幸運E-の流れ弾

 オレはその日、上には上がいるということを思い知った……などと言うとかなり不穏に聞こえるが、これはそんな物騒なことじゃあない。単純な数値上の話だ。
 理由はちらりと覗いた厨房の中。
 視線の先にはもはや涙目になりながら謎の物体を生産する、最近召喚されたセイバークラスのサーヴァント。
 全体へのお披露目で紹介された際に、彼女の中にある神性については説明がされていた。本人もそれを理由にどこか深い付き合いを避けている節があるのも知っている。
 そんな彼女の数値化された幸運値は信じられないことに自分の上をいった。もちろん悪い意味で。
 しかし不幸を集めるというのなら、相対的に周りの幸運値は上がっていると言えるのではないかと思うわけだが、そのあたりは本人の心の在りようなので口出しは控えておく。
 ぼん。
 またひとつ、彼女の手元にあったものが爆発する。おいおい、何個目だ。
 視界の端では噺家が大仰に肩を震わせたのが見て取れたが、隣に立つ赤い弓兵は眉ひとつ動かすことなく、いま何かありましたか何もありませんよねみたいな顔でしれっと新しい材料と入れ替えていた。
 オレの目的はその弓兵なんだが、こりゃどうにも手が空きそうにない。
 そうなればまあ、やることはひとつだ。
 とりあえずはおそらくは弓兵とバトンタッチしたのだろう、一時休憩中の戦闘女王や聖女様やらにお伺いを立てて許可を貰った。
 次に手を洗う。爪の間から手首まで念入りに。
 エーテル体の身でなにをと思わなくもないし、正直面倒だとは思うが、二度手間になるほうがもっと面倒だ。
 別に怒らせたいわけじゃないし、一手間違うと余計に拗れてさらに面倒なことになる。
 実際のところ、召喚直後のうっかりを除けば、名を残した連中ほどそのあたりの匙加減は上手いもんだ。
 仕上げに消毒用のアルコールを揉み込みながら、予備として誰でも使えるように置いてあるエプロンに袖を通しながら厨房内へ。
 すぐにこちらに気付いた弓兵は、視線だけでなにをしに来たとばかりに睨んできた。
 準備万端の格好でわかるだろうに、最初からやらかす前提かよ。
 賢明にもそのあたりは飲み込んで、つられるようにこちらを見た彼女にはへらりと笑ってみせる。
「急で悪いが、アンタの邪魔はしねぇからそのまま続けてくれよ。あー……たまにその男の口は借りるが、いいか」
「あ、ああ……」
 頷いたのを確認してにこやかに礼を言う。これでもう弓兵は何も言えないところまで計算済みだ。
「うし、んじゃアーチャー。オレにもそれ教えてくれよ」
「……いいだろう」
 小言が飛んでこなかった。代わりに彼女と向かい合う位置に材料が揃えられる。
 さすがは腐れ縁の弓兵。これは早々に意図に気付いたとみていい。ならばこの後はスムーズに進むはずだ。
 菓子作りなんぞガラじゃないが、必要とあれば仕方がない。おまけにこちらも超が付く初心者なわけだから弓兵の説明はどうしても細かく、丁寧になる。
 時折目の前の彼女とも出来具合を比べつつ、なぜか巻き込まれるように爆発させたりもしてそのたびにゲラゲラ笑ってやれば、それまで泣きそうなほど切羽詰まった顔をしていた彼女はいつの間にか笑っていた。
 この場合オレの失敗は彼女の不幸の余波なのか微妙なところだ。もっとも、まったくもって気にしないが。
 その後も何個爆発させたかもはや覚えていないが、奇跡的に出来上がったものを大事そうに抱えて彼女はしきりに頭を下げながら駆けていった。
「……途中で転ばないといいのだが」
「あり得ない話ではないが……ま、大丈夫だろ。オレのは最後まで完成しなかったからな、その分で支払いは済んでる」
「やはりそういうことか」
 口調は呆れと安堵が半々。
 おいこら。そこでどういった表情をすればいいかわからないって顔すんじゃねぇ。
 むしゃくしゃした腹いせに彼女の完成と同時になぜか爆発した、最終工程だったはずの菓子の欠片をひょいとつまみ食いすればなんとも苦かった。
 仕方ないが、菓子の味じゃねえわな。
「ランサー」
「んあ?」
 葛藤の滲む声音に振り返るが、明後日の方向を向いていた弓兵とは視線が合わなかった。そのまま待ってみれば紅茶を淹れてくれないかとの一言。その手元にはおそらくオレが完成させることが叶わなかった菓子の姿があった。
 完成品を確かめておかないと自分が作っていたものがわからないだろう。そんな風に告げられた言葉は振る舞う言い訳以外にない。要するに遠回しな感謝のしるしだ。
「そうだな。次に作ってみるにしてもこの爆発物の印象しか残らないんじゃあなあ……」
 くつくつくつ。
 ひとしきり笑ってから綺麗に並べられた茶缶のうちのひとつを手にする。
「どうせならオレかオマエの部屋に行かねぇ? 気分的な問題だろうが、ここでやるとまた爆発させる気がするっつーか」
「紅茶をか」
「紅茶をだよ」
 即答してやれば一瞬黙り込んだ弓兵は貴重な茶葉を無駄にされたくないと折れた。
 よし、これで目標達成。
 どっちの部屋でもやることは一緒だ。朝まで付き合ってもらうから覚悟しやがれ。
 声に出すことはせず必要分だけの紅茶の葉を缶から取り分けてから残りの片付けを済ませると、連れ立ってその場を後にした。

2020/03/04 【FGO】