水中の焔

 容赦なく照りつける日差しが眼に映る光景を青と白に塗り替えていくようだ。
 そんな感想を抱いて流れた汗を拭き取り、じゅうじゅうと小気味好い音を立てる手元の鉄板に視線を戻す。
 臨時雇いのマネージャーもどきは一時休憩。近場にいたサーヴァント全員を巻き込む盛大なバーベキュー大会は、足りない肉をその場で調達するという荒業で続けられていた。だがそれもそろそろ終わりに近付いているだろう。
 まだこれから作業がある者も多いはずで、陽気に食べ、飲んでいた彼らは満足して少しずつ数を減らしていく。
 食べ過ぎたと砂浜に転がる者達はいわゆるバカンス満喫組だ。すでに作業を終えた者も、現実逃避している者も混ざっているかもしれないがそこまでは青年の理解が及ぶ範囲ではない。
「エミヤ君、ヘルプ助かったよ。ありがとう」
 冷たい水とともに差し出されたブーディカの言葉に青年は笑って応じた。受け取った水を一息で呷ってしまってから、随分と乾いていた己に気付く。
「いやいや、煮詰まっていたらしい彼女達も英気を養ったようだからな。寧ろ感謝したいのはこちらのほうだ」
 バベッジ卿を鉄板にするという暴挙をやらかしていたが、目の回るような忙しさではそこまで手は回らず、結果放置されていた。後から改めて謝っておこうと青年は決意する。
 一時は数が足りず大量に用意された鉄板やその他諸々の道具達は、規模の縮小に伴い適宜片付けられ、残りは最初に持ち込んだらしい一つを残すのみ。
 あとはこちらで片付けるからと告げられ、ホテルのレストランで雇われているという彼女の言に頷いて本来の仕事に戻ろうと踵を返した青年は、優雅に振られた手に踏み出しかけた足を止めた。
「おお、アーチャー。あの味付けは見事であったな。余は大満足だぞ!」
「お褒めに預かり光栄だよ、皇帝陛下」
 アタシはもうちょっと生のほうが。まあまあそんなこと言わずに、蒸し鶏肉は美容にいいんですから。そんな不穏な会話が傍で交わされる中で立ち上がり、青年を見上げた薔薇の皇帝はふむ、と首を傾げた。
「アーチャー。余らは作業に戻るが、そなたにはしばし休憩を言い渡すぞ。日が暮れてから戻ってくるがよい」
「え、あ……?」
 一方的に告げられたそれは、有無を言わさぬ皇帝としての命令だ。
 傍で不穏な会話をしていた二人を促し戻っていく背中を見送ってエミヤは呆然と立ち尽くす。
 突然休憩と言われてもやることなどなく、かと言って別れを告げてきた手前、今更ブーディカ達の片付けの手伝いに戻ることもできない。
 見上げる陽光は依然として眩しく、眼前に広がる海はさらに眩しい。
 最近はホテルの部屋に缶詰だったため、気分転換に少し体を動かすのも悪くはないかという考えが浮かび、さくりと砂を踏んだ。
 考えながら歩いている間に足元は砂から波打ち際へ。日差しに炙られる浅い海はあたたかく、まるで温泉のようだ。
 構わずそのまま進み、水中にあらかた体が沈んだところで、普段の礼装や適当な服を編む要領で水着に着替える。最初から情熱を持って準備している女性陣のように霊基を弄っているわけではないので姿を固定することはできないが、一時凌ぎであれば問題はないだろう。
 軽く地を蹴り、深くなったことで水温の下がった水を掻く。本当の意味ではおそらく変化は無いのだろうが、気分的な問題というのは無視できないもので、しばらくぶりに動かした体はいつもに増して重い気がした。
 鈍っているなと己を笑って沖に向かう。その途中で、見慣れた姿を視界の端に捉えた。
 一括りに表現すれば青という色であるものの、空とも海とも異なる色彩がその間で揺れる。それが四つもひとところにあれば嫌でも目立つというものだ。
 バーベキュー大会の端で、泳ぐならきちんと髪を纏めろとお子様組に詰め寄られていたのを覚えている。そのまま逆らわず三つ編みにされたらしいと遠目に見た状態でもわかった。
 唯一髪の短い年若い彼は少女達の魔の手を免れたらしいが、他三人は綺麗に同じ髪型。確かに、本気で泳ぐのなら水中で広がらない分楽だろう。
 だが、どこか勿体ないと思っている己を自覚して、青年は唇を引き結んだ。
 とぷりと水中に顔を埋めてそこまで深くない底を目指す。くるりと向きを変えて見上げれば、揺れる水のフィルターを通してみる空はゆらゆらと光が落ちるさまが眩しく、美しい。
 潜っては浮いてを繰り返しているのだろう。視界の端には変わらず青と白の色彩がちらついていた。しばしそのまま水中に漂って思案し、見つからないうちに迂回することを決めて。吐いた泡を追って水面に顔を出すと、やはり青と白がちらつく。
