひと、と。小さな声が上がった。
「そうね、それがいいわ。今回だけじゃなくていつもおいしいお菓子をくれるもの」
「今なら大丈夫です、ちゃんと確認してきました!」
 いつの間にか。食堂に入っていたはずのナーサリーとサンタ・リリィが立っている。
「了解した。おう、オレ」
「あいよ、嬢ちゃんと弓兵だな。呼び出してくらぁ」
 先にランサーが食堂に入り、タイミングを計ったキャスターの合図で少女達は一斉に食堂に踏み込んだ。
「いつもありがとう!!」
 彼女達が捧げるのは感謝の言葉と手作りの花。
 ささやかなそれに目を丸くしたマスターの少女と赤の弓兵は、めったに見られないほど嬉しそうな表情でお礼の言葉を口にした。
「やりますね、イリヤさん」
「うーん、そこまで至らなかったのは痛かったなあ」
 後からその様子を覗き見た子ギルとアレキサンダーがそれぞれ手にした生花を上乗せでマスターと弓兵に渡し、さっさと自らテーブルに付いて。
 そんなやりとりでごちゃついている入り口の喧騒をよそに食堂の端では先客が我慢できずにつまみ食いを始めている。
「これはこれでええなぁ……お菓子言われてもどうしよかおもたけど」
「む。酒呑、それはなんだ?」
「ふふ、うちだけの特製ブレンドやから、茨木にもひみつなんよ」
 お兄さん、もう一杯。
「あいよ、ってオマエこれ……いや、言うだけ野暮か」
 ぴょこりと青い髪を揺らした歳若いクー・フーリンが酒呑の求めに応じてもはや紅茶なのかブランデーなのかわからないものをサーブする。
 すでにケーキ達はデザートワゴンにスタンバイ済み。食堂に戻った弓兵も紅茶を淹れ始める。
 店員役にはマスターとマシュのほか、クー・フーリンが三人。
 甘い甘い、いくつものお菓子と紅茶が香る盛大なお茶会の始まりはじまり。

2020/05/05 【FGO】