ゆみざんまい0905企画まとめ

【声・歌・雨】(ha槍弓)

 たん。たたん、たん。たたん。
 たたたん。たん、たたたたたん。
 ガラス張りの天井で跳ねる水がワルツを踊る。
「朝からずっとだぞ。だいぶ降るな」
「梅雨だからな」
「こう土砂降りだと商売あがったりだぜ」
 カウンターに頬杖をついて頬を膨らませる男に一応営業時間中なのだがと返した青年は、君の口からそんな言葉を聞くと思わなかったと笑う。
「客なんて誰もいねぇだろうが」
「さて、わからんぞ。ありとあらゆるところがガラス張りだからな。外から見ている者もいるかもしれん」
 例えばの話にはどうだかなと疑問が返って、流れ落ちる水がヴェールのようになっているガラス壁を指差す。
「あれじゃ中の様子も見えんだろうが」
「……それもそうか」
 内側にいる男二人は気付かなかったが、外から見たその店は流れ落ちる水越しに色とりどりの花の影が滲んで水彩画のような雰囲気を纏っていた。
 時刻はようやく昼時といったところだが、雲は厚く、あたりは暗い。
 たん。たたん、たん。たたん。
 止むことなく降り続く雨の音が強く、弱く。音楽でも奏でているかのようにガラスを叩く。
 予報では一日降り続くという予想のそれ。
「君が願ったら止むとかないのかね?」
「オレはてるてる坊主かい!」
 どこでそんな知識を。呆れたような呟きが響いたのを最後に沈黙が落ちて、再び雨の声に支配された。
 たん。たたん、たん。たたん。
 いつまでも続く雨に青年がペンを走らせる音が重なる。
 店名を書き記したところで別の手が伸びて左上に梅雨らしい雨色の花を描いていった。
 勝手に、と苦笑しながら咎めることはなくいつも通りの文言を記していく。
 ここは商店街の一角にある小さな、花に溢れた喫茶店。不定休なこの店を切り盛りするのが人でないことは一部の彼らに近しい者達しか知らない。
 とんとん、と場所を主張した男に場所を譲ると、やはり雨色の花を器用に描いて、どうだとばかりににやりと笑った。
 悔しがった青年はそれに反応せずに視線を逃して、茶葉の整理に戻る。
 肩を竦めた男は気紛れにレコードプレイヤーの蓋を開けた。
 少し悩んで取り出した一枚の円盤をセットしそっと針を下ろす。
 じり、と。ノイズの走ったスピーカーからは緩やかな旋律が流れ始めたことに驚いた青年は思わず顔を上げた。
 ゆると男の唇から零れたのは歌。
 僅かに掠れるような声が高く、低く音を紡ぐ。
 小さいながらもよく響く声は雨に閉ざされた花の重い花弁を揺らして遊び、作業の手を止めた青年は、椅子に浅く腰掛けたまま伏し目がちに音を紡ぐ男を見遣った。
 雨音はさながらギターの代わりか。
 ゆらりと動く指先が何かを誘うように揺れる。
 愛と別れを歌うそれをレコードの声と一緒に歌いきった男はばちんと片目を瞑って見せた後、それまでの態度を一変させて入口の扉に手をかけた。
「いらっしゃいませ」
 営業用の声が響く。
 本日最初のお客様は雨の音に遊んだ男の歌声が連れてきたのだろうか。
 いらっしゃいませ。男と同じように穏やかな声を投げた青年がそっとレコードの音を絞る。
 雨の音と気をつけないと聞こえないほどに絞られたレコードの歌と店員の穏やかな声に出迎えられて。
 咥えていた籠をその場に置いた客はわふんと元気よく挨拶の声を返した。

【約束・花】(カルデアキャス弓)

