Lie
明かりを点け忘れていた部屋に高い着信音が響く。
一見誰も居ないかと思われたが、ややあって奥の扉から出て来た影が少しだけ億劫そうに自己主張する端末を掬い上げた。
後を追うように漂った湯気が部屋を舞う。
一瞬見たディスプレイの表示は同僚の番号。
こんな夜中にとは思わないが、彼は今日任務で出ていたはずなのが気にかかった。まるで助けを求めるように鳴らされたコール音に援護要請だろうかと眉を顰める。
「……どうした」
通話ボタンを押して出たのはわずかに掠れた声。
ぼんやりと灯ったバックライトに、まだ雫が流れる長めの前髪と、不機嫌そうな表情が浮かび上がる。
「シリル? 夜中にごめんね。渡したいものがあるんだけど、扉を開けてくれないかな」
どこかのんびりとした印象を受ける男の声は、違えることなく同僚のもの。緊急の電話かと身構えていた青年は肩透かしを食らったように溜息を吐いた。
「わかった」
短い返答だけを残して、シリルと呼ばれた青年は部屋の明かりを点けた。
続けて外へと繋がる扉を開ける。
「こんばんは」
「随分と暢気だな」
立っていたのは間違いなく電話の相手。声が目の前と電話からと二重になって聞こえる。
あまりにもいつもどおりの態度にシリルは脱力した。
「そうかな? 挨拶は大事だよ」
「そんなことを言ってるんじゃない」
電話を切れば、二重だった声が元に戻る。近所迷惑だからさっさと入れと告げるシリルに、男は普段では考えられないほど皮肉げに笑った。
「ジェイド?」
「信用されてると思っていいのかな。それとも……」
一瞬伏せられたジェイドの瞳が、強い光を宿す。
反射的に構えたシリルだが、それよりもジェイドのほうが速かった。
優美な獣の速度で懐に飛び込み、相手を壁に押し付けて自由を封じる。
「……ッ!」
背を打ち付けて力が緩んだところを捉えられて、完全に捕食される獲物の体勢。
有無を言わさず合わせられた唇と、閉じられないようにきつく掴まれた顎に、シリルはただ違和感を隠せずに眉を寄せた。