大輪咲う場の一枝

 一帯全てに届くように計算され、あちこちに設置されたスピーカーから流れる陽気な音楽。
 楽しそうに歩き回る学生と来場者達。
 どこか浮かれた空気が漂っている表通りとは裏腹に、塀と建物の間では物騒な打撃音があたりに響き渡った。
 喧騒と音楽にかき消されて、それらの音は人々が楽しんでいる場所まで届くことはない。
 そんな裏通りから面倒そうな態度を隠すことなくのそりと姿を見せた男は、周囲を窺ってから何食わぬ顔で学園祭と大きく描かれ、飾り付けが施された門の傍に立った。
 取り出したスマートフォンの画面を開き、案内するから絶対に来いと豪語した待ち合わせ相手からの連絡がないことを確認する。
 流石に外で、周囲に人が居る状況だという意識はあるためか。舌打ちは内心だけで留めた男はそのままメッセージの作成画面を開いた。
 約束は果たした、迎えに来る気がないのなら帰ると打ち終わるまでに相手が来ればよし。そうでなければ宣言通りに帰るだけだ。
 一人で来たということもあり、会場に足を踏み入れた瞬間から色々と面倒な因縁をつけて絡まれるので非常に面倒になっていたということがひとつ。もう一つは来るという約束だけは果たしたのであとは好きにして問題ないという考えだ。
 一般常識で考えればおいおいそれはないだろうとなるところだが、彼を呼び出した相手は男の性格と行動を熟知しているため問題にはならないだろう。
 打ち始めたところで自分と同じように明らかに他校設定だとわかる制服姿の女子二人が通り過ぎていく。
 お姉ちゃんと呼びかける声を聞くに姉妹なのだろうという考えが浮かんだ程度。
 視界の端に赤と青の長い髪が踊るように翻る様子が掠め、思わず意識を向けてしまった瞬間に不穏な気配を察知してしまった男はひょいと己の尾を前に伸ばした。
 べしゃ、と。無様な音が響き渡る。
 顔面からいったのでさぞ痛かろうと思うが、自分を含め目撃者達の同情は皆無だ。
「えっ……何?」
「なんでもねぇよ。運の悪いのがオレの尾を引っ掛けただけだ」
 こちらは対処しておくからさっさと行け。
 一瞬振り返った少女達を遠ざけて、地面で伸びている人物の傍にしゃがみ込む。
「さて、寝たふりはもういいだろう。とっととどかねぇと踏みつけるぞ」
「ヒイッ!」
 効果音をつけるとしたらびょーんだろうか、それともびーんだろうか。
 全身伸び切った器用な起き上がり方をしたスウェット姿の不審者は、その運動神経があれば尾に引っかかって転ぶことなどなかったのではと思われる速度で全力疾走し、逃げていった。
 あとは何事かと集まってきた野次馬達を散らせば何もなかったことになる。茶番相手に選んだのは如何にも優等生といった外見をした青年だ。
「騒がせて悪かったな」
「いいや、助かったよ。ようこそカルデア学園祭へ。楽しんで行ってくれると嬉しい」
 一瞬呆気にとられたような顔をしたものの、すぐににこりと笑った彼の腕に巻かれているのは風紀委員の腕章。片手に持った竹刀をそっと背後に回しても今更な気がするが、外部からの客が多い正門という位置では仕方がないことかもしれない。
 柔らかなはずの笑顔に気圧されて。差し出された案内図を受け取ってしまった男は帰るに帰れなくなって仕方なしに校内へと歩を進めた。
 ちらりと振り返った先では自分を送り出した青年が女子生徒らしき集団に飲み込まれようとしているところ。黄色い声が響き渡る限り近付ける気はしない。
 彼女達が諦めるか青年が逃げ果せない限り入口付近はしばらく混乱が続きそうで、裏口でもない限りは適当に時間を潰す方が得策だろう。
 とりあえず手元の簡易地図を見ながら人が少なそうな場所へと向かって歩く。
 飲食物を出すあたりは論外。体験系のあたりも遠目に見た感じではかなり混み合っていた。
 残るは展示系のエリアか。
 辿り着いた目的地は人混みが皆無とは言えないが他のエリアに比べれば圧倒的に少ない。これなら改めてメッセージも打てるだろうと、さらに端へと身を寄せた。
 選んだのは展示エリア入口横の柱と植え込みの間。
 歩行ルートから外れたため、さらに人の数は少ない。スペース的に尾を含めた全身を隠そうとすると若干狭いが、慣れぬ場所でのことだ。文句を言っても仕方がないだろう。
 できる限り身を小さくしてしゃがみ込むと、適当に鞄に放り込んでいたスマートフォンを取り出し、即座に戻した。
「……面倒だな」
 取り出す際に画面を一瞥しただけで、待ち合わせのはずの相手からメッセージがあったのが見えてしまった。こちらは送る前だったので明らかに機嫌を損ねているのがわかる。
 こうなるとメッセージを送信できなかった理由を探す必要があった。
 正門近くのトラブルがひとつ。これは自分を校内に追いやった美丈夫の登場で女子学生達が集まり混乱に陥っていたのでその場から離れた理由にすることが可能だ。
 あとは校内にいてなお連絡できなかった理由が必要になる。
