ねむりゆき

モニタの向こうでは砂煙が舞っているが、すべて人口的に管理されたこの部屋の中では、その風景はいっそ空々しく映った。その一方で、ポップアップされた小さなウインドウが注意を引く。
表示されたのは社長から発せられた元タークス主任処刑の報。それは世界と電子情報のみでつながっているこの部屋にもすぐに届いた。コレルプリズンでの様子を見聞きする限り、遅かれ早かれ耳にする事が分かっていたしらせ。
「思っていたより早かったな」
それは、自分がこの部屋を出る合図。
処刑まで五日。これならなんとかなるか、と計算する。
無駄だと止めたツォンは結局飛び出して行ってしまっているから、タークス側への操作は出来ない。
「あの馬鹿が。頭が自ら出て行ってどうする」
どうしても出ていくならせめてかわりを残していけ、と居ない相手に毒づく。そのあたりがまだまだ主任としての足りない所なのだと、帰って来たら言ってやろうと決めて、自らお茶を淹れると端末の前に座り直した。
帰ってくるのがあのスカーレット自らが率いる軍だという所に穴を見つけられるだろうと考える。派手好きのスカーレット本人が一緒に帰って来るなら、たとえ極秘任務だとしても必ずどこかに足跡を残す。
少し考えて、少し前に知り合った男に頼む事に決める。副社長の立場を隠したままで知り合ったその男が神羅兵であった事に気付いたのはこの部屋に戻ってから。だとすればルーファウスに気付いていないはずもなく、ただ知らないふりをしてくれていただけだと、嫌でも分かった。直接行動させる者を決めた所で、情報収集にとりかかる。
あと使えそうなのはリーブか、と考えて、こちらは下手に接触するより行動を監視するだけにとどめる方が得策だろうか、と考え直す。またあのおかしなぬいぐるみを使うなら、必ずネットワークを通して画像をやりとりするか、リーブと直接会おうとするだろう。
「または脅すか、だな」
フリだけでのってくるだろうと考える。ヴェルドと古い付き合いの彼はそのままを伝えれば動くだろうが。
いろいろな考えが錯綜するが、結局この部屋にいるかぎり出来る事は限られているのだ。一応幹部である彼に大っぴらに連絡できるはずもない。仕方なく、あくまで『長期出張中の副社長として』あたりさわりのない文面でメールを作って投げておく。その間にもネットワークをクロールさせていたプログラムがスカーレットと軍のこと、社長の指示、ハイデッカーの思惑など様々な情報を映し出す。
それらを横目で見ながら、タークスに寄りすぎている自分に苦笑する。
それこそ生まれた時から身近にいた存在だった。メンバーの人数も構成もめまぐるしく変わっていったが、一番愛情を受けたい時期にずっと傍にいた存在に、多少深く情をかけるという普通の人のような行動をとったとて、咎められるものでもないだろう。改めて深く記憶を辿る必要など無く、ヴェルドにだって随分と世話になったのだ。
それでも今の自分に必要なのは神羅ではなく自分個人に従う者達。
「君は手駒にするには神羅を知りすぎ、また私を知りすぎている」
ならばせめて、形だけでも規則からの解放をくれてやろう。それで自分が得るのは、タークスという名前だけは会社に属した部隊。
軍とツォン達が帰ってくる時間を予想すれば、小回りがきくからか、ツォン達の方が早かった。
くしゃり、髪に指を入れる。
思考のための時間はわずかで、もう一度プログラムを走らせるとルーファウスは端未の前から立ち上がった。ずっと端末に張り付いていたためにそろそろ目が悲嗚を上げはじめていた。逆算した時間で僅かに休息をとろうとソファに横たわる。
タークスが血眼になって探している特殊なマテリア。それが確実にあるかどうかは定かでは無いが、彼らがコレルに行く前に情報を流したのはルーファウス自身だった。
ヴェルドが居合わせたのは偶然では無いだろう。彼も身を隠しながら同じマテリアを探していたのだから。だとしたらマテリアだけは確保した可能性もある。
「世界を焼き尽くす召喚獣か」
正直なところ世界にどれだけの価値があるだろうかと考えないことも無い。それでも神羅を用いて世界を支配するという道はすでに強迫観念のようにルーファウスの中にあり、今更あとには引けないところを辿っていた。
ここから出られる、という事実は一時期あれほど切望したというのに、今は特にこみ上げてくるものもない。年を重ねるうちに慣れすぎてしまったのか、と一人苦笑する。
光に晒され続けた瞳を瞼で覆えば、わずかに痛みが走った。伏せた瞼と一緒にゆるく思考を沈めれば浮かんできたのは過去。
時計の音だけが規則正しく響く。
音が逃げようの無い小部屋にあって律儀に時を主張するそれをルーファウスは嫌っていなかった。
目前の端末に映っているのはコレルの情報ではなく神羅本社ビルの経路図と見回りの時間表。そしてすぐ傍の監視カメラの映像が並んでいる。
一応監禁しているのだから脱走を助けるような情報が垂れ流しなのはどうかと一人忍び笑った。
髪を乱して、薄いガラス越しに世界を見る。可能なのだから、おそらく暗黙の了解という事でかまわないのだろう。勝手に結論付けて、ルーファウスは己に与えられた電子の檻を抜け出した。