かんしゃのきもち
白いクロスをかけた丸テーブルに乗せた真っ白いお皿と、赤のナプキン。
シルバーのフォークとナイフ。
白地に赤と緑で模様の描かれたティーカップとソーサー。隣に並んだポットも同じ模様が蓋と本体に入っている。
配置シミュレーションは完璧。一人頷いて、すーはーと胸に手を当てて深呼吸。
「今こそ特訓の成果を見せる時です!」
自分に言い聞かせて、毅然と顔を上げる。
一度配置した皿やカップ、ティーポットを回収すると、彼女……ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィはキッチンに立った。
キッチンの作業台と水場、コンロ付近は、少女の姿をした調理人に合わせて普段よりも一段高くなるように台が敷き詰められている。
邪魔にならない位置で見守るだけに留めているエミヤとアルトリアに目配せをすれば、軽い頷きが返った。
もちろん台は彼が用意したものである。
あらかじめ邪魔にならないようにと少女の髪は三つ編みにまとめてある。普段身につけてる手袋やケープ状の装備は邪魔になるからと、今日のメニューを作るにあたり師事をしたアルトリアがいつか着ていた物を真似て、ブラウスとスカートという出で立ちになっている少女は、エプロンを身に着けてしっかりと手を洗った。
適度な緊張感の中で作業する彼女の表情はどこか嬉しそう。
それが意味するところを知っているアルトリアも、つられるように笑みを零した。
脇で見守る二人は口を出さず、時間を確認してそっとエミヤだけがその場を立ち去る。
それを見届けたアルトリアは再び作業台に向かう少女に視線を戻した。
皿とティーカップ、ポットは熱湯で温めておく。
卵と牛乳、ヨーグルトを入れてよく混ぜ、続けて粉を入れたら切るように混ぜる。
フライパンを熱し、濡れ布巾に押し当てて熱を均一に。
生地を落としたらその間に隣のコンロにかけておいたケトルの火を強めてお湯を沸かしなおす。
ふつふつしてきたら裏返して焼けるのを待つ間にバターの用意。
一枚できたら速やかに温めておいた皿の水気を拭いて中央に乗せると、もう一枚にとりかかる。
焼いている間に時間を見計らってポットのお湯を捨て、適量の茶葉を入れたら熱湯を注ぎティーコジーを被せて保温。
何度も何度も繰り返した手順はもはや考えるよりも先に手が動く。
少女が真剣に調理に集中している間に戻ってきたエミヤは、目隠ししたまま連れてきた相手を、唯一セッティングされているテーブルに座らせた。
「甘い匂いがしますね」
ふふ、と笑った男はされるがまま。腐っても英霊としてある彼に目隠しなど無意味だとは思うものの、それはもうサプライズという名の雰囲気作りというやつである。
ちょうどのタイミングで二枚目が焼き上がる。
皿に移してバターを乗せたら完成。
一言も声を出すことなく完成した皿を男の前へ。
視線を交わしたエミヤとアルトリアは、すでに踵を返して食堂を後にしていた。
エプロンを外し、温めておいたカップとポットを並べて、少女は口を開く。
「もう目隠しをとってもいいですよ」
「おや、その声はサンタのほうのジャンヌですね」
わかっているだろうに、白々しく驚いて見せる男の目の前で少女は紅茶を注ぐ。
「ああ、甘い匂いの正体はホットケーキでしたか」
「はい。ええと……感謝の気持ち、です」
少しだけ不安そうな少女に、男はにっこりと笑いかけた。
「ありがとうございます。まるでお話に出てくるみたいなホットケーキですね。せっかくですからあたたかいうちに頂きましょう」
「はい。どうぞ召し上がれ!」
最悪拒否されることも考えていた少女は、男の一言に嬉しそうな表情を見せた。
「すごく美味しいです。しかし……今日はまたずいぶんと可愛らしい恰好をしていますね」
このテーブルに合わせた格好なのでしょうか。
ことりと首を傾げながらの男の言葉は、少女にとっては予想外で。
わたわたと自分の恰好を見返す仕草は誰が見ても非常に可愛らしい。
「こ、これですか? 調理するのにいつもの恰好だと邪魔になりそうだったので……でもなんか、改めて言われるとちょっと恥ずかしい、です」
「よく似合っていますよ」
「……ありがとうございます」
真っ赤になってしまった少女が、仕返しのようにどこかの弓兵さんみたいなことを言うと告げれば、一緒にしないで下さいと柔らかいものの本気の訂正が入る。
少女が頑張って習得したであろう初めての料理をふるまう相手として選ばれた事実はくすぐったくもあるが、同時に一抹の不安もある。
「しかしこれは後が怖そうですねぇ」
「大丈夫です! そのへんは抜かりありません!」
相手が誰でもサンタアイランド仮面特製キラキラブロマイドセットで買収可能だと胸を張って宣言する少女に、男は思わず苦笑を落とした。
「それはまた……ずいぶんと頼もしいですね」
「お任せください!」
きらきらとした笑顔を向けられてはそれ以上言えることもない。
自分のためを思って頑張ってくれた幸せそうな少女に現実を突きつけることもないだろう、と。
色々なものを誤魔化すように紅茶に口をつけた男は、どうにでもなあれという気持ちで瞑目し、懸念事項を明後日の方向に投げ捨てた。
2018/03/08 【FGO】