Hear my voice!

 最初にあったのは満たされない、という感覚。
 かといって手放すこともできない。ここに存在しようとする限り続くそれをどうにか誤魔化しながら、それらは集まり、蠢き、徐々に外見を編んでいく。
 不可能だったはずのものを可能にしたのは、集合体に混ざった異物。純粋な魔力リソース。
 偽物のからだに、泡のように沸いて弾けたどこかのだれかの思考を押し込んで。ひとつ、またひとつとちぎれるように異物から存在に足るだけのリソースを受け取り、あちこちに散っていく。
 増える、ふえる。
 外側を繕っただけの夢幻。
 それはいつしか思考のままに個として活動し、強い想いでひとつの世界を形作った。
 ここは住人ひとりひとりが聖杯の欠片を持つ特異点。
 極小サイズに分割されたそれらは住人であると同時に世界の基盤として存在し、離脱を許さない。
 満たされない想いを抱えたまま住人達は世界に揺蕩う。
 変わることなく続くかと思われた世界に、変化、または終焉と呼べるものは唐突に訪れた。
 光が溢れる。
 その日、閉じた世界に異物が降り立った。
 偶然ではあったのだろう。
 眼前に唐突に現れる彼らを見てしまっただけの、揺蕩う者であったひとりは、かつてないほど全力で目を輝かせ、湧き上がった衝動のままに告げた。
「アイドルに興味ありませんか!」
 返答はもちろん即時の拒否。
 がくりと項垂れたまま、宥める女性達の声を聞く。
 片方はアイドルの素晴らしさを滔々と語り、もう片方は最初からこれだけ友好的なら情報が手に入るかもしれないと苦笑する。
「ええと……ここの住人さんってことでいいの?」
 ふわり。鮮やかな炎色の髪を揺らして首を傾げ、覗き込むような姿勢になった姿には、敵意どころか好意しか漂っていなかった。
 眩しい、と思う。
「あ、えっと……ハイ。そうなる……の?」
「なんで疑問形?」
 言われてからはっとするがもう遅い。こうなれば素直に話す他に手はないだろう。
 とりあえずは。
「ここではちょっと……移動しても?」
「わかった。こっちは七人だけど、大丈夫?」
 多少手狭なのを許容してもらえればという返答にはそれなら問題ないだろうと笑って、彼女は連れに移動する旨を伝えている。
 どうしてこうなったと自問自答する暇もなく移動した先は公園っぽい広場に停車されているトラック荷台の中だ。
 リア扉に続く階段を登って入った先は荷台という見た目からは想像できないほど部屋として整えられ、稼働はしていないもののエアコンや鏡、折りたたみテーブルなどが壁に備え付けられ、フローリングと白壁が気持ちのいい一室になっている。
 中腹あたりにひとつだけある三人掛けのソファを使ってくれと促せば、相談などなくとも女性陣を座らせ、男性陣は床に座ることにしたらしい。対応完璧か。
 憧れが形になったものだが、まさかこんなことに使われるとは思っていなかったというのが本音である。
「あら。ここはなんか控室のようですわね。なんとなく落ち着きます」
「あ、わかる。トレーラーハウスっていうには物がないからかなー」
 特徴的な三角帽子が当たらないかと気にしている長身の女性と、最初から友好的に話しかけてきた少女がそれぞれ感想を告げてあたりを見回す。
 なんとなく車座になっている面々にお茶も出せませんがと告げればそんなことは気にしなくていいと笑った。
「とりあえず通信を試みてもよろしいでしょうか?」
「あ、そうだね。構わないかな?」
「構わないけどその前に一つ。ここでは本当の名前を名乗らない欲しい。理由は後で説明する」
 真剣な声音に、真面目な表情で少女二人が頷く。
 無事に繋がるといいけれどと少し不安そうな声。何をするにも報告と情報の取得は重要だ。明らかにこの世界の者でないならば尚更。
「はいはーい、途中から話は聞こえていたよ。よかった、今回は無事に繋がるみたいだね」
「はい。通信感度良好です。現地の協力者を確保しましたので一緒に話を聞いていただければと」
「オッケー。じゃあ情報交換といこう」
