竹皮に白飯

「よぉ。ちっとばかし借りていいかい?」
 夜中にふらりとやってきた新顔の姿に、翌日の仕込みをしていた本日の厨房担当者はおっとりと首を傾げた。
「ええと……確か村正さんでしたよね。新しく召喚された」
「おう。お前さんは、インドの女神だったか」
 パールヴァティーの擬似サーヴァントだと告げた彼女は女神らしからぬエプロン姿で、ぺこりと頭を下げた。
 あまりにも現代日本じみた仕草に少しだけ口端を引き上げて、村正は抱えてきた鍋を軽く揺すってみせる。
「土鍋……ですか」
 うっかり零れ落ちたというようなパールヴァティーの言葉に首肯を返した村正がそれをそっと台上に下ろす。
「これ、もしかして作られたのですか?」
「お、おう。おそらく無いと思ったんでそうしたが……もしかして必要なかったかい?」
「あ、いいえ。確かにあまり使う機会はないのでなかったかと。必要な時は紅女将かエミヤさんが都度用意されてましたので」
 それでなんとなく閻魔亭からの持ち込み物であることが察せられる。赤いアーチャーが用意した場合はまた別かもしれないがそこに突っ込むのは野暮だろう。
「すぐに出て来ねぇなら用意した意味はあったな」
 夜中の厨房で二人。他愛もない話をしながらの時間はどこかゆったりと流れている。
 作り上げられたのはつやつやの土鍋ご飯。そこから絶妙な力加減で握られた塩むすびが竹皮の上に並ぶ。
「うわぁ……美味しそうですね」
「そうかい? ただの爺の塩むすびだぜ」
 きらきらした目で見てくる女神に、ふむと首を捻った男は作り上げたひとつを取り上げて半分に割った。
「せっかくだ。一緒に味見してくれるかい」
「喜んで」
 半分にした塩むすびをひっそりと二人で頬張り、指に残った粒をぺろりと舐めて笑う。
「ごちそうさまでした。なんか得した気分です」
 どこかそんなやりとりを懐かしむような表情に目を細めて、洗い上げた土鍋と竹皮の包みを手にした村正は自分が来たことは秘密にしてくれと苦笑する。
 快く頷いたパールヴァティーと笑みを噛み殺して向き合った瞬間、朝食担当らしきサーヴァントが入り口に姿をみせた。
「もうそんな時間か。邪魔して悪かったな、別嬪さん」
「いいえ。いつでも歓迎しますよ、村正さん」
 再度持ち直した土鍋をふと思い立って入り口に立ち尽くしている青年に差し出す。微妙な表情のままで首を傾げた青年は口を開かないが、拒否をすることもなく土鍋は彼の腕におさまった。
「庵(へや)に持って帰ろうかと思ってたんだが、どうせなら使ってくれ。扱いに文句は言わねぇよ」
 言いたいことだけを告げて横を通ろうとした村正を呼び止めたのは土鍋を抱えたままの青年だ。
 するりと底部をなぞった指先が乾燥具合を把握する。やっと口を開いた彼の言葉は、保管場所くらい聞いていってくれというもので。
 意外な面持ちで立ち止まった村正の耳に、いい鍋だと囁くような声が届いた。
 聞かせてしまった意識がないだろう彼はそのまま厨房の入り口まで進み振り返る。
 どうするのだという表情に負けて男は踵を返す。
「それは儂(オレ)が使っても構わねぇってことだよな?」
 問いに青年は答えず顔を背けたが、すぐ近くにいた女神の表情があまりにも柔らかい。それが答えだった。
 やれやれ、と。苦笑と共にむず痒い気持ちも一緒に飲み込んだ男は厨房の奥に歩を進める青年を追った。

2021/08/08 【FGO】