 少しいいか、と。
 声をかけられた青の魔術師は作業の手を止めてゆっくりと相手を見上げた。
 男の手元にあるのは数々の種。広げられた大きな紙の上には簡易的な図形が並ぶ。
 顔を出した赤の弓兵はそれを見て申し訳なさそうに瞼を伏せた。
「……すまない。作業中だったか」
「そろそろ一息吐こうと思ってたところだ。かまわねぇよ」
 それでどうした。
 水を向けてやれば急いではいないのだが相談があると小さな声が落ちる。
「いいぜ。移動したほうがいいか?」
「そうだな……それは中断しても問題ないものかね?』
「おう。どうせここに入ってくるのは|槍持ち《オレ》かおまえさんくらいのもんだ」
 次の畑の区画割りの計画だから意見があれば聞くぜ。
 種の袋を弾いて笑った魔術師と目を細めた青年の視線が同時に転がったそれを追う。
 ぴたりと止まった先は考え中の文字の上。
「おし、じゃあ行くか」
「承知した。短時間だがシミューレーターを借りている。どうだろうか」
 頷いた男がどこか寄る必要はあるかと問うが、必要なものは持参してきているから問題ないと穏やかな声が微笑む。
 視線を交わした二人は目元に笑みを刷いて、並んで歩き出した。
 起動したシミュレーターに映し出された風景は一面の荒野。ただし今は薄紅色の花がそこを覆っていた。
 甘く、さわやかな香りが満ちる。
 魔術師の瞳が細められ、遠くを眺める色を見せたのには気が付いているのか。青年はかろうじて開けた場所にシートを敷いて、持参してきたバスケットを開く。
「キャスター」
「……おう」
 小さなショットグラスに注がれたのは琥珀色の液体。酒かと問われて曖昧に頷いたグラスはそのまま白い指先に掠め取られた。
「いい香りだな」
 銘柄を問うこともなく男は香りを楽しんで、青年の用意ができるのを待つ。
「お待たせした。とりあえずは乾杯といこうか」
「おう」
 グラスを掲げて唱和し、喉を焼く酒の風味を楽しむ。
「美味え」
 自然な動作で差し出されたつまみを口にしながらひとつひとつに感想を告げていく。
 青年はメモをとりながら頷き、時折味を変えるようにソース追加を提案する。何度か繰り返されている気軽な試食会は特に事前に約束することもないが、手が空いている限り断ることもない。
 なんとなく、呼び出しの理由はそれだけではない気がして、男は再度注がれた酒を干してから舌を湿らせた。
 参考になったと頷く青年にむしろ役得だと返す。
 それで、と。本題について窺うように真っ直ぐに持ち上がった男の瞳が青年を射抜く。
「……特に期待されるような用があるわけではないのだが」
「それでもなんかあるんだろ?」
 言ってみろ、と。促されて青年は小さなグラスを両手で包んだまま目を伏せた。
 眼前に咲くそれが、クー・フーリンに影を差す存在であることを知っている。
「いや、君とこれを飲みたかったというだけだ。残りは君に進呈するから好きに処分してくれたまえ」
 結構な高級品だからな、と。笑って立ち上がった青年はシミュレーターが映す花達に一歩近付く。
 それを追って男も立ち上がった。
「アーチャー、口開けろ」
 有無を言わさぬ声に即座に従った青年の舌にとろりとした甘さが乗る。
 返礼だの一言とともに青年の手に握らされたのは少しだけ濁った黄金色の瓶だ。
「……甘いな」
「疲れに効くだろ? ひと瓶やるよ。今度それに会う茶を物色するのを手伝ってくれ」
 お互い相手に口にさせたそれが同じ花が姿を変えたものだと彼らはすぐに気付く。
 指摘することもなくくつりと笑い、どちらからともなく唇を重ねた。

【夏・祭り】(カルデア狂王弓)