 目の前に居る少女達よりもさらに幼く見える少女姿のグラフィックは朗らかに笑って先を促した。見た目とは逆だが、映像の彼女のほうが年上らしいと判断する。
「はい。それではこちらが、ええと……」
「あー……ワタシに名前はないから適当に呼んで。幽霊みたいなものだから、ゆーちゃんでもレイ太郎でも」
 ほら、足もありませんし。
 告げた瞬間全員の視線が集まる。そんなに注目されるとちょっと恥ずかしい。
 誰も気にしていなかったに違いないが、示した下半身は腰のあたりから徐々に揺らめき、透き通って消えていた。
 そう、この場所に発生したものたちには名前がない。名前どころか年齢も性別もない。分たれた時から同じ姿。外見とて、これが自分だという認識は低かった。
 驚いたような表情の面々を前に、彼だか彼女だかわからないものは説明を続ける。
 名前がないという自覚自体は意志を獲得したものたちには共通してあった。自我が強く出た者の中には勝手に己の名を定めているものもいたが、呼び合うようなことがないため、なければないで困ることもない。
 そんな世界であることを念頭に置いて考えれば、名のある者、その名を個として認識し呼ぶ者が一箇所に集うのは面倒を呼び寄せる可能性がある、と。
 説明は至極真面目なものだったのだが、その場にいた全員に少し困った顔をされて頭を掻いた。
「なるほどですな。名前がないなら仕方なし。それではこの際ユウ・レイ氏ということで如何ですかな?」
「ではそれで」
 髭面のおじさんの提案に即答した途端、それで本当にいいのかとツッコミが飛ぶ。
「問題ない。とりあえずアナタ達がワタシを示しているとわかればいい」
 あまりにも温度のない返答に、見るからにトゲトゲがたくさん付いており、痛そうな装備をした男が口を開く。
「必要なことか」
「おそらく。必要があれば通称のようなものをつけておいて欲しい」
 頷いた男はそのまま少女達を見た。
「あ、オッケー! とりあえず狂王は狂王でいいよね?」
「好きにしろ」
 ユウ・レイという呼び名を得た存在は、彼らの会話を聞きながら考えに沈む。
 トゲトゲのもふもふで己の直感的には絶賛アイドル向きのはずだが愛想はなくてこちらの要請を無慈悲に叩き落とした彼は狂王。と己の認識に書き込む努力をした。
 自然な流れとして、少女は時計回りに手を翻して移動しながら呼び名を確認していく。
「黒髭は黒髭。ここまでは問題ないよね」
「くろひーでもいいですぞ」
「そこは好きにして。問題は次からだね」
 黒髭と呼ばれた、見事な髭面で片手に鉤爪状の装備を持ち、なぜか裸にコートを羽織った男はでれっとした表情で請うがしれっと流された。全員にスルーされてしょんぼりしている彼を励ます者は誰もいない。
「えーと、サリ……先生?」
「承知した」
 サリ、は元の名前だろうか。灰色のスーツを纏い、物静かな印象の男は言葉少なに告げられた呼称を受け入れる。
 周りが頷いているところを見るに得に違和感もないらしく、そのまま採用となった。
「次は……」
「ここはアーチャーで頼む。赤の弓兵でも構わないが少し長いかな」
 黒の上下に赤の外套を纏った人物から悩んでいる風な声を遮っての早口名乗りはどこか場の苦笑を誘う。
 よく見れば腕にある菱形に囲まれた場所は肌で、外套の丈も短く、見えそうで見えない脇の素肌もなんともいえない色気を撒き散らしている。けしからん。
 まだ何も言っていないのにとむくれた少女だが、まあいいかと頷いた。
「今回のメンバーではクラス被ってないし、かえってわかりやすいか。じゃあ決定で」
「それでは私もキャスターの方がよいでしょうか? 個人的には機織り女でも構いませんが」
 順番はソファに座っている女性陣に移り、先ほど帽子がぶつからないか気にしていた女性が声を上げる。
「とりあえず機織り女は却下で。うーん。キャスターっていうのもしっくりこないんだけど……なんかいい呼び方あるかなマ……私の騎士様?」
 言いかけてやめた方は隣に座る少女の名前だと予想はできるが、突っ込まないのが賢明である。
