屋根の上の膝枕

どこまでも広がる星空に視線を転じた瞬間、一筋の光が流れた。
「ここにいたか」
かけられた声は少しだけ掠れて倦怠感を滲んでいる。
星空を背景にぼうと浮かんでいるようだ、と思う。真昼の空の髪と石膏の肌を持つ男の存在感は未だ薄い。立ち上がりながら視線を空から地上へと戻した青年は、眉間に深く皺を刻んでゆるく唇を開いた。
「……君は休んでいたのではないのかね」
「休んでたさ。まあ……十分とは言えねぇが、とりあえず動くのに支障がないくらいにはなったぜ」
助かった。
口端を上げて肩を竦めた男の表情が苦いのは直前の騒動ゆえだろう。
魔力不足で行き倒れていた彼を拾ったのは確かにアーチャーで、霊脈地のひとつであるこの場所に運んだのも彼だ。もちろん管理者である少女には許可をとってある。
「そっちに行っても構わんか」
「ああ、それは構わない……が。何か問題でも?」
「いんや。問題ってワケじゃねぇんだがな。ちと話をさせてくれ」
わざわざこんな場所ですることかと告げるも、結局は了承して。屋根と煙突の間に並んで座り込んだ。
「何やってたんだ?」
「屋根の修繕だよ。なにせ古い屋敷だからな」
それはわざわざ夜にすることなのかと男が問えば、念のためだと青年の顔に苦笑が浮かんだ。
「結界が張ってあるから基本的には心配する必要はないのだが、たまに勘がいいのか見えてしまう者がいるだろう」
「あー……いるな。嬢ちゃんとこの学校の……なんだっけか。陸上部のマネージャーだかがそうじゃなかったか」
「三枝嬢か。確かに」
霊体化していても発見されてしまうため、彼女が居そうな場所では開き直って堂々と実体化するか物理的に身を隠すしかない。
なるほどつまりはそういうことかとランサーは納得した。この家の持ち主である遠坂凛と友人または知人関係にある仲良し陸上部三人組と遭遇する可能性を考慮した時間選択というわけであった。
もちろん霊体化していては作業などできないため実体化するのだが、命綱もなしにひょいひょいと急な屋根を渡り歩く軽装の成人男性は明らかに怪しい。サーヴァントの身であれば、僅かな星の明かりで十分すぎるほどの視界が確保できるため、結界の力が強まる夜間の作業は理に叶った選択であった。
「ひとつ、忠告いいか」
「……承ろう」
「教会のシスターにはその技能把握されんなよ」
男の声はあまりにも真剣。あまりのことにぽかんと口を開けた青年に対し、凛では太刀打ちできないし自分も手出しができないと言葉が続く。
「嬢ちゃんに対しても有効打だと、魔力切れでぶっ倒れるまでこき使われるぞ、多分な」
「そ、れは……あまり嬉しくないな」
どうにかなる気はしないが気を付けるくらいはしようと真剣な表情で応えた弓兵に頷いた男は満足して脱力した。
「ランサー?」
「気にせんでいい……っても世話になってる身でそれはねぇか。なあ、アーチャー。ちっとばかし肩を貸してくれ」
「構わないが、そもそもまだ不調なら、地下で休んでいる方がいいのではないか?」
ことりと肩にかかった重みに眉を寄せて苦言を落とすアーチャーの声に、深く息を吐いたランサーは低く笑った。
「いや、どうも地下っつーのが合わねぇらしくてな。消化不良なんだよ……テメェは問題ねぇんだろ? 魔力の流れが安定してるなら波長を読ませてくれればいい」
元々、風が通る場所ならば少しはマシかと上ってきたのだと続ける。
「そうだな。私が召喚された場所がここだということもあるだろう……しかし、合わないというのは君の性質のせいかそれともここの霊脈との相性か……いずれにしても承知した。こちらの作業は一段落ついたからな。多少休憩するのも悪くはないだろう」
体勢が辛いのであれば完全に横になっても構わないと告げる青年に、溜息を落としながらずるずると滑って最終的にいわゆる膝枕の形におさまった。
微妙な表情をしていることがわかっていても知ったことかと男は開き直る。
男の鍛えられた大腿はその筋肉の分だけ厚く、寝心地はさほどよろしくはない。だが、どうにも無視できない魔力の甘さが鼻腔を擽った。
ごろりと向きを変えて鼻先を男の股間に突っ込み、服の上から鼻先でぐりと刺激すれば香りはより強く、鮮明に理性を麻痺させる。こんなところで盛るなと咎められた声すらどこか遠く。ただ掠れた声が弓兵の名を呼んだ。
「腹減ったわ。アーチャー」
激しい欲を無理矢理閉じ込めて腹の底に沈めたようなそれに返せる言葉もなく、弓兵はただ唇を噛み締めて途方に暮れた顔をした。

2020/08/08 【FGO】