 遠く打ち上がる花火を仰いだ青年は、もうそんな時間かと息を吐いた。
 娯楽でもあり時報でもある音と光は夜時間に切り替わりった合図だ。
 夏の日の入りは遅く、あたりはようやく陰ってきたかといったところ。まだ明るい空に舞う光は薄く、音だけが存在を主張する。
 そんな僅かな光さえも遮って、のそりと姿を表したのは狂王と呼ばれるバーサーカークラスのクー・フーリンだった。
「弓兵」
「ああ、今行くよ」
 簡潔な呼びかけに目元を和ませた赤の弓兵は、近くにひっかけてあった上着に袖を通しながら砂を踏む。
 日が陰ってきたとはいえまだ沈み切ってはおらず、昼の間に熱せられた地面はまだまだ熱い。
 気温も高く、プールや海で涼みたいと押し寄せる人々の気持ちもわかるというものだ。
 実際のところはともかく、サマーバカンスと称して少し浮かれた水着霊基のサーヴァント達はあちこちに繰り出し、夏を満喫していた。それには何人かの哀れなお供も含まれる。
 それぞれ蜂蜜の女王様と反転した騎士王のお供を仰せつかった男二人は、彼女たちへの義理を果たしたところで開放され、相変わらず走り回るマスターを見ながらさほど広くもない島にある小さな滝の横から崖の上に登った。
 眼下での争いを横目にひっそりと用意されたそこはいわゆる隠れ家的な休憩所だ。
 向かっている途中で悲鳴とともに転げ落ちていったのはキャスタークラスのクー・フーリンだろうか。
 夜間と休憩所では戦闘禁止ということになっているはずだが、どうやら海魔に追われているらしい彼は逃げるのに必死のようだ。
 マスターと今回行動を共にしているのはマシュと水着姿の葛飾北斎で、キャスター組として修行相手にも選ばれているらしい男は女王から開放されても休む暇などない。
 よかったのかと隣に問えば、なんのことだと抑揚のない返答。
「オレの役目は終わりだ。あとは好きにするさ」
 もっとも、マスターや女王の興味が向いた場合は付き合うのだろうことを知っている青年は喉の奥でくつりと笑う。
 サーヴァントらしい物騒な夏の祭りはまだ続きそうだが、役目が終わった者達にとってはのんびりとバカンスを楽しむ時間だ。
 休憩所はいくつかあるが、崖の上は登るのに面倒なためか人気がなく、二人以外の人影はない。沖に浮かぶ小舟で寝そべる女王や、遥か遠くの海上をバイクとジェットスキーでかっ飛ばす水着姿の黒の騎士王、宮本武蔵両名の姿を認めた青年は思わず苦笑を零した。
「この様子だとしばらく貸切だな。マスターの食事を用意する前に一息いれようか」
 じきに日も暮れる。
 それまで少しの間だと備え付けられている魔術品のクーラーボックスから小瓶を二つ取り出した青年は、栓を抜くと片方を男に手渡した。
 かつりと瓶の底を合わせるように一方的に乾杯してから口に運ぶ。
 万が一を考え、この場に酒は持ち込まれていない。強い生姜の香りと炭酸の強さが鼻に抜けるそれももちろんノンアルコールだが、甘さよりも刺激の強さが先にくるため、甘いものが苦手な者でも飲みやすいと判断しての選択だった。
 ゆらと男の尾先が揺れる。
「お気に召さなかったかね?」
「いや、少し面食らっただけだ」
 瓶の清涼飲料水は喉を潤すためではなく雰囲気を楽しむだめだけの行為だ。
 それぞれ瓶を片手に崖の端まで移動する。
 色を濃くし始めた空にはぽつりぽつりと星が灯り始めていた。
 暴れ足りないらしい面々ももうしばらくすれば切り上げるだろう。
「おっと……すまない」
「なんのことだ」
 唐突に飛来してきた猛スピードの水流はどこかの騎士王の水鉄砲から発せられたものだ。避けた拍子にバランスを崩した青年を男の尾が引き寄せる。
 謝罪に素知らぬ顔で瓶を口に運ぶ男に笑って。青年は己の身に触れたままの尾先をするりと撫でると今度は感謝の言葉を口にした。