 それよりもその後に続けた名称の方にクリティカルをくらって撃沈してしまう。
 しばらくは使い物にならない様子に黒髭は目を輝かせ、アーチャーは頭を抱え、議論の元であるはずの女性はなんとも蕩けそうな表情を見せていた。
 どういう状況だと突っ込みたくなっても仕方ないところだがそこはそれ。言葉を飲み込んだユウ・レイはそのまま女性陣三人を見比べるだけに留めた。
「どうせならハタオリヤを使わせてもらったらいいんじゃないですのん? この業界ではよくあることですぜ」
 口を挟んだのは黒髭である。謎ポーズでの指摘だが、内容はわりとまともな部類だろう。機織り女の名称は却下された女性の瞳が揺れた。
「いいの……でしょうか」
「モチのロン! ですとも!」
「そうですね。サーヴァントに人生というのもおかしな話ではありますが、今世において私を表すもののひとつでもあります。使わせていただくとしましょう」
 ハタオリヤに確定したらしい女性がよろしいですかと隣に尋ね、少女達が同意する。
 狂王、黒髭、先生、アーチャー、ハタオリヤと来て残りは二人。
「マスターはマスターのままで構わないだろう」
「そうだね。みんな以外からもそう呼ばれるっていうのはちょっと違和感あるけど」
 ちらり。視線を上げて問うような表情を見せた少女に対し、ユウ・レイは頷いた。
「アナタ達以外で呼ぶ可能性があるのはワタシくらい。そんなに大勢に呼ばれる心配はしなくていい。おそらく意図して話しかけない限り大多数はアナタ達を認識しない」
 そもそもこの特異点において誰かと会話をしようというモノのほうが異端だ。
 それなら少しは安心できると笑ったマスターの少女は、最後にと己の隣に座った少女に向き直った。
 意図するところを悟って、一度目を伏せた少女は胸元の服を握り締め、決意したように視線を上げる。
「……アニス、でお願いします。マスター」
「ん。わかった。しかし呼び方私が一番危なそう。うっかりしないように気をつけるね」
 マスターの少女は何も言わず、ただ受け入れた。
 口にしたほうもどこか微妙な表情だが、それを聞く権利をユウ・レイは持っていない。
「はいはいー。みなさんが仮名を決めている間に通信を交代しました本部詰め臨時通信担当プロフェッサーですよしなにー。技術顧問が対応するとうっかりの可能性が高くなるので今回は私に白羽の矢が立ちましたー」
 よろしくおねがいしますと間延びした声は続く。
 そのまま名乗ってよかったのかという問いに、自分達の名は役割なのでと返した映像が僅かに歪む。
 通信が不安定になっているようだからこの後は音声のみで応答すると伝えた直後に途切れた。
 繋ぎ直しを試みるも応答はない。
「ダメです。妨害とかではなさそうですが不安定のようですね」
「まあいつものことといえばいつものことか。そっちは時間をあけて試してみるとして、先に状況把握しよう。みんないいかな?」
「承知しましたぞ。拙者、先刻のユウ・レイ氏がおこなった発言も気になっておりますし。アイドル……いい響きですなデュフフフ」
「ええ、実に夢のある響きです。アイドルが鍵というのであれば、ここに私の推しがいれば完璧だったのでは? ああ、えっちゃん……」
 突然のトリップだが、他のメンバーは何も気にしていないらしくしれっと二人を除外し、一回り小さい円陣になるように微妙に位置を移動していた。実に手慣れている。
「ではこちらに。ユウ・レイさんが知っていることを教えていただけますか?」
「わかった」
 アニスからの要請でソファに座っている彼女と床に座っている狂王の間に入り、どこからか取り出されたクッションの上に座る。正確には正座っぽい姿勢で浮いている。
 あまりにも自然に勧められため、疑問を挟む余地さえなかった。改めて考えれば、浮いているのだからクッションを勧めるのはおかしいことに気付いたに違いない。
 それでも全員がツッコミを入れることなく、言葉を探して考え込んだユウ・レイは、ぽつぽつとこの特異点に関して語り始めた。
