夏至2021

 深い深い森の中、ぽっかり開いた土の上。
 妖精の輪フェアリーリングの内側には小さな小さな花畑。
 倒れた樹のベンチの前には朽ち木の足を組んで樹皮のシートを張りましょう。
 葉っぱのお皿と角のコップ。
 鮮やかな木の実と蜜を湧き出した泉に沈めれば花と同じ色をした甘い飲み物の出来上がり。
 さくりと焼いたパイには小枝のフォークを添えて。
 華麗にステップを踏んで最後に魔法の言葉をひとつ。
 ようこそようこそお客様。
 夢と幻の境。誰のすぐ傍にある物語の秘密のお茶会へ。

「あら、あらあらあら?」
 少女のような女性のような年寄りのような少年のような。不思議な声音が疑問を歌う。
 お客様ね、お客様だわ。ころころと鈴を鳴らしたような笑い声に喜色が滲んだ。
「アンタ、何だ」
「乱暴はいけないわ。それはそのままあなたの大事なものに返ってしまうもの」
 誰だではなく何だと問うたことに気付いて声は笑う。
「招待状はないの? でも今日はお祭りだもの。せっかくの縁、あなたも楽しんでいって」
 再度疑問の声を上げようとした瞬間に一斉に打ち鳴らされた枝が葉を揺らす。
「いらっしゃいませお客様。秘密のお茶会にようこそ。お名前を頂戴できますか?」
 とことこと姿を表した老狐は後ろ足で立ち上がり、執事服を纏っている。
 目を白黒させながらも腰の剣に片手を添えた少年はセタンタと名乗った。
「はて、それは真実の名ですかな」
「クー・フーリンと呼ばれることもあるが、今はこちらで通している。不都合が?」
「いいえいいえ。それでは確かに招待状をお持ちでしたね。お連れさまはどちらに?」
 ぺろりと手元のファイルをめくり、到着の枠に押されるスタンプは彼の肉球。
「連れ? マスターのことか?」
「ああ、マスター様であれば先にいらしておりますよ。ご案内いたします」
 マスターがいる、と聞いた時点で少年が一人去る理由は消えた。
 警戒は解かないまま、老狐の後に付いてたどり着いた場所は告げられた通りこじんまりとしたお茶会の会場であった。
 老狐が下り、入口らしき樹の間を通れば、ちかりと光が明滅して、花の香りが全身を包んだ。
「セタンタ?」
「マスター。よかった、無事だったんだな」
 心配しなくても大丈夫だと手を翻した彼は、隣を示して保護者付きだと笑う。
「チビ犬、テメェはどっちだ」
「あん? なんだ、キャスターのオレか」
「オレだけじゃねぇけどな」
 言われて視線を流したマスターの反対隣。こちらには見慣れぬ武装の同じ顔。
「セタンタだあ? おい嬢ちゃんぼうずいつの間にそんなの引き込んだんだよ」
「槍持ち、ぼうず嬢ちゃんを困らせんな。さっき説明しただろうが」
「五月蝿え」
 少し遠くから響き渡った低音には、ばしんと樹に尾をぶつけたらしい音が付随する。
「だめよ、オルタのおじさま。今日はお祭りだもの。ほら、グラスをとって?」
「乾杯、乾杯! はい、あげる!」
 いつの間にか現れたのは見知らぬ黒い少女だ。続けて姿をあわらしたのは見覚えのある姿の少女と全く知らない白い少女。
「なんでジャック・ザ・リッパー? あと他は誰だ?」
「聞いてるわ、知ってるわ。あなたがセタンタね。私はナーサリー・ライム。ジャックとは顔見知りなのね? こっちはジャンヌ・リリィ」
「ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィです!」
 名前が長いとのツッコミは本気で睨んだ少女の肩を叩いた、後ろがつかえてるぞと笑う声に遮られる。
「あ、プロト! おかえり。犬達は見つかった?」
「当然だろ」
 マスターの声に口端を引き上げて男っぽく笑った彼はちょいと手を振った。
 男の後ろから現れたのは白い犬が二頭。さらに子犬が一頭。
「おまえも来てたのか」
 二頭の成犬はキャスターを経由してマスターへ侍ったが、子犬はセタンタの足元にくっ付いて警戒の唸りを上げる。
 合流できてよかったと手を叩いた少女がグラスを手にする。
「では乾杯しましょう? 一番昼が長く、夜が短い日のはじまりに」
 マスターと、彼方のマスターと、そのサーヴァント達が混じり合うここは夢に語られるおはなしの世界。
 少女の宣言を聞きながらセタンタは妙に納得した。
 おそらくこの場を願ったのはマスター。招待状はおそらく名前。マスターと彼方のマスター、存在が重なった二人を媒介にそれぞれのサーヴァント達が入り混じることになった妙な空間に花が舞う。
 音頭をよろしくとナーサリーから託されたマスターは気合を入れて立ち上がると、自分のグラスを眼前に掲げた。
 実際のところはわからなくても自分がこの日にすると決めたから。苦笑とともに全員を見回したマスターは。
 おめでとう、と告げてグラスをさらに高く掲げた。

 今日は太陽が最も力を増す日。その名を持つ御子達に囲まれてマスターの少年少女は花弁を吹き飛ばしながら満面の笑みを浮かべた。

2021/06/21 【FGO】