お茶会の顔ぶれ

 ぱた、ぱたり。ことん。
 それはかすかな物音だったが、飢えた男にとっては逃せぬ感覚である。
 ひくつかせた鼻に触れるのは柔らかな焼き菓子と紅茶の香り。
 ぐると鳴いた腹を宥めるように一撫でしてから匂いを辿る。
 辿り着いた場所は予想通り食堂だが、眼前に広がる光景はいささか予想と異なっていた。
「……なにやってんだ?」
「見てわかりませんか。お茶会です」
「いや、それはわかるわ。わかるが……」
 不思議なメンツすぎるだろうと告げた男の眼前に広がる顔ぶれがすべて同じなのだから、その呟きも当然であっただろう。
 元々複数のクラスに適正があったのか、それともありとあらゆる運命のイタズラか。
 外見上の年齢もオルタ化もあまつさえ世界線違いのイフすらひっくるめて揃いもそろった『アルトリア』達がとりあえず六名ほど。さらには彼女達が水着に着替えたりすると霊基が変質してクラスが変わるため、もはや全容を把握しているのはカルデアのデータベースだけではないだろうかと思われる。
「ちょっと、そんなところに突っ立っていないでちょうだい。ジャマよ」
「イデッ!」
 ごす、と。いい音がした、とは声の主と一緒に来ていた同じ顔の冥界の女神の言だ。
「すみません。でも通行の妨げになっているのは確かですから」
 どこかおっとりとした声が続く。
 嬢ちゃん、と言おうとして男は口を噤んだ。声に出してしまえば間違いなく先ほどと同じ攻撃をさらに手加減無しで食らっていただろう。
 端に寄った男を見ることもなくスタスタと食堂に入っていった女神達は思い思いの場所へと腰を落ち着けた。
 それを壁の端で見守ってしまった男は盛大に混乱していた。
 ここはいつかの冬木ではない。そして彼女達も同じではない。
 だが、その顔ぶれはほんの少しだけ平和を楽しんでいた時を思わせるのだ。
「あー……こりゃ無理かね」
 あわよくば、という気持ちは眼前に並んだ人数の前では見事に萎びてしまう。さてどうするかと頭を掻いたところで首元に何かが巻きついた。
「アーチャー、人手追加だぜ。何をやらせる?」
「オイ、ちょっと待て杖持ち。離せっつーの!」
 巻きついたと思われたのはキャスタークラスの己が扱う杖の先だ。そのままズルズルと厨房前まで連行される。
「ランサーか。丁度いい。出来上がったものから並べるからサーブを頼む。キャスターは紅茶を」
「あいよ」
「オレ飯たかりにきたんだけど……」
 ぐう、と。本人よりも明確に主張した腹の虫に、褐色の指がカウンターの端を示す。
 積み上がっているのは端材で作ったのだろう揚げたパンの耳や形の崩れた焼き菓子などだ。
「取り急ぎはそれを食べて構わない。君が満足するようなものはこれを受けてくれたら彼女達が満足した後に提供しよう。それでどうかね」
「おーし、のった」
 女神達はともかく、だ。あの人数が集まったアルトリア達はどれだけ食べるのだろう。満足するまで、という条件に多少怯えながら男は頷いた。背に腹は変えられないというやつである。
 キャスターの自分も同じだろうが、自分にはなぜか喫茶店でのアルバイト経験があり、この現界では記録の制限がないためか経験を引き出すのはたやすい。
 食べていいと告げられた菓子をいくつか胃袋に放り込み、気合いを入れて皿を運び始めたランサーは、流れでおかわりの注文を中継する羽目に陥ったが、もしかしたらそれも計算のうちだったのかもしれない。
 なにせ条件は『彼女達が満足するまで』だ。
 だからこそ、新たに扉を潜ってきた人物に、笑顔でいらっしゃいませーと声を投げてしまったのも仕方ないことだった。
 瞬間的に硬直したライダーことメデューサは聞かなかったというようにそっと視線を反らせて彼女自身と縁が深い人間を依代にした女神の元へと足を向ける。
 こうなると男のほうも引き下がれない。
「ご注文は?」
「……お水を」
「もう、ライダーったら」
 一緒に紅茶にしましょう。ふわりと笑った女神に重なる面影に目を細めた美女はではそれでと小さな声を零す。
「あいよ」
 どこか幸せそうだと。決して口にはしない感想を飲み込んで、男は注文を通すために身を翻した。
「あ、紅茶とケーキ、追加お願いします」
 雰囲気をぶち壊す大食らいの声も可愛いものである。同じように了承を返して、金星の女神とともにカップを傾ける金髪の少女の幸せそうな顔に僅かに唇を緩ませた。

2020/05/05 【FGO】