「とは言っても語れることはそう多くない。ワタシもついさっきまではみんなと変わらない、意志なく漂っていたモノのひとつだから」
「さっきというのは狂王に向かってアイドルに興味がないか、と告げたことということで合っているかね?」
 軽く挙手をして発言したのはアーチャー。こくりと頷いて言葉を探す。
「この場所が特異点だという知識もそう。多分アナタ達が来たから世界にその情報が認識されたし、ワタシに意志が芽生えたのがその時なのだと思う」
 その前は自分のことも世界のことも興味がなかった。いや、考える術がなかったというべきか。
「ここの住人は全員、世界と繋がっている……というのが正しいかはわからないが、感覚としてはそう」
 一度言葉を切り、少し考えた後で、隣の狂王を横目で窺う。まったくの無表情だが、真剣に話を聞いていることだけはわかった。同時に己の中から湧き上がる感情らしきものの分析を試みる。
 浮かび上がったのは未練という単語で、それをそのまま口に出せば、周囲の視線が一斉にこちらに向いた。
 ぐるりと見回してそれぞれの声を思い出しながら呼び名を確認していく。
 じわり。やはりというか、彼の名を思い出した時だけ熱が籠る気がした。
「ワタシ達は己の未練を利用されてこの特異点に引き寄せられたと推測する。存在を繋ぎ止めている核が世界のものというか……ううん、なんと言えば」
「なるほど。無理して言語化しなくてもなんとなくわかったから大丈夫。ということは誰かが聖杯を持っているってことじゃなさそうだね。どう動こうか」
「そうだな……まずは土地の調査と霊脈が存在するならそれの確保。次いで敵性生物がいるかどうかの確認といったところか。可能であれば通信を回復して向こうからも調査してもらいたいところだ」
「そうですね。わたしが定期的に通信を試みます」
 それぞれマスター、アーチャー、アニスの言である。引き継ぐように狂王が口を開いた。
「オレは敵性体の確認に行く。弓兵、どちらかを連れて嬢ちゃんと周辺の調査に行け」
「承知した。では先生、頼めるか?」
 場の解析が得意なアーチャー、音に敏感な先生、それにアニスとマスターが加われば護衛対象を守ることもできるし通信が繋がれば本部の力を借りることもできるという判断。選出理由は反対の余地がない。

 (中略)

 上は胸上までたくし上げられ、下は腰布は残したままだが他は全て剥ぎ取られ、ソファ端に辛うじてかかる程度の位置に蟠る尾先で足を固定される。
 ソファから床に大きく広がった腰布は蹂躙された後の羽のよう。頭と背を鏡に付けて上気した表情を厭うように軽く目を伏せ、両足を大きく開かされたアーチャーに獣が襲いかかった。
 天井と一体化している身にとっては、実に絶景である。
 衣服どころか手袋すらそのままの獣は青年の正面に陣取ると、一度舌先で濡らした胸元へ唇を寄せた。
 軽く、強く吸い付き。舌先で舐って転がして軽く歯を当てては唇で挟むようにして押しつぶす。
 角度を変えるたびにちらちらと覗く赤い舌。濡らされ、弄られて熟れていく先端から肌を落ちていく唾液の雫に肌を震わせるさまは垂涎ものだ。
 つい、と。晒された青年の内腿を辿る手はくぐもった革越しの温度。
「待っ……私ではなく君の……ッあ」
 まだ芯ももたぬものを無造作に持ち上げ、黒手袋の中に閉じ込めて。舌で胸を苛めながらゆるく育っていくのを楽しむ。
 息を吹きかけるだけで震えるまで赤く熟れ切った胸の先を空いている手で包み込むようにしながら押し潰し、もう一方に標的を変えて舌を伸ばした。
「ふ……ッ、く……ぅ、ん」
 素手とも爪とも違う感触。両胸をそれぞれ弄られているだけで徐々に熱を溜め込み、重くなる腰が揺れる。
 途切れ途切れの喘ぎが場を支配する中で、ユウ・レイは唐突にピンク色のモヤの正体に気付いた。
 あれは欲だ。健全に推しを推すために隠されている性的な視線。いわゆる『キャー、ステキー、抱いてー』というアレである。