【旅・嫉妬】(カルデア旧槍弓)

 ぱちり。
 闇に舞う火の粉をなんとはなしに目で追って。その先にいる人物に気付く。
 マスターとジェロニモはどうやら野営時の心得を話し合っているらしい。少し視線をずらした先にはこれまた長身の影が二つ。
 片方は今や厨房の守護者と呼ばれるエミヤ、もう片方は極限状態における糧食の要とも言われる俵藤太。どうもこちらは食事の相談をしているらしいのが雰囲気でわかるが、会話自体は聞こえてこない。
 火の番を任されている男は手元の棒をくるりと回してから燃える薪を持ち上げると、厚く葉に包まれた食材を空いた空間に押し込んだ。
 中身は夕食になるはずのものである。何かは聞いていないが、藤太がいる以上食材には困っていないはずで、エミヤが調理する以上美味しいものにありつけるのだけは確かだ。
 元の通りに薪を戻し、もう一度ぱちりと弾けた火の粉を追って空を見上げた。
 日は沈み切っておらず、赤く染まった雲が強めの風に流されていく様子が見て取れる。
 ああと息を吐き出したところでどうしたと声がかかった。
 横着して後ろに倒した首を軽く支えられ、苦笑が落ちる。
「預かった包みならさっき入れたばっかりだぜ」
「知っているよ。そうではなく、空を気にしていたようだったから何かあるのかと思ったんだ」
 声の主は先程まで藤太と話し込んでいたはずのエミヤで、男の見ていたものを追うように仰いた喉が緩く上下するのが見えた。
「クー・フーリン?」
「あー……雲の流れが早い。気付いたか?」
「言われてみれば。明け方あたりだろうか」
 何を、とは告げなかったエミヤに対し、おそらくと返した男は首の角度を戻して、火の向こう側でジェロニモの指示に悪戦苦闘するマスターを眺めやる。
「警告するかね?」
「いんや。おそらくはジェロニモの旦那がやるだろうから俺としちゃ静観だ。降られたら降られたでいい勉強になるだろうしな」
 今の自分の役割は火の番だと笑って、キャスタークラスの自分のようにはいかないがと続けながら首から下げた月を咬む犬を模したペンダントを弾く男に、隣に並んだ青年もマスターに視線を向けたまま頷く。
 その表情に目を見開いた男は、気になることでもあったかと問いを投げた。
「いや……ただ昔のうっかりを思い出しただけだ」
 わかっていたのに傘を忘れて濡れ鼠になったことがある、と。視線を合わせないままの青年は告げる。
「濡れ鼠ねぇ……そんなことを言うわりには楽しそうだな、アンタ」
「そうだろうか」
「おう。行きたい場所での出来事だったか?」
 零れ落ちそうなほど見開かれた青年の瞳に炎の色が映り込んで朱に色づき、声になり損なった息はどこか震えている。
 かなりの時間を置いてようやく、そうだなと小さく肯定の言葉が落ちた。
「生前、いくつもの国を巡った。その中には憧れていた土地も含まれていたんだ」
 確か、そんな場所のひとつでの出来事だった。
 自分が口にしたことを把握しているだろうか。薄く笑む彼の伏せられた瞳に睫毛が影を落とす。
「ちと妬けるな」
 小さな呟きに上がった疑問は聞こえないふりをして、あまりにも自然な動作で手にしていた棒を青年に握らせた。
「やっぱ警告しに行くわ。火頼む」
「え、おい。クー・フーリン!?」
 心変わりの理由がわからず慌てた様子の青年を置いて立ち上がる。
 悩んだが火から目を離すことができなかったらしい彼をその場に置いて、男はマスターの元に歩み寄った。

2021/08/07 【FGO】