 己の性質上できればあまり人と関わらない形が望ましいが、この人だらけの状態で可能かどうかは怪しかったが、もう一度渡された案内図を引っ張り出して覗き込む。
 ふわり。突然、自分以外の影が落ちた。
 ぽす、と。設定が夏ということもあり、暑いことを予想して丸めて纏めてあった髪に何かが乗った感触。
「帽子?」
 髪留めに引っ掛けないように注意しながら手を伸ばし、引き寄せて確かめると、触れたのは成人用や子供用だとしても明らかにサイズの小さな中折れ帽。
 柔らかな白色の本体にアクセントで黒のリボンが巻いてある。
 明らかに夏向きの素材が使われている紳士物だ。丁寧に扱われているようで、汚れや綻びなどは見当たらない。
 明らかに外部来賓にあたる誰かの持ち物だろうが、あまりの小ささに被っている人物を思い描けない。
 矯めつ眇めつしていると、細く白い毛が付着しているのに気付いた。
「白髪……いやこれは」
「わんっ!」
「なんだ」
 小さな帽子越しに目を合わせたのは白い犬。毛並みが白というとキャスタークラスの自分のところにいる狼犬二匹のことを思い出すが、明らかにシルエットが違う。まして首輪がわりに凝った花柄の蝶ネクタイを身に付けた、すらりとした姿では似ても似つかない。
 自分に犬達を飾りつけるような趣味がないと言い切れるが故である。その頭、耳の間の毛が不自然に寝ているのに気付いた。
「ああ、これはオマエのか」
「わんわんっ!」
 当たりらしい。おそらくは風かなにかに飛ばされたか、誰かに奪われたのだろう。ちゃんと追いかけて取り戻しにきたのは賢いが、このまま一匹で徘徊するのは学園の者と主人が困るだろう。なにせ魔獣関係の出し物があると先ほど見ていた案内にもあった。
 会話が成立するわけではないが、犬は嫌いではない。自分は連絡ができなかった理由を探していて、その理由になりそうなものが目の前にある。ならば使わない手はないだろう。
「主人のところに戻るまでオレを護衛として雇うか?」
 問えば、元気な声を響かせた白い犬が、帽子を持ったままの手をぺろりと舐めた。
「交渉成立だ。ああ、少し待て」
 己の髪に刺してあったピンを一つ取り、帽子の内側に付いていたタグを利用するように差し込んで毛並みに止めてやる。
 無理に毛が引っ張られたりしていないことが確認できれば完了だ。ついでにルーンを刻んでおいたので悪意ある者に奪われる心配はないだろう。
「行くぞ。案内は任せた」
「わんっ」
 なるべく人混みを避けていくが、多くなってくれば男の傍にぴたりと寄って歩く。時折立ち止まるのは匂いを嗅いでいるためで、そこに関して急かすつもりはない。
 随分と人に慣れており、賢い犬だと感心していると、明らかに何かを隠すような位置へと移動をした。何事かと思ったが途中で布が結びつけられた棒を回収するためだったらしい。
 帽子を追うのに集中するために隠したのだと判断できるそれは、彼の持ち物なのだろう。
 誇らしげに咥えて運ぶ様子を見る周囲の口元が思わず緩む。
 枝を咥えたことで声を上げることはできなくなったが、些細なことだ。
 明らかに少し焦った様子の人物が見えたところで周囲に花が咲いたような喜びが広がる。
「ああ、よかった。無事だったのだね」
 護衛と言ったがそれも終わりのようだ。案内されてきたのは正門近くの大看板の前。
 犬とお揃いのネクタイと帽子を身に付けた人物であれば、主人であることは一目瞭然で、魔獣に襲われることはなく、迷子になることもなく、無事に再会できたのだと判断できる。
 まだ少し距離があったため、そのまま立ち去ろうとした男を呼び止めたのは犬の鳴き声と穏やかな男性の声だ。
「この子が君に助けてもらったと言っているよ。お礼を言わせておくれ」
「不要だ。こちらにも益のあることだからな」
 それでも一度足を止めたのは犬の鳴き声で周囲の注目を集めてしまったからだ。人助けならぬ犬助けしていた目撃情報があれば現在連絡がないことで怒り狂っているだろう相手を宥める材料になるというだけ。
「ふふ……君はとてもいい子だねぇ。ありがとうよ」
 流石に言い返せる言葉はなかった。ふいと視線を逸らし、そのまま足早に門を潜り抜ける。
 無数の並行世界、無数の可能性と繋がり、何人ものマスターを迎えて盛り上がっていた学園祭という魔術は即座に解かれ、場に合わせて身に付けていた制服は普段通りの礼装に戻る。
 ただ、礼を言っているような元気な犬の鳴き声が背にぶつかって。
 僅かだけ男の口元を緩めた。

C108無配でした。 11周年フェス、楽しかったですね! オルタニキが当日枠だったため、1日目参加だった私は開場待ちの間に流れてきた情報を見てノックアウトされていました。 クーちゃんの尻尾に引っかかって転ばされたい……というのは私の妄想と願望です(スタッフさんここに変態がいます!)

2026/08/22 【FGO】