 ほとんど情報がなかった中で、即座に見抜いてアニスには絶対やらせないと判断した狂王は正しい。
 精神に働きかけるものは実に厄介だ。相手が無自覚なら尚更である。
 実際、一つ二つならなんの問題もないだろう。だが、浄化対象が増えれば増えるほど膨れ上がった欲望は容易く防御を突破する。
 今更気付いたが、情欲を煽るだけではなく、推しとしての理想を押し付ける効果の気配が漂っていた。
 本人が先に殺せと告げた通り、色に狂った状況は十分にあり得る。
 今の狂王は彼自身が講じた汚染対策と相反する呪いのようなふたつの汚染効果によって、問答無用でアーチャーに襲いかかり、流血も厭わず犯してもいいはずの行動を押し留めていた。
 袖を噛んで声を殺すアーチャーも、荒い息を隠さずきつく眉を寄せながら耐える狂王もひどく扇状的で思わず叫び出したくなる。
 声すら封じておいて良かったと自分を褒めながら、天井のシミは尊さに支配されて心の中で手を合わせた。これを拝まずしてどうする。
「わたし、だけは……嫌だ」
 せめて触れることを許してほしいとアーチャーが欲の灯る視線で乞う。
「……ああ」
 少しだけ体をずらし、ソファの端に座ることで尾を逃した狂王がマントを外し、そのまま下に落とす。
 身を起こした青年はソファに正座をするような体勢で前傾しながら手を伸ばした。
 先の行為で少し皺になった腰布が、持ち上がった腰の半ばを覆って床に垂れ下がる。男の腰に巻かれていたベルトを外し、前を寛げて。随分と存在を主張している欲を取り出した。
 軽く息を吹きかけて。張り詰めて脈づくそれに躊躇いなく唇を寄せる。
 ごくりと喉を鳴らしたのはどちらだったか。
 唾液を絡めながら先端を口内に引き込み、引いては舌を伸ばして先端や張り出しを擽るようにして刺激する。
 流れ落ちた唾液は手のひらで塗り広げ、張り詰めた裏筋を、浮き出た血管を指の先が撫でた。
 鋭い息が逃げる。狂王の表情は険しくなったが、達することはなかったらしい。先走りだけを舌に乗せた弓兵は、より大胆に舌と手を動かした。
 大きくなる水音が僅かに粘性を帯びる。
 アーチャーが口淫により一度射精させようと躍起になっている間に、男は手袋の上から嵌めていたシルバーに見える大ぶりの指輪を引き抜いた。ついでとばかりに手袋も引き抜き、適当に放り投げる。
 素肌が露出したほうの手に魔力が集まり、触れていた指輪へと移っていく。
 軽く動いた指先が何をしたのか、知識のないものにはわからない。見たままを告げるならば、指輪だったはずのものが次の瞬間には崩れ、少し歪な楕円形の物体へと姿を変えたということになるだろう。
 謎めいた質感を持つ表面にはうっすらと光るいくつかの線が見える。貴石とするには鈍く、金属とするには柔らかい。やはり形状的に石と呼ぶ方がしっくりきた。
 男の欲に口をつけたままの青年の腰が僅かに揺れ、それを確認した狂王は声を上げずに口端だけで笑う。
 作ったものを口に含むと、するりと背を撫でた手が尾骨のあたりで軽く跳ねた。
 腰を上げろという無言の催促。
 アーチャーの足先、狂王の視線の先には鏡があった。
 要請に従って弓兵が腰を持ち上げると、動きやすさ重視で真ん中から割れるようになっている腰布が左右に割れて滑り落ち、後孔から芯を持ち半分首を擡げた陰茎までが鏡越しに観察できる。
 口に含んでいたものを取り出す際に歯にぶつかったのかかつりと音がする。手のひらに流れるほどたっぷりと唾液を指に絡めて。触れる先は青年の後孔だ。
 乾いたままだった場所は、濡れた指を滑らせるだけでひくりと反応する。
 反射で緩んだ場所が指より先に喰んだのは石のほう。
「……ぁ。それ、は」
「飲めるだろう」
 せいぜい親指の爪程度の大きさのものである。飲めない理由はない。軽く押し込むようにすれば指の先ごとするりと入り込んだ。唾液の滑りも借りて差し込まれた指は、そのままゆっくりと根本深くまで埋められる。
 最初から奥まで入り込んだものに驚いたのか、青年の目が見開かれ、そのまま硬直した。
「イイ子だ」