 青年は、その色の先、目的としていた小さな岩場から離れるように水を蹴った。
「外見年齢も、現界するクラスが違っても変わらない、か。まさに全身サバイバルだな」
 周囲の色に溶け込みながらも存在を主張する姿は、降り注ぐ日差しと同じくらい眩しい。
 知らず、ゆるりと唇が弧を描く。
 無理矢理意識からちらつく青を追い出して、さらに沖に向かって泳ぐ。さてこの辺りでいいかと方向を変えようとしたところで自分以外が上げる水音に気付いた。
 この状況でそんな相手など他に考えられず、青年は慌てて水を蹴る。
 白く泡立った飛沫が道のように揺れる水面を横切っていく。
 音がすぐ近く。逃げきれない。
 瞬間的に青年は水中へと身を躍らせた。水底まで、あと少し。
 手を伸べて。ゴツゴツとした岩場と珊瑚の地面に指先が触れる、寸前。
 先は横から伸びた白に絡め取られた。引かれて体を返された先に、楽しそうに細められたあか。
 水中にあってなお燃え盛る焔の瞳が青と白の世界を裏切るしなやかな肉食獣の体躯を持つ男。
「       」
 水中にあって当然声は発せられることなく。それでも唇の形だけで呼ばれた名を受けた男は嬉しそうに笑う。泡となって空気が逃げた先を追って視線を流せば、光る水面を背景にゆらりと漂う尾のような髪が見えた。
 水底に伸ばしたはずの指先はまだ男の手中に捕らわれたまま。瞬き一つほどの思案を経て青年は反対側の手を伸ばす。
 不思議そうに首を傾げた男の尾の先。濡れてきつくなった髪留めの紐を起用に引き抜いてやれば押し留めるものがなくなった髪はゆるりと解けて水中に広がった。
 束が細かくなったために、先端が水に溶けるようで。青年の唇からは大きく泡が零れる。
 そろそろ限界か。
 視線で上昇を訴え、手を離してくれと示した青年に返ったのはさらに接近した顔と、腰に回された腕。捕らわれた片腕は未だにそのままだ。
 疑問をぶつける余裕など存在しないまま唇が重なる。
 こぽり。こぽ。
 口内に流れてくる呼気。与えきれずに逃げた空気が耳朶を擽る笑い声を上げながら昇って。至近のあかが瞼の向こう側に沈む。
 どの道逃げきれなかった己に選択肢は存在しない。同じように瞳を隠し、与えられるものを享受する青年は途中からゆると上昇する己の身を感じた。
 さほど長い時間でもなかっただろう。
 二回目以降の口付けは酸素不足を訴えた青年を助けるためというよりは戯れの色が強かった。
 密着したまま啄ばむように触れる唇を拒むのは難しく、青年は早々に白旗を上げて男に身を任せることを選択した。このまま水中に沈めてしまうつもりがないなら暴れる方が面倒だという判断。
 浮かび上がったと同時に背浮きの体勢に誘導される。捕まえられていた手は外されているが、代わりにゆるゆると髪を遊ばれて眉を寄せた。
 そんな顔をするなと笑い混じりの声が頭の先で上がる。
「このあたりにゃ誰も居ねえだろうが。そう邪険にすんなって」
 おまえさんの髪、水中だと水と同じ色に染まって端から溶けるみてーなのな。
 そんな風に。水と同じ色に染まった髪に波間から落ちた光が揺れて綺麗だったのだと、なんのてらいもなく口にする男は、海上に出て元の色を取り戻した青年の髪の先を遊ぶ。
 だがその言葉は。
「……その言葉はそっくり返そう。水中に広がる君の髪。流れる先が水と交ざり合うさまはとても幻想的で、美しかったよ」
「そりゃどうも。だけどな、お子様どもに見つかる前に責任を持って戻せよ」
「いや、残念ながらそれは誤魔化しきれるものではないよ。私がやればそれだけでバレる」
 ぱしゃり。足が軽く水を蹴って飛沫を散らし、とびっきりの悪戯を思いついたかのように青年の口端が上がった。違わず男を示すためのクラス名を口にして、お子様達が引き揚げるまでどこかに隠れていようかと誘う。
「そんな時間あんのかよ?」
「あいにくと日が暮れるまで戻ってくるなというお達しを受けている身でね。暇を持て余していたところだから美しい獣と戯れるのも悪くないだろう」
「おま……まあいいわ。あのあたりの岩陰から上がれる。行こうぜ」
 水中でも煌めいていた瞳の焔を真っ直ぐに向けた男は、青年が付いてくると疑っていない動作で泳ぎだした。制限時間は日が暮れるまで。さて、何をして過ごそうか。水を跳ね上げた白い飛沫の道は違うことなく同じ場所まで続いて途切れた。

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2019/07/21 【FGO】