記憶の糸を引く

 吐息混じりの熱が空間を支配している。
 唇から零れた息は浮かぶことなくシーツの皺の間にわだかまって爛れた雰囲気を作り出していた。
 踊っているのは長い銀の髪と、寄り添うように混ざる短い金の髪。
 月の灯りはなく、その姿を浮かび上がらせるものは、その場に散った丸い珠たち。
 まるで宝石のようにそれぞれ違った色を持つが、宝石などではあり得ない。光を反射するのではなく、自らが輝きをもつもの。
 ふ、と。
 静寂の中に笑いが混じった。
「……なんだ」
 発せられたのは不機嫌な問い。
 シーツに身を投げ出したまま、億劫そうに目元に落ちてきた銀髪を掬った青年に、その髪の持ち主は再び薄く笑う。遊ばせた髪をそのままに、晒された胸元に指を這わせた。
「いいや」
「言いたい事があるならはっきりと言え」
 不機嫌さをそのままに苛立ちを五割ほど足した声が上がる。
 遊んでいた髪を強く引かれて、銀髪の男は軽く眉をしかめた。
「いいのか、ルーファウス社長」
 部下を閉め出して、夢を相手に秘め事など。
 こんどは隠しもせずくつくつと笑う男に、ルーファウスと呼びかけられた青年は心底嫌そうな顔を見せた。
 今は社長ではないと抵抗するように低く呟く。
「気が乗らないなら夢らしくさっさと消えろ」
「そんなことを言っていいのか?」
「関係のない者を引き合いに出して遊ぶのはやめろ」
 ルーファウスは怒鳴ってしまってから、そうではないと軽く頭を振って、払っても払っても絡みついてくるような男の髪を脇に押しやった。
 指先はその先を握り込んだままで。
 腰よりも長い銀髪は、たとえ先を拘束されていたところで、抑止力にはならない。
 ただ、常に絡みつくそれは、安堵の証でもあった。同じように長かった誰かの髪は常に後ろに結わえられており、重力に従って垂れても、冷えた眼差し同様、表面を撫でる程度にしか触れてこない。
 観察するかのようにルーファウスを見る彼は、己の髪がもたらしたものなど、気にしていなかっただろう。
 ゆるく肌を辿る男の指は、ただ優しくルーファウスを煽る。咄嗟に飲み込まれた声の代わりに、熱を持った息が逃げていった。