 労りと抑えきれない欲情がないまぜになった声音。
 ちょっとみなさまお聞きになりましたか狂王様のイイ子だ頂きましたーッ! ガッツポーズの上絶叫して昇天しそうになる。声が出ない端末で本当によかった。
 もはや拝むポーズが止まらない。最高です本当に有難うございますあまりの色気でどうにかなりそうです。
 天井のシミによる心の叫びは物凄く煩いが、外に出ないものは存在しないと同じだ。端末体の興奮度合いに比例するように外の魔力嵐は激しさを増したが、こちらのトレーラーは防音になっているせいもあって外の音はかなり減衰されている。
 内側で響くのは控えめな喘ぎと乱れた息。衣擦れの音。
「ひ、ぅん……ア!」
 後孔に差し入れられた指はまだ一本だけだが、ゆると内を掻き混ぜられて声が零れる。
「つめ、が……石とあたって……ッく」
 内側からの振動に揺さぶられる、と。本来であれば静止を含めたかっただろう言葉は、男の当てているという言葉で切り捨てられた。
 さほど時間も置かぬうちにどろりとしたものが指の間から溢れ、会陰を通って前の方まで流れていく。
 指を増やし、浅い場所をひらくように回す。
 浅く、深くと擦り上げて、異物を遊ぶ指先は奥まで解すように絡んで動いた。動きに翻弄されて口淫を続けることを諦めたアーチャーは、絶え間ない喘ぎを落としながらも筒状にした手のひらで男の欲を包み込んだ。
 ささやかな反抗といったところだろうが気にするそぶりもない男は、青年の腰が落ちてくるとまだ手袋をしているほうの手で背を撫でて、しっかり上げておけと促す。
「ッ……!」
 その度に必死に持ち上げようとする弓兵は、浅い場所で遊んでいるはずの指を自らに奥に引き込むことになって声を飲んだ。
 刺激に揺れた腰がさらに強い刺激を呼ぶ。
 ぐ、と。一瞬唇を噛んだ青年が思い切って身を起こす。
 埋められた指は抜け落ち、喰んでいたものを失ってひくつく後孔から溢れた液体はソファの表面に触れて、雫の跡を残した。
 濃色の肌色はわかりにくいが、羞恥に頬を赤らめたことも。それを隠すように石が溶け切ったならもういいだろうと告げる姿もあまりにおいしい。それだけで白飯三杯はいけるというものだ。
「いいぜ。好きにしろ」
「……そうする」
 微妙な表情になったのは少しだけ狂王が楽しそうに見えたからか。
 男はソファの端に座っているため向かい合わせは不可能と判断し、ソファを跨ぐように後ろ向きになった。片足は床、もう片方はソファに乗り上げるようにしながら腰布を割り開いて流し、手探りで狂王のものを手に取ると、軽く扱いてから後孔へと宛てがう。
 中から溢れるものを塗りつけるように動かしてからゆっくりと引き込んでいく。
 ぐちゅり。液体が押し潰されるような音。構わず腰を落とすアーチャーは半ばまでを収めたところで詰めていた息を逃すと、一拍をおいてから、軽く揺するような動きを交えて残りを引き込もうとする。
 堪えるように瞳は伏せられ、眉を寄せた青年の表情は決して苦痛を示しておらず、それを表すようにゆらと揺れる前も明らかに芯を持って頭を擡げている。
「アーチャー」
 呼びかけに細めていた目を開き、視線を上げた弓兵の視界に映ったのは鏡越しに見る己と相手の姿だ。
「オマエのナカに入っていくところが見えるな」
「言う、な……ッんぅ……ア」
 気付いてしまったものは戻せない。
 鏡に映る痴態は普段なら得られない視点だ。いくら見ないふりをしたところで相手が見て認識しているのなら意味がない。
 思い切って身を捩った青年は、男の視線を鏡から逸らすために積極的な口付けを仕掛けた。
 舌を伸ばし、絡め合わせ、互いに先を吸い合って熱を高める。
「……ん、ぁ……ぅ」
「掴まれ」
 片方は男の肩に回したが、行き場のないもう一方の腕に沿ったのは狂王の尾だ。大きく張り出した棘を掴んだことで体勢が安定し、動きは激しさを増す。
 少しだけ体勢が斜めになっているため動くたびに意図しない場所に当たるのか、弓兵の唇からはひっきりなしに嬌声